七章 赤い死神
真っ青な空に、雲よりも白く純白な身体が滑空する。
その真下には、その影を写したような、漆黒の狼が疾走している。
「ねえ、フェンリルも乗せてあげれば?」
言うだけ無駄だと知ってはいるが、竜の背中に乗った少年は竜に問い掛ける。
「あいつを乗せると、私の背中が汚れる」
いつもと変わらぬ答え。
何でこの二頭は、こんなに仲が悪いんだろう?
太陽が黄色から赤に変わる頃、ナーガは休息を取る為、地上に降り立つ。
フェンリルは、到着するや否や怒声を放った。
「てめぇわざと崖や山の真上飛んでやがんだろ!」
「私は直線馬鹿の、貴様のリクエストに答えてるだけだが?」
またかと僕は、枯木や乾いた草を拾い集め、一カ所に纏めていく。
ファンリを旅立ってから十日間、ナーガに乗ってきた御蔭で、目的地にはかなり近づいている。
このまま行けば、もう一週間もすれば、海に出る事が出来るだろう。
地図で見れば数センチなのに、世界は広い。
感慨に耽る傍らでは既に、ナーガとフェンリルの魔法の応酬が始まっている。
少し太めの枝を頭の上に掲げ「フェンリル~」と呼びかけると、フェンリルが僕に向かって、少し小さめの炎を投げて寄越す。
その炎を枝で受けると、枝は勢いよく燃え始め、集めた枯木にその火を点し夕飯の用意を始める。
何度も手合わせをしている内に、二頭の喧嘩は本気じゃないと、思う様になっている。
言ってみれば、軽い運動をしているようなものだ。
軽い運動で、焼けたり氷漬けになる森は、堪ったものじゃないけどね。
肉がいい色に焼けて、二頭に出来たよ~と叫ぶと、いつの間に来たのか、すぐ横で「まあまあだな」と肉を頬張るフェンリル。
「ナーガは?」
フェンリルは、噛んでいた肉を飲み込み「あいつなら忙しいってよ」
忙しい?
見るといつもより広範囲に、延焼している森をナーガが消火して回っている。
「フェンリル・・・わざと色々な場所に火つけたでしょ」
食べるのに忙しいフェンリルは、こちらを見もせず次の肉を口に放り込む。
「そんな事、紳士の俺様がやる訳ないだろ?」
絶対わざとだ。
「僕とナーガの分残しておいてよ」
後でみっちりと、紳士の意味を説教してやんなきゃ。
消火し終わる頃には、全てフェンリルの胃袋に収まっているとは知らず、僕はナーガの手伝いに向かっていった。
時を同じくしてリリオル城の一室。
玉座の前で礼を取り、アネルカはファンリでの出来事を報告していた。
「御苦労」
リリオルの王位を継いでから、既に30年。
老境に達しようとしているのに、その眼光は鋭く声には張りがある。
例えようもないような威圧感に、アネルカは身じろぎすら出来ない。
「まさかとは思ったが、本当に使い魔となっていたとはな」
王は面白いと呟き、側に控える衛兵に奴を呼んで来いと命令する。
衛兵が誰でしょうか?と問い返すと、一瞬でその首が落ち鮮血が吹き上げた。
「使えぬ奴はわが国には必要ない」
10年以上、相手構わず戦争を仕掛けて来た、狂王の名は伊達ではない。
時に国内にもその凶刃は向けられ、徹底的な弾圧を行い、今や恐怖と憎しみを一身に受けている。
「つまらぬものを見せた。もう下がってよい」
緊張で舌が喉に張り付き、アネルカは「はい」と絞り出すのがやっとだった。
部屋を抜け豪奢な扉が後ろで閉じられると、アネルカはやっと緊張感から解放され大きく息を吸い込む。
邪魔にならぬよう短く切り揃えられた黒髪から、汗と血の混じった滴が落ちる。
「あねさん血が……怪我したでやんすか?」
外で待っていた男が心配そうに、アネルカを覗き込む。
「あたしの血じゃないわ。依頼は終わり。帰るわよ!」
アネルカは憤慨しながら、城内を大股で歩き怒りを吐き出す。
ギルドからあたしとこいつに、依頼がまわって来た理由が解ったわ。万が一失っても惜しくない人材。
「今に見てなさい。絶対あたしはのし上がってやるんだから!」
アネルカが大股で城内を歩いていると、軽薄そうな赤毛の青年が声をかけてくる。
「よお、姉ちゃん。俺と今夜どーよ?」
「間に合ってるわ」
そのまま相手にせず、通り過ぎようとするアネルカの腕を男が掴む。
「その気の強そうなとこも気に入った。力尽くってのも嫌いじゃない」
先程の軽薄そうな顔から一変して、男は獣のような雰囲気を醸しだしている。
「あねさんから手をはなしな!」
勇んで殴りかかろうとする男に、アネルカは「トーマス止めなさい!」と制する。
男はアネルカの制止に従い振り上げた拳を降ろす。
滅多に名前を呼ぶ事のないアネルカが、名前を呼ぶ時は拒否を許さないからだ。
「王様が貴方を呼んでるみたいよ。セイドリックさん」
赤毛の男は、一転笑顔を浮かべる。
「ウホッ!名乗ってないのに名前を知ってるたぁ、俺もしかして有名人?」
アネルカは、掴まれている腕を優しく引きはがす。
「あまり関わり合いになりたくない噂があるぐらいには有名ね」
セイドリックは皮肉をさらりと聞き流し、自慢げに自分を指差す。
「どーよ噂より男前だろ?」
人の話しを聞けと、アネルカは胸中で毒づく。
「兵士が貴方を呼びに来たみたいだから、私はお暇させていただくわ」
アネルカはトーマスを引き連れ、城外に向けて歩きだす。
「あねさん。何で止めたっすか?あいつをボコボコにしてやったのに」
「そうね、失敗したわ。止めなきゃあんたとお別れ出来たのにね」
トーマスは後ろを振り返る。
「あいつ、そんなに強いっすか?」
アネルカは、くっきりと指の跡がついた腕を摩る。
「リンバウムから唯一帰って来た男よ」
リリオルの南西に位置するタイタンとの戦争になった時に、もっとも激しい戦いが繰り広げられたリンバウム平原。
そこで、騎士叙勲を受けたばかりのセイドリックは名を挙げた。
「帰ってきたつったって、運が良かっただけじゃねーすか」
トーマスは、納得いかない様子だ。
「あんたは本当に馬鹿ね。唯一って言ったでしょ。それは敵も味方も含まれてるわ」
セイドリックが実は戦場には行かなかったとも、敵味方全てを殺したとも言われているが、彼以外に生存者がいないのだから本当のところはわからない。
それ以来一軍を任された彼は、無謀とも言える作戦や突撃で、多大な戦果と同じぐらいの数の味方も死なせている。
そんな彼についたあだ名が、赤髪の死神。
「狂王に死神・・・あの坊やも大変な人気者ね」
アネルカはそう言うと、トーマスを連れて再度場外に向けて歩みを進めた。




