六章 ルフツネイル
「きな」
僕の前に仁王立ちしたフェンリルは、軽く手招きをする。四足でも僕とそう変わらない大きさのあるフェンリルが、立ち上がると僕よりも遥かに高い。
「お願いします」
軽くお辞儀をして構え、足に力を込め的を絞らせないように、ジグザグに走り間合いを詰める。
お互いの射程圏に入り、集中力を最大限に高め、フェンリルの動きを読み取る。
右!フェンリルの動きを予測して左の腕を上げると、途端に重い衝撃が左腕に走るが、痺れる腕を気にする事なくダッキング。
頭上を返しの左フックが通り過ぎていき、風圧で金色の髪がなびく。
もらった!
がら空きのフェンリルの脇腹に、渾身の右パンチを放つ。
・・・空が見えた。
薄れゆく視界の端に、拳闘士のように天高く右腕を・・・いや右前足を突き上げる狼。
狼がアッパーって・・・ずるい・・・僕の意識は闇に沈んでいった。
「つめた!」
気持ちよく夢の世界にいた僕を、冷水が無理やり現実に引き戻す。
「いつまで寝てんだマスター」
そばにはバケツをくわえてニヤニヤするフェンリル。
ズキズキする顎を、押さえながら立ち上がる。
「今日はいけたと思ったんだけどなぁ」
ルーク達がいるのは、魔導都市ファンリ郊外にある一軒家。
ここを借りて、既に二週間がたとうとしていた。
「まあ、わるかーなかったが二発目で予想通りに引っかかってくれたからな」
つまり僕は、フェンリルの誘導通りの動きをさせられた。
悔しさが込み上げる。
「そろそろ学校に行く時間だ」
ナーガに言われて、僕は濡れた服を着替える為に、家に向かっていった。
「人間の子供というのは、恐るべきスピードで成長するものだな」
ナーガの呟きにフェンリルは内心、んな訳ね~だろと思ってはいても言葉にはしない。
ここを借りてから午前はフェンリルが、午後はナーガがルークの模擬戦の相手をしている。
体術だけなら才能があれば、もっと短期間でもあれぐらいは出来るようになるだろうが、魔法はそうはいかない。
たとえ天分の才があったとしても習ってないものを、ただの人間の子供がいきなり使えるはずがない。
ファンリは、魔導都市と言われるだけあって、魔法も非常に盛んである。
都市のあちらこちらに魔法学校が乱立し、ルークも着いたその日の内に、魔法の適性試験を受けた。
四大元素と言われる、地・水・火・風の試験の結果は適性無し。
しかし光と闇の魔法の試験の内、光の適性試験を受けた時、ルークはその場にいた試験官を驚愕させた。
光の試験は、試験官が既に生み出している魔法の明かりを、唱えた言霊の構築によって強化、或いは変化させる。
だがルークは強化でも変化でもなく、新たな魔法の明かりをその場に生み出した。
試験官の明かりよりも、遥かに明るい光をである。
その二日後にルークは、ルフツネイルの招待を受け今はそこに通っている
ルフツネイル
剣術、魔法、教養を教えるファンリでも名門中の名門校。
この学校に通っているのは各国の貴族、王族、豪商といった地位の高い子弟ばかりであり、一般市民が通うには一生をかけても払いきれない程の学費が必要である。
それ以外で通っているのは、将来貴族の手足になれる程の才能を持った一握りの平民。
ルークは光の魔法の才能を認められて、特待生扱いで学費免除になっている。
そうでなければ、とてもルフツネイルに通う事は出来ない。
「準備出来た。どっちがついて来てくれるの?」
着替えたルークが二頭に声をかけ「今日はトカゲの番だろ」とフェンリルが答える。
道中の護衛として二頭は代わりがわりに、学校迄送り迎えをしている。
「ナーガ宜しくね」
笑顔を浮かべてナーガと共に、ルークは学校に向けて駆け出す。
日毎に出来る事が増えていくルークは、学校に通うのが楽しくて堪らないようだ。
その場に残るフェンリルは思案を巡らせる。
‐人間の子供というのは恐るべきスピードで成長するものだな‐
ナーガの言葉に、裏は感じられない。
人間に興味のなかったあいつは、思った事をそのまま言葉にしただけだろう。
何故ルークが魔法に特異な才能があるのかを、フェンリルはある程度予想している。
だが・・・何故俺様が呼ばれた?
ナーガが一枚噛んでいるものと思っていたが、どうやらナーガも全てを掴んではいないようだ。
まあいい、その内にわかるだろ。
フェンリルは一日おきの休暇を楽しむべく思案をやめ、街に向かって消えていった。




