(4)
はぁっはぁっ
息が切れ、額を玉のような汗が伝う。
もっと遠く、あの赤毛の男から離れなきゃ。
腕の中のナーガからは、生温かい血が絶え間なく流れている。
村が完全に見えなくなってから、初めてその足を止めナーガを下に降ろす。
首から胸にかけて、剣で付けられた無数の傷。
背中には、飛竜の鈎爪でえぐられた深い傷。
それらよりも目を釘付けにしたのは、弓矢で射られた翼の傷。
翼の傷跡だけが周辺の肌を、どす黒く変色させている。
「ナーガしっかりして。すぐに手当てするからね」
手際よく消毒し、薬草と血止めを擦り込み包帯を巻いていく。
包帯はすぐに赤く染まり、その傷の深さを物語っている。
ナーガの体温がいつもより高いのは、傷だけのせいではないとルークも気づいている。
変色した肌、動きの鈍かったナーガ。
最初に射られた弓に、毒が塗られていたんだ。
毒の種類がわからないと、何も出来ない。
そんな都合よく、全ての毒物を無効化するような薬草はない。
出血を止め、後はナーガの生命力に賭けるしか手がない現状に、歯ぎしりする。
その時、ガサガサ。
茂みが音を立て、グルルルル・・・
唸り声を発しながら姿を現す犬型の獣。
「フェンリル・・・じゃないよね」
短剣を抜いて身構える。
視線の先には、目が三つもある野犬のような魔獣。
血の臭いを嗅ぎ付け、さらに後ろから同じ種類の魔獣二頭が、距離をじりじりと詰めて来る。
「ナーガ狭いけど、少し我慢してね」
鞄から鍋を取り出し、空いたスペースにナーガを入れる。
値踏みするように威嚇しながら、三頭の魔獣がぐるぐるまわる。
獲物と認識され、背後と前にいた魔獣が同時に、襲い掛かってくる。
前から襲い掛かる魔獣が口を開けた瞬間に、取り出していた鍋を突っ込み、背後の魔獣に蹴りを入れるとギャンッと一声鳴いて下がる。
動かなかった残った一頭に向けて走ると、獲物が自分から向かって来ると思っていなかったのか、後ろに逃げようとする。
犬型は逃げるものを追う習性がある。
逆に獲物から追われるのには慣れていない。
逃げるのを諦め、牙を剥く魔獣の顎の下から全力で短剣を突き刺す。
ビクンビクンと痙攣しながら崩れ落ちる魔獣。
倒れた魔獣から、短剣を引き抜こうと引っ張るが抜けない。
あれ程、多数が相手の時に刺すのは厳禁だと、注意されていたのにやってしまった。
周辺に武器になりそうな枝も石もない。
このままじゃナーガと、魔獣のランチになってしまう。
魔獣は警戒してすぐに飛び込んでは来ないが、いずれ襲い掛かって来るだろう。
マ・・・スター・・・
か細い声が、耳に飛び込んでくる。
「喋っちゃ駄目。僕が何とかするから・・・今度は僕がナーガを守るんだ」
強がってはいても、これといった手はない。
か細い声は尚も喋りかけ、窮地を脱する為の策を提案してくる。
「そんなのナーガに負担がかかるよ」
今にも消え入りそうな声で、大丈夫だとナーガはルークに告げる。
これだけひどい傷で大丈夫な訳ない。
でも、それ以外に妙案はない。
鞄から水筒を取り出し、栓を開け裏返しにする。
中の水がこぼれ落ち、それを合図に二頭の魔獣が襲い掛かって来る。
空間が歪みこぼれ落ちる水が氷に変わり、即席の剣にその姿を変える。
うおおおぉぉぉ
僕は獣のように吠え、魔獣の眉間に氷の刃を突き立て、もう一頭はナーガの作り出した氷の槍に貫かれ、その動きを止めた。
「やった・・・」
ペタンとその場に座り込み、ナーガやったよと声をかけるが返事はない。
まだ鞄の中のナーガの胸は上下に動いている。
ホッと生きている事に安堵するが、こちらに向かって来る何かの気配に気づき、再度身構える。
現れたのは漆黒の毛並みに紅き瞳を宿した狼。
「フェンリル!ナーガが・・・」
フェンリルは鞄の中身を確認すると、非情に告げた。
「そいつはもう駄目だ。置いて俺様達だけでいくぞ」




