(5)
もう駄目だって・・・置いていくって・・・
「そんなの出来ないよ!」
ナーガは呼吸をしている。
まだ生きてるんだ。
「おめぇも気づいてるんだろ?もうそんなに持たねぇ」
僕の声なのかフェンリルの声、どちらに反応したのかわからないけど、意識を取り戻したナーガが消え入りそうな声で、そいつの言う通りだ私を置いていけなんて・・・
「そいつもそう言ってるぜ。助ける手がない以上、赤髪が仲間を連れて来る前に、逃げ出すしかねーだろ」
今ナーガを助ける手はない、多分フェンリルの言っている事は正しい。
でも、だからって捨てていくなんて出来ない。
ナーガだけじゃなくて、前足から血を流すフェンリルを見て、赤毛の強さなんて痛い程わかっている。
僕の頭は理解していても、心が拒否をする。
「おめぇがここに残るのは自由だが、俺様との契約を破棄して残りな。俺様は道連れはごめんだぜ」
どちらかを選ぶなんて僕には出来ない。
ならどちらも生き残る可能性がある方を選びたい。
「・・・わかった。今までありがとうフェンリル」
契約破棄の誓約を唱えようとすると、フェンリルが「これからどうするんだ?」と遮った。
考えを伝えると、フェンリルは呆れた顔をした。
「おめぇを馬鹿だと思ってたが、馬鹿じゃなくて大馬鹿だったか」
「ありがとうってどっちも馬鹿なの?」
「使い魔が死んでも、マスターには影響ないんだぜ。なんでそこまでやるんだ?」
そんなの決まっている。
「僕はマスターだもん。フェンリルとナーガの立場が逆だったとしても、僕は同じ選択をするよ」
ナーガはやめろなんて言うけど、やめるつもりなんてさらさらない。
「マスター様がこうおっしゃってるんだ。とかげは言うとーりにしな」
ナーガは拒否してたけど僕の「これはマスターとしての命令だよ」の一言で諦め、ナーガ自身を氷の中に閉じ込める。
一種の仮死状態。
血液の流れも大きく遮られ、これなら少しは持つはずだ。
「もうちょっとだけマスターにつき合ってやるよ」
「ありがとう。フェンリルの怪我を手当てしてから行こうか」
近づいて手当てしようとすると、フェンリルに止められた。
「赤毛を相手にするなら、俺様もマスターを守る余裕がねぇ。勝手に死なれたら困るからな」
傷ついた足を僕に突き出し「舐めな」って。
動物は傷ついた時に舐めて傷を治すけど、それを僕にやれっていうの?
躊躇していると「早くしな。時間がないんだろ」と急かされる。
おずおずと舌を突き出し舐めると、口の中に鉄さびのような不思議な味が広がる。
その後普通に手当てしてて、なんで僕に舐めさせたのか不思議。
「文字通り出血大サービスだぜ。俺様に乗せてやるから屁なんてこくなよ」
いつだってフェンリルはフェンリルだ。
大丈夫きっと上手くいく。
絶対に助けるからねナーガ。
フェンリルの力強い後ろ脚で跳ね上げられた土は、地面に落ちる前に遥か後方に去っていく。
ナーガに乗っている時よりも地面に近い視線は、その時よりもスピードを感じる。
「近くに川があるはずだよ」
必死にしがみつきながらフェンリルに伝える。
「水の臭いがしてるからもうすぐだ」
川に出て途中まで横断してから、血で汚れた服を脱ぎ捨て新しい服に着替える。
フェンリルの話しによれば、これから山狩りが行われるはず。
それなら、確実に臭いを追跡する魔獣なり犬がいるはずだ。
着替えた後フェンリルに再度跨がり、来た方向に戻り風下の大きな木に飛び移る。
「自分で契約破棄すればいいのに、ついて来てくれてありがとう」
フェンリルに殴られた。
「あほか!契約つーのは使い魔からは破棄出来ねーんだよ」
そうなの?てっきり使い魔から破棄出来ないのは、魔獣が喋れないからだと思ってた。
「おめぇまさか魂の契約が、マスターと魔獣との絆とかとでも、思ってんじゃねーだろうな?」
そう思ってたけど・・・
「とかげが死ななかったらそいつに聞きな。俺様より詳しいはずだからな」
冷たくなったナーガを抱きしめる。
「それから勘違いするなよ。俺様は面白そうだからついて来ただけだからな!・・・来たぜ」
フェンリルの言葉に、息を潜める。
僕らが通って来た後を、武装した人間が犬を先頭に現れ、犬は川の中ほどまで来ると臭いを見失い、そこでしきりに鼻を鳴らしている。
「どう?」
「駄目だな。奴らは持ってねぇ」
ならやっぱり、それがある場所に行くしかない。
気づかれないように静かに木を降り、フェンリルに跨がる。
「奴らが来た、道程の臭いを辿れる?」
「俺様の嗅覚は美人の匂いなら、一万キロ離れていても嗅ぎ分けるぜ」
フェンリルは走り出す。
赤毛は何故毒つきの矢で傷つけられた時、後から来る部下のもとに帰ったのか?
答えは簡単だ。
そこに解毒剤、または中和剤があるからだ。
今来た部下は何処から来たのか?
部隊が動いているのなら、何処に帰ればいいのかわからない。
それなら何処かに、陣を張っている本隊がいるはずだ。
奴らもまさか獲物が逃げずに、懐に飛び込んで来るとは思わないはずだ。
すべては予測、でもナーガを助けられる可能性があるのはこれだけだ。
問題はあの赤毛がいるかどうか。思い出すだけで足がすくむ。
「余計な事は考えるな」
僕の震えが伝わったのか、疾走するフェンリルが叱咤激励する。
うんと短く返し、ナーガを助ける事だけを考える。
すべては本陣を見つけてから考えよう。
ルークの青い瞳には、決意と紅い光りが宿っていた。




