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「その女の人相は?」
制服を着た男が、僕に質問する。
「えーと・・・栗色の長い髪に、少し太めの眉毛が印象的な人でした」
制服を着た男は、ルフツネイルの警護を一任されている、私設団の一員である。
男はメモを取った後、栗色の物体を取り出し僕に見せた。
「長い髪っていうのはこれかな?」
栗色の長い髪のカツラ。
そうですと僕は答える。
被っていたカツラのみを残し、女はまんまとルフツネイルから逃亡してしまったらしい。
取り調べを終え、部屋から出ると、そこにはバルガス先生が長椅子に座り待っていた。
「先生、怪我人はいませんでしたか?」
「怪我人は君と君を襲った留学生だけだ」
今その留学生は、私設団監視の病院のベッドで唸っている。
留学生の出身はリリオル。
襲われる心当たりはあるけど、取り調べではその事を話していない。
「あの女は、何者なんですか?」
「貯蔵庫の小麦粉で、粉塵爆発を起こした手並みといい、忍び込んだ手段といい、盗賊ギルドの一員だろう。ここの私設団の手には余るだろうな」
盗賊ギルドは発足時、盗賊が中心になって作られたギルドなので、盗賊ギルドと言われているだけで、今は裏側全般を支配する世界最大の組織だと先生は教えてくれた。
「卓越した情報ネットワークを、各国も利用している。いわば裏のなんでも屋だ」
盗賊ギルドを利用している国に、逃走すれば協力は仰げない。捕まる事は無いだろうと、バルガス先生は答えた。
「質問には答えた。今度はワシの質問に答えてもらおう。あの魔獣はなんだ?」
なんだと聞かれても、僕には答えが無い。
「ルフツネイルの結界は、専門の魔術師が数ヶ月をかけて作ったものだ。それをやすやすと破るようなのが、二頭もいる」
猛禽類を思わせるような鋭い視線が僕を射抜き、襲撃者の女と対峙した時よりも、遥かに高い緊張感で動けなくなる。
バルガス先生の分厚い手が、頭に置かれ僕を撫でる、
優しくしてるつもりだろうけど、力が強すぎて痛い。
「わからないのなら、これから数ヶ月をかけて見極めてこい」
鬼瓦のような怖い笑顔を浮かべ、バルガス先生は僕に告げた。
「先生、数ヶ月って?」
数ヶ月の意味がわからず、バルガス先生に問い返す。
「聞いてなかったのか?数ヶ月かけた結界が、破られたと言っただろう。襲撃者に侵入を許したのも問題だ。当分の間ルフツネイルは休校になる」
結界を壊したのは、自分の使い魔であるナーガとフェンリルだ。
僕の不安を知ってか知らずか「結界を壊したのは襲撃者だ。そういう事にしておく」
思わず分厚い胸に抱きつき感謝を述べる。
「先生・・・ありがとうございます」
たった二週間。
それでも僕にとってバルガス先生は、本当の恩師と言えた。
「ワシも若い頃、不思議な体験をした事がある。あの二頭は、ワシに不思議な体験をさせた者と似た雰囲気を持っている、見極める事が出来たら必ず報告しろ、いいな?」
僕はわかりましたと言うと、先生と別れ私設団の建物を後にした。
時は過ぎ空には三日月が浮かび、ルーク達の借りている家からは、フェンリルの笑い声が外まで響き渡っている。
「ぶひゃひゃひゃ、てめぇ人間に殴られたんだってな」
食事を済ませた後、ずっとこんな感じだ。
「全く侵入者をみすみす逃すわ、マスターを危険に晒すわ、役に立たねぇ野郎だぜぶひゃひゃひゃ」
これの繰り返しに、ナーガは辟易している。
「マスターは寝室か?」
フェンリルは、新たな攻めどころを見つけたようだ。
「おめぇ、またきっつい事言ったんじゃねーかぁ?かっわいそうにマスター落ち込んでたじゃねーか」
反論が無い事に気をよくして、フェンリルはさらに畳み掛ける。
「人を労る優しさの無い奴は嫌だね~、少しは俺様を見習えってんだ」
フェンリルの言葉を無視して、寝室に向かうナーガに「てめぇ何処行こうってんだ?俺様の有り難いお話しは終わってねーぜ」と追い討ちをかける。
ナーガは初めて、フェンリルを見つめた。
「貴様の言う通りだ。私には、人の気持ちがわからないのだろうな」
「はぁ?」
意外な言葉に、フェンリルは二の句が告げなくなり、寝室に向かうナーガをそのまま見送った。
「いっちょ前に、あいつも落ち込んでやがんのか?加護を受けた人間なんぞ滅多にいねぇし、殴られたのは仕方ねーけどな。気づいてねーようだし、面白いから黙っておくかぶひゃひゃひゃ」
人の気持ちがわかる優しい狼は一人笑う。
初夏の暑さが部屋にこもり、熱気を逃がすように開け放たれた窓が、外の涼しい風と明かりに引き寄せられた虫を部屋に招き入れ、ランプに集る虫が様々な幾何学模様を幾つも生み出す。
時折ランプの上部から虫が飛び込み、ジジィと命そのものを燃やし尽きる。
あの虫が生まれてきた理由は何だろう。
僕が生まれてきた理由は?
