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僕とリュートは、剣術道場に向けて走る。
ルフツネイルの敷地はとにかく広く、各魔法学科専用の校舎に、リュートのように親元を離れて留学する子供の為の寮等、校舎があるブロックだけでも12もの建物がある。
道場に入ると僕達以外にも、10人の生徒が既に集まっていた。
バルガス先生の授業で、遅刻者はまず出ない程恐れられている。
そのバルガス先生はというと・・・
道場の大きな鏡の前で上半身裸でポージングをとり、一人で今日の筋肉は切れてないなと独り言をブツブツ呟いており、時折スキンヘッドに日が当たりキラリと光る。
昔は、何処かの国の騎士団長だったらしく、雷光のバルガスという二つ名を持っている。
まさか頭が光るから雷光じゃないよね?と生徒の間では噂になっているが、真偽を確かめた勇気のる者はいない。
ポージングに満足したのか、バルガスは生徒の方を振り向き「生徒諸君おはよう。フゥゥゥン!」と挨拶もそこそこに、生徒に向かってポージングをとる。
それと同時に生徒の間から一斉に、ナイスバルクですバルガス先生!ナイスカットです先生!と賛辞の声が飛び。
僕とリュートも切れてますと、他の生徒達に負けじと賛辞を叫ぶ。
先輩の話しによると、これをしないと一日機嫌が悪いらしい。
「騎士団の団員さんも毎日これしてたんでしょうかね?」
小声でリュートが耳打ちする。
「毎日って大変だよね」
会った事もない騎士団員に、心から同情する。
まあ、ちょっとあれな先生ではあるが、腕は間違いなく一流である。
そもそもルフツネイルに、一流でなくては講師として招かれる事もない。
「よし、今日は全員と手合わせしてやろう」
生徒全員に緊張が走る。
生徒同士の手合わせなら手も抜けるが、先生とならそうもいかない。
「一番年下のリュートから来なさい」
助けを求めるようにリュートが、僕を見るけどどうしようもなく「頑張って」と送り出す。
年齢が下から順に相手をするのなら、次は僕の番だ。
ルフツネイルに留学に来るのは十五歳からがもっとも多く、リュートのように十歳にも満たない留学生やルークのような十歳の特待生も殆どいない。
リュートは、壁にかけられた武器の中から、切れないように刃を付けてない模擬剣を選び構えるが、重さでフラフラしている。
模擬剣といっても本物と同じように、鉄で出来ているし重量も相当なものだ。
対する先生は木刀を選ぶと、構える事なくスタスタと無防備にリュートに近づいていく。
でやぁ!
意を決したリュートが、気合いと共に剣を振り上げ先生に向かって切りつける。
あれだけ大振りでは僕でも避けられる。
だけど先生は避ける事なく胸で受け跳ね返し、リュートの手から弾かれた剣は、後ろで音を立てながら転がる。
ゆっくりと先生が持っていた木刀を振り上げ、ガッツーン!
道場に乾いた音が響き、リュートが頭を押さえて床で痙攣している。
「握りが甘い!そんなので人が切れるか!素振り500・・・いや1000回だ!」
あれ痛くて、暫く何言われてるかわからないんだよね・・・リュート大丈夫かな?
心で犠牲者第一号に合掌して、僕は壁にかけられた武器から短剣を選ぶ。
貴族は将来の為に剣を選ぶけど、力のない僕には剣は重過ぎて、使うのではなく振り回されてしまう。
先生も選択としては悪くないと言ってくれたし、以前より少しはマシになったはず。
頭の中で教えを反芻する。
刺すのは最後の手段。
刺すと筋肉の収縮で抜けなくなってしまい、そこから無手で戦う事になりかねない。
武器は手の延長。
まるで武器に、血液が通っているかのように感じるようになれば一流。
基本は切り、相手の攻撃は受け流す。
まともに受けたら重量の差で、そのままやられかねない。
僕は一つ深呼吸をすると「いきます」と先生を見据えた。
大きな先生がいつもより大きく見え、構えてもいないのに飛び込む隙が中々見つけられない。
これが実力差というやつだろう。
それがわかるようになっただけでも大きな進歩だ。
「来ないのならこちらから行くぞ」
先生がこちらに駆け出したと同時に、僕も間合いを詰める。
得物の長さは、そのまま有利不利になる。
こちらが勝機を掴むには、懐に飛び込むしかない。
先生が横に木刀を構え、中段の横なぎの一撃。
避けるにも、受けるにも難しい高さ。
駆け出した勢いを殺さず、前転で木刀をかい潜り、そのまま足に狙いをつけ横なぎの一撃を返す。
先生が左足で短剣を握った僕の右肘を蹴り、右腕は振り切られる事無く、衝撃を感じて払う動作のまま止まる。
ゾクッとした寒気を感じ、上を確認する事無く横に転がると、ガゴッ!
