(9)
朝から、鉛を飲み込んだように気持ちが重い。
昨日あれからランスさんを、日が落ちる迄探したけど結局見つけられなかった。
最初は、フェンリルに臭いを追跡してもらってたんだけど、街のある一角に差し掛かった時「フェンちゃん。今日は寄ってかないの?」と、女の人に呼び止められると、フェンリルがそこから女の人と話し込み、日が暮れてしまった。
僕が学校で勉強している間、何してるんだか・・・
くわえて、今受けている必修であるマナーの授業。
将来上流階級に仕えても恥ずかしくないよう、テーブルマナーから喋り方まで徹底的に教え込まれる。
正直この授業は苦手。
目の前にスプーンやらフォークが幾つも並び、順番にどう使うかなんて先生が説明している。
リュートはそつなくこなし、貴族らしいところを見せているけど、僕は一回の食事にこんなに食器を使ってちゃ、洗う方も大変だなんて考えてしまう。
せめて気分転換になればと、窓の外を眺める。
五階建ての校舎から見える景色は限られてはいるけど、外壁沿いに申し訳程度に植えられた木の上に白い点が見える。
ナーガ?あんなとこで何してるんだろ?
木の下で、網を持った男がウロウロしている。
あれは召喚術の先生?網持って何してるのかな?ナーガを捕まえようなんて・・・まさかね。
あうっ!外を眺めていた僕の額に、スプーンが命中する。
「わたくしの授業中に、よそ見するなんて余裕ざますね」
マナー講師のザマス女史。
本当は違う名前らしいけど、皆がザマス女史と呼んでいるので、僕もそう覚えた。
「今度よそ見したら、フォークかナイフでいくざますよ」
ナーガの事は気になるけど、僕も額にナイフやフォークのアクセサリーをつけたくはない。
でも、マナー講師がスプーンを投げつけるなんて、マナー違反じゃないのかな?
ナーガは木の上で息を潜めている。その下では網を持った男が、ナーガを見失いキョロキョロ辺りを見渡している。
全く人間というやつはと、ナーガは嘆息する。
「痛くないように優しくするから、解剖させてくれ!」
解剖に優しくもへったくれもない。大体あんなチャチな網で捕まえられるのは、バッタか蝉くらいだ。
召喚術を教えてる人間が、相手の力量もわからないとは…毎回追いかけられるのも面倒だ。
一回死なない程度に、痛い目にあってもらおう。
ナーガは力を収束させていく。
その時、誰かの視線を感じ力の収束を解く。
朝から幾度目かの視線。
視線を感じた方向を凝視するが、街の時計塔があるだけだ。
気のせいかとナーガは再度、力を収束させていった。
ファンリのシンボルである時計塔。
その時計を管理する一室の床に、時計塔の管理人がぐるぐる巻きにされて転がっている。
男が覗いていた望遠鏡を降ろし、傍らの人影に語りかける。
「間違いない。楽な依頼で助かりやしたね」
人影は腕組みしたまま。
「依頼は白い竜の確認。そして…可能なら殺せよ」
男は冗談でしょと苦笑を浮かべ「あっしはあんなのとやり合うなんてごめんでさぁ」
男はナーガが召喚術の講師を、地面に氷の槍ではりつけにするのも見ている。
「誰があれとやり合うなんて言った?召喚獣ならマスターがいるはずだわ」
栗色の長い髪が、風に揺れる。
「それこそ不可能でさぁ。ルフツネイルでふがぁ」
男が栗色の髪の持ち主に鼻をつままれ、語尾がおかしくなる。
「そんなんじゃ、いい盗賊にはなれないわ。いい?ルフツネイルの留学生の家族なら面会にいけるわ。そして、あたしの武器なら持ち込むのも可能よ」
「あねさん本気ですか?」
女は男に微笑を返す。
「中にさえ入れれば、魔獣は中に入れないのよ。中にいる人間を守る結界が、逆にあたしを守ってくれるの。この街のギルドに連絡しなさい」
男は慌ただしく部屋を飛び出し、階段を降りていく。
遠ざかっていく足音を聞きながら、女はその顔に笑みを浮かべルフツネイルの敷地を見下ろした。