自分を残していなくなった両親。
不釣り合いな程の強力な魔獣。
答えの出ない問題が頭を駆け巡り、思考を遮るようにドアがノックされる。
「ナーガ?どうぞ」
フェンリルならノックすらせずに、そのまま遠慮なく入って来るだろう。
ナーガは入って来ると、ルークが座るベッドの横に陣取る。
「済まない、少しきつく言い過ぎたようだ」
唐突な謝罪に、僕はびっくりする。
「悪いのは僕だよ。いつも何も考えずに行動して・・・迷惑ばかりかけて・・・役立たずでごめんね」
不意に涙が零れそうになり、堪えるように手を強く握る。
「私や犬の魂をマスターは支えている。決して役立たずではない」
フェンリルやナーガの魂を支えていると言われても、僕自身は意識してやっている事ではない。
「私は人の気持ちがわからない。それゆえ時に人を傷つける、犬にも優しさがないと指摘された。私と契約する時なんと呼んだか覚えているか?」
氷竜。
「私は最初、水竜と呼ばれていた。氷竜と呼ばれるようになったのは、私が氷の魔法を好んで使うのと、氷のように冷たい心を持っているからだ」
氷のように冷たい心。
「そんな事ない!ナーガは、僕と契約して父さんを助けてくれたし、絶対そんな事ないよ」
真実を知ったら、この少年は今のように必死になってくれるだろうかと、自嘲気味にナーガは笑う。
僕は聞こうとして聞けなかった質問を、ナーガにぶつける。
「ナーガやフェンリルは、普通の魔獣じゃないの?」
ナーガは少し考えた後「魔獣であるとも、違うとも言える」と答えになっていない答えを返して来た。
「何処までマスターに伝えていいものか、私にも判断がつかないのだ。何しろ、私が呼び出された理由すらわかっていないのだ」
呼び出された理由。
フェンリルの言葉を信じれば「召喚術は、呼び出した者の魂の力に応じて、必要な者が呼び出される。僕にはフェンリルやナーガが、必要だって事なの?」
人間が知らないはずの事実。
フェンリルに聞いたと話すと、ナーガは納得する。
「そもそも最初からおかしいのだ。人間の召喚術で、私や犬が呼び出せるはずがない」
ルフツネイルで召喚術を習い、ある程度理解出来たが、ナーガやフェンリル召喚に特別な事はしてないと思う。
これ以上聞いても無駄だと判断して、話題を変える。
「僕らが目指す島には、何があるの?」
「村だ。私が消えずに、今も存在している理由がそこにある」
少しだけナーガは眼を細めた。
その視線は、ずっと先まで見通そうとする視線。
「着けば何故私が呼ばれたのか、理由もわかるだろうが、あまりいい理由ではないだろう。そこから先どうするかは、マスターの判断に任せる」
判断を任せる。
信用してもらえてると嬉しくなる。
「ナーガの家族もそこにいるの?」
ナーガは、寂しげな表情を浮かべる。
「マスターが思うような家族ではない。私は父の血肉から生まれた。同じように生まれた者を兄弟と呼ぶなら、かつて私には三頭の兄弟がいた。だが今は、父も兄弟も消えてしまってもういない」
死んだではなく消えたとの表現に、少し違和感を感じる。
「存在する理由のない私も、兄弟達と同じように消えるつもりだった。何故私だけが残されたのか、それもわからないのだ」
ナーガの背中に手をやり、僕が考えていた生まれてきた理由と同じような悩みを抱えているナーガに語りかける。
「一緒に行こう。答えを探しに」
青と金の視線は絡み合い、どちらともく頷き、夜は更けていった。




