(11)
その部屋には、古い木と紙の匂いが充満し、ルークの身長より遥かに高い本棚には、びっしりと本が列んでいる。
午前と午後の授業の合間にある、食事休憩を早目に切り上げ、僕はルフツネイルの知識が詰まった図書室に来ていた。
手に取った本をパラパラとめくり、目的のページを見つけては落胆を繰り返す。
「何か調べ物ですか?」
黒髪でクリッとした目のリュートが声をかけてくる。
「ランスさんが召喚したスライムが特別な種類だったりしたら、ランスさん戻ってこれるかなって」
手に取った本に書かれているスライムのページ。
何度見直しても同じ【Fランク】
銀色のスライムは珍しいが、スライムは魔獣の中でもっとも種類が多く、住んでいる場所で色が変わる事もあるので、先生達も多分そうだろうという判断だった。
「僕も手伝います」
リュートはそう言うと、本棚から本を手にとりめくり始める。
「ついででいいんだけど、黒い狼や白い竜の記述があったら教えて」
見つかるとは思えなかったが、リュートはわかりましたと元気よく答え、勢いよくページをめくっていく。
召喚術を知れば知るほど、違和感が湧きあがる。
例えば召喚術の中でトリプルSの飛竜。
飛行能力で右に出る者はいないが、魔法も使えないし人語を話す事も出来ない。
他の魔獣も一緒で、一つに秀でれば何かが欠けている。
ナーガやフェンリルは、明らかに異端だった。
くわえて契約時のフェンリルの言葉
‐俺様もてめぇも真の名なんて持ってねーじゃねーか‐
魔獣なのに真の名がない。
いくら考えてもわからない、やっぱり直接聞いてみるしかないかと、僕は本を閉じる。
「そろそろ行こうか。午後も一緒でしょ?」
一日リュートと同じ講義なのは珍しい。
リュートも召喚術の講義を専攻していて、貴族なのに魔獣と契約する必要なんてないでしょと聞いたら「母様が役に立つ魔獣を召喚出来たら一人分の給金が浮くんだぞって」
一人分の給金を浮かせる為に、子供に召喚術をさせるなんてケチなのかな?
図書室の出口付近にある、魔法書と書かれた本棚の前で僕の足が止まり、光の魔法書と背表紙に書かれた本を手に取りめくると、講師がいなくてまだ教えてもらってない治癒のページが開く。
そこには意味のわからない言葉が並び、とても複雑怪奇な構成が載っていた。
流石にこれは出来ないやと本を戻すと、何処からともなくできるよと言われた気がして振り返ると、リュートと目が合った。
「何か言った?」
「何も言ってませんよ?」
きっと空耳だよね?
本を本棚に戻し、図書室を出て最上階にある召喚術の教室に、僕とリュートは階段を上っていった。
教室に入ると、席は殆ど埋まっていて、空いているのは暑い窓際付近だけ。
そこに荷物を置き、リュートは隣に座る。
外を見ると、白いドレスを着た女の人が案内されながら、建物に入って来るのが見えた。
授業が終わった後に、訪問者がチラホラいた記憶はあるけど、授業中に来るのは珍しい。
「リュートの家族は、面会に来たりしないの?」
「来ないですね。隣国が不穏な動きを見せてて忙しいみたいです」
リュートの言葉に、淡い栗色の髪の女性の姿を思い出す。
人づての情報しかないけど、ランバルとリリオルは極度の緊張状態ではあるけど、まだ開戦には至ってないらしい。
講義の先生が教室に入って来て、教科書を開く。
魂の契約について話す先生の講義を聞きながら、僕は魂の契約って不公平だと感じていた。
マスターが死ねば、契約していた魔獣も死ぬ。
それなのに、魔獣が死んでもマスターは無傷だ。
先生は人間は生物として優れているから、魔獣を使役出来るんだと言っていたけど、ナーガやフェンリルを見ても同じ事が言えるだろうか?
