(7)
リリオル軍が完全に撤退したのを確認して、僕を乗せたナーガは昨日ライアさんを送り届けた家の前に降り立つ。
かなり早い段階で火を放たれたのか、家は殆ど燃え尽き燻った煙をあげていた。
「ナーガ・・・」
僕の視界は歪み、言葉にならない。
焼け落ちた家の中心にあるのは、もう性別すらもわからぬ程焼け爛れた、かつて誰かだったもの。
「こんなとこで何してんだ?」
不意に話しかけられ振り返ると、いつの間に帰って来たのかフェンリルがいた。
「フェンリル・・・ライアさんが・・・」
僕は込み上げて来るものを抑えられず、足元に小さな染みを作っていく。
フェンリルは焼けた誰かのもとに歩み寄ると、臭いを嗅ぎ開口一番。
「誰だこれ?」
えっ?
「誰って・・・ライアさ・・・ん」
フェンリルはいつものように、僕を馬鹿にしたような表情を浮かべる。
「人間の鼻は何のためについてるんだ?本当に役に立たねぇな。ライアの臭いなら村の外に続いてるぜ、運よく逃げれたみてーだな」
「本当?本当なのフェンリル」
「俺様が嘘ついて何の得があるんだ」
張り詰めた糸が切れたように、僕はその場に座り込んだ。
「よかっ・・・」
よかった?
(この人にも家族がいて・・・きっと悲しむ人がいるのに・・・僕は・・・)
両手で顔を押さえ、僕は嗚咽を耐え切れなくなりそこで泣いた。
「マスターそろそろ行くぞ」
僕の嗚咽がおさまってきたのを、見計らったようにフェンリルは声を掛け、僕は袖で涙を拭う。
「でも、せめてその人のお墓を作ってあげたい」
「ここは戦場になるかも知れない。早く離れるのが賢明な判断だ」
ナーガの提案はもっともで、いつ撤退したリリオル軍が引き返して来ないとも限らない。
心の中で何も出来なくてごめんねと謝る。
「で、こっから何処に向かうんだ?」
リリオルを、横断するのが当初の予定だった。
僕はナーガを真っ直ぐに見つめ、決意を込めて思いついたことを口にした。
「もし、目的地の島に行くのを急いでないのなら行きたいとこがあるんだ」
何処だと聞き返すナーガに、僕は「ファンリ」と答える。
魔導都市ファンリ
この世界で唯一、何処の国にも属さない自治都市。
魔法は言うに及ばず、剣術、文化においても大陸一とされ、各国の貴族、王族の子弟が留学に訪れる大都市である。
「今のままじゃいけないと思うんだ。一緒に・・・ううん、せめて自分を守れるぐらいにならなきゃ」
「いいんじゃねぇか?まあ、俺様は面白くて美味い物が食えりゃそれでいいがな」
ナーガは少し悩んだ様子を見せたが「別に急ぐ旅でもない。マスターがそこに行きたいのであれば反対はしない」と賛同してくれた。
「二人ともありがとう。じゃあ出発しよ」
強くなりたい、自分を守れるぐらい。
そして、いつか誰かを守れるぐらい
僕は心に決意を秘め、フェンリルとナーガと新たな目的地に旅立っていった。
メンデスからかなり離れたところで、フェンリルはチッと舌打ちをする。
「どうしたの?」
フェンリルは忌々しげに振り返る。
「完全にまいたと思ってたが何頭か、カバがついて来てるみてーだぜ」
フェンリルの視線が向く方を見てもカバの姿は見えないけど、鋭い嗅覚を持つフェンリルの事だ、きっと言葉通りいるのだろう。
「ちょっくら俺様が追っ払ってくるから先に行ってな」
「気をつけてね」
フェンリルは、村の方向に走っていった。
数刻後
既に火の消えた家の庭先でフェンリルは穴を掘り、誰かも知れない遺体を埋めていた。
「助けてやれなかったな。・・・おめぇ本当に美人だったぜ」
戻る時に見つけた花をその上に供える。
「マスターには本当の事は黙っておくぜ。じゃあな」
名もなき花は、いつしか風に吹かれ、何処かに消えていった。