転がった直後に、今までいた場所に木刀が上段から振り下ろされ、重い音が道場に響く。
離れて体勢を整えると、先生がいかつい顔に笑みを浮かべた。
「ほう・・・よく避けたな。アイデアも中々だ」
よく避けたって・・・
「避けなきゃ死んじゃうじゃないですか」
木刀が叩いた床の煉瓦には、蜘蛛の巣のようなひびが入っている。
あんなのまともに入ったら身長が半分以下になりそうだ。
「まともに喰らっても、死なないように手加減してるから大丈夫だ。せいぜい一生ベッドから起き上がれなくなる程度だ」
さらりととんでもない事言ってる。
「だが剣の特待生にしては少々物足りないな」
「僕、魔法の特待生です」
・・・・・・・・・・・・たっぷり五秒の静寂後
「よく避けたぁぁぁ!!!」
ちょっ・・・
「何故剣のド素人が特待生なのか、不思議に思っていたのだ。死ぬ前に気づいて良かったな」
・・・最初から気づいて下さい。
「まあワシの講義に出て来てる以上、やる事は変わらんがな」
言葉が終わる前に、斜め上段から木刀が振り下ろされる。
短剣で弾き軌道を変え飛び込もうとするが、すぐに返しの一撃が飛んで来て後ろにステップしてかわす。
かわし切れずに掠った腕に、みみずばれのような赤い線が入りヒリヒリと痛む。
先生の木刀を何とか凌いでいるものの、飛び込む隙を見つけられず息があがってくる。
「かわすだけでは、いつまでたっても勝てないぞ」
そんな事、言われなくてもわかっている。
最初に使った手も、同じ相手に通用するような奇襲じゃない。
でも先生の斬撃は、フェンリルのパンチより遅くて視覚に捉える事ができる。
達人クラスになると、人間の動体視力では捉えるのが難しくて、筋肉の動きからの予測が必要という事を考えると、まだチャンスがあるはず。
汗が宙を舞い、息も段々乱れて来る。
体力が尽きる前に、チャンスを作らなくてはいけない。
もっと際どくかわして中に飛び込むんだ!
横なぎの一撃を、服を掠めていくぐらいぎりぎりでかわし、一歩踏み込む。
まだ遠い。
持っていた短剣を先生の顔目掛け投げつけ、至近距離から投擲された短剣を、先生が木刀のつかで弾く。
作った時間でもう一歩踏み込み、左の掌で木刀のつかを下から跳ね上げ、右の肘を先生の腹部に全身の力を込めて打ち込む。
まるで岩に打ち込んでいるような感触が伝わってきて、続いて右半身に蹴りを受けた衝撃。
逆らう事なく転がり距離をとって、落ちている短剣を拾い再度先生と対峙する。
ニヤリと先生が笑った。
「武器を手から離すなど厳禁だが、面白い一手だ」
先生の笑顔は、鬼瓦みたいで逆に怖いから笑わないで欲しい。
「後もつかえているし、そろそろ終わらせるとしよう」
来る!と思った時には、先生のモーションは既に終わっていた。
短剣の刀身にあたる部分が、音をたてて下に落ちる。
木刀で鉄を切断した?全く見えなかった。
これが先生の本気・・・
「参りました」
武器も失くなったし、負けを宣言する。
「まあぎりぎり合格をやろう」
先生の言葉に生徒がどよめき、続いて拍手が起こる。
合格など滅多にもらえない。
僕は手を振って拍手にこたえてから先生を見ると、持っている木刀を先生が振り上げている。
えっ?ガッツーン!
道場にこの日二度目の乾いた音が響き、僕は頭を押さえ地面に突っ伏する。
「な・・・なんで合格なのに殴られるんですか・・・」
「戦場では一度負けたら終わりだ次はない。殴られたくないんなら次は勝つんだな」
勝たなきゃ殴られるって、毎回殴られるの確定じゃない。
「何度も隙を作ってやったのに、仕掛けられなかったのも減点だな。後が終わるまで反復横とびをずっとやっていろ。次の奴出てこい」
隙なんて全然なかった。
この後、道場に十回乾いた音が響き、午前の授業は終わった。