授業が終わりに近づいて来た頃、教室に男子生徒が一人入ってきた。
幾分年上で、召喚や剣の授業では見た事のない生徒だ。
生徒は先生と少し話すと、空いている席が無いので、教室の一番後ろに向かっていった。
視線を感じて振り向くと、遅れてきた生徒と目が合い相手は目を逸らす。
随分顔色が悪いみたいだけど、体調が悪いのかな?
席を譲る為に席を立とうとすると、大きな爆音とともに教室が揺れる。
生徒達がざわめき、先生が窓から外を確認すると、君達は避難しなさいと教室を飛び出していった。
「地震ですかね?」
リュート…爆発音が聞こえてないの?
生徒達は次々と、教室を飛び出していく。
「ほら、僕達も避難するよ」
窓の外には、黒煙が上がっている。
リュートを急かし、僕も避難しようとすると「君達、貴重な資料を持ち出すのを、手伝ってくれないか?」と遅れて入ってきた生徒に言われた。
そんな場合じゃないですと、拒否しようとしたけど「いいですよ」と何も考えてないリュートが、気軽に答える。
しょうがない…さっさと持って逃げだそう。
「何処にあるんですか?」
言われた場所に走り、本を持てるだけ抱える。
こんな緊急時なのに、彼はリュートに何処の出身だとか、のんびり聞いている。
リュートが、ランバルですよと呑気に答えてるのが聞こえて、流石に温厚な僕も文句を言おうと振り返ると、リュートが力無く床に倒れ込んでいった。
リュート?青ざめている男子生徒の手には、食事用のナイフ。倒れたリュートの腹部から、床に赤い液体が拡がっていく。
「リュート!」
叫んで駆け寄る僕を、リュートを刺した生徒が行く手を遮る。
「なんでこんな事するの!」
「し、仕方ないんだ。やらなきゃ僕の両親が殺される」
この人は何、を言っているの?
近くにあった椅子を握り、ナイフを弾き飛ばす。
そのまま懐に潜り込み、股の間に思いっきり膝を入れると、生徒は目を見開いて悶絶する。
痛いよね?でもリュートはもっと痛いんだ!
拳を硬く握り喉を打ち抜くと、相手は昏倒して動かなくなった。
襲ってきた生徒をそのままにして、リュートに駆け寄り抱き起こすと、短い呼吸を繰り返している。
「しっかりして」
出血を止めようと、血が吹き出している腹部を両手で押さえると、指の間からじわりと血が染み出してくる。
思ってたよりも傷が深い。
早く手当てをしなきゃと思っても、いつも持ち歩いている薬草の入った鞄はここにはない。
どうすればいいの?焦りだけが募る。
その時、頭に図書室で見た治癒の呪文が浮かんだ。
やれるかやれないかじゃないんだ。
やるしかない!
光を生み出す時も、障壁を生み出す時も、最初は誰かが優しく教えてくれてるみたいに構成が浮かんできた。
お願い・・・祈るように呪文を唱える。
とても複雑な構成が頭に浮かび、手の平が熱を持ち光る。
目を閉じさらに集中を高め、傷を繋ぎあわせていく。
呪文を唱え終わり目を開けると、リュートの出血は止まり呼吸も規則正しいものに変わっていた。
呼び掛けると閉じていた瞳が開き、しっかりと僕を見つめ返す。
「ルークさんおはようございます」
緊張感のないリュートに、一気に力が抜ける。
「もう・・・おはようじゃないよ」
ぎゅっと力一杯抱きしめると「ルークさん苦しいです」と苦しがるリュートに、まだ傷が塞がってなかったのかとびっくりしたけど、ただ自分が強く抱きしめ過ぎただけだとわかり安堵する。
「早く避難しなきゃ」
血で真っ赤な手を服で擦り、リュートの腕を掴んで立ち上がらせようとした時、目眩がして膝をつく。
「大丈夫ですか?」
リュートが心配して覗き込むのを、大丈夫だからと立ち上がる。
教室の入口付近から、女性の艶やかな声が響いた。
「まったく、どうしてあたしの周りの男は、こう役立たずばかりなのかしら?」
そこには緊急事態に似つかわしくない、白いドレスを着た女性が立っていた。




