(6)
今や村のあちこちから火の手が上がり、夜が明けていないというのに、真昼のような明るさになっている。
空から見下ろすと、村を攻めている軍勢の巨大さもハッキリとわかる。
地上を埋める軍勢、それは小競り合いではなく本気の侵攻。
僕はフェンリルを残してきたのを後悔する。
「ナーガ戻って!フェンリルが殺されちゃう」
ナーガは聞こえないかのように、方向を変える事なく村から離れていく。
「奴なら大丈夫だ。人間に殺されるほど弱くはない」
村から離れた山の中腹にナーガは降り立ち、僕はその背から降りる。
「僕はここで隠れているから、フェンリルを助けにいって」
自分に何も出来ないのがもどかしい。
いつも守ってもらって、足を引っ張ってばかりだ。
短剣に埋め込まれた牙の持ち主に、父さんに、そして二頭の召喚獣に。
「何が潜んでいるかわからない今は、マスターから離れる事は出来ない」
ルークからナーガは離れる事なく村の惨劇を見続け、狼が村から森に逃げ込んで行くのも、その瞳は捉えている。
「あれは?」
僕の目に飛び込んで来たのは、最初に攻撃された兵舎から飛び立つ鷲のような頭を持ち、主に連絡用に使われるグリフォンと言われる魔獣。
「王都に敵襲を知らせる為のものだろう。もっとも奴らに気づかれたようだがな」
グリフォンを追って敵の軍勢から、空中戦に優れた巨大な鳥ビッグバードが飛び立つ。
「ナーガ助けに行かなきゃ」
「言ったはずだ。今はマスターから離れる事は出来ない」
キッと僕はナーガを睨む。
「僕も行く。それともナーガは、僕を乗せたままじゃあいつらに勝てないの?」
「安い挑発だな」
ナーガは動かない。
「ナーガ・・・お願い・・・」
僕はナーガを掴む手に力を、想いを込める。
「誰かを助けるのは、時には相手の命を奪う選択をしなければならない。その覚悟はあるのか?」
ナーガは一人を助ける為に、沢山の命を絶つ覚悟が僕にあるのかを問うている。
「選択しなきゃいけないなら・・・僕は自分の選択から目を逸らさない」
ナーガは僕を乗せ翼を広げ、大空へと舞い上がっていった。
僕を乗せたナーガは、山の斜面ギリギリに滑空し、グリフォンを追い掛けるビッグバードの真下に位置すると「しっかり掴まっていろ」と指示を出す。
渾身の力を、両手両足に込めナーガにしがみつく。
ナーガはそこから急上昇に転じ、真上に向かって氷の槍を無数に撃ち出す。
氷の槍は、的確にビッグバード達の身体を引き裂き、目に映るは空から降る赤く染まった魔獣。
辛うじて急襲を交わしたビッグバードと交差する時、真上にいた人間をナーガが叩き落とすと、その人間と僕の視線も交差する。
叫び声を上げながら地上に落ちていく人。
僕も最後まで目を逸らさない。
浮かんでくる涙を、ナーガに気づかれないよう袖で擦る。
彼が地面に叩きつけられると、乗っていた魔獣が糸の切れた操り人形のように、力を失くし地上に落ちていく。
頭に浮かぶフェンリルの言葉。
‐てめぇは俺様やとかげの命もしょってんだぜ‐
今まで深く考えた事もなかった魂の契約。
僕はフェンリルやナーガの命も背負っているんだ。
「残った奴らも片付けるぞ」
戦場は、感傷すらも許してはくれない。
最初の一撃で残ったのは、人が乗っている一羽を含めても三羽のみ。ナーガは旋回すると唯一人が乗っているビッグバードに、正面から突っ込んでいく。
ビッグバードに乗る人間が何かを唱えている。
「ナーガ魔法が来るよ!」
僕の声が聞こえないのか、ナーガは尚も突っ込んでいく。
至近距離からの一撃。
(駄目だ!かわせない!)
放たれた魔法は僕達に当たる事なく、光の壁に阻まれ四散し、驚愕に見開かれた男の頭は、竜のあぎとに飲み込まれていった。
「人間程度の魔法では、私の障壁を貫く事など出来ない」
そう語るナーガの口は赤く彩られ、逃げ出していく二羽の魔獣も、背後から無慈悲に撃ち落としていく、その金色の瞳からは感情は見えない。
村外れの森から爆発音が耳朶を打ち、炎が上がる。
「今度は何?」
炎が上がる森から飛び出してくる漆黒の狼。
そして空まで響く地響き。
「頭が悪いなりに考えたようだな」
地響きの正体は、フェンリルを追い掛けて来るハヌマンカバの群れ。
ナーガの氷の壁を打ち破る程の質量を持ったカバが、リリオル軍の中心に突っ込んでいく。
騎馬ですら宙を舞い、カバに踏み潰されていく人。
思わず目を覆いたくなるような惨状だが、僕は視線を外す事はなくそれを目に焼き付ける。
・・・父さん・・僕の選択は正しかったの?
「終わらせるぞ」
「どうするの?」
「混乱している隙に指揮官を討つ」
ナーガは、空からもっとも陣形の厚い場所の中心にいる男に、空から近づいていく。
地上からは混乱しているリリオル軍の間を、縫うように疾走する漆黒の狼。
一瞬速くナーガの放った氷の槍が男を貫き、その後にフェンリルの放った炎が爆発する。
「てめぇ!何、俺様の獲物を横取りしてやがる」
地上から罵声を浴びせるフェンリルに、ナーガは悪びれる事なく「貴様がとろいからだ。ほら後ろからカバのお友達が来ているぞ」
フェンリルは後ろを振り向くと「ちっくしょう」と叫びそのまま駆けていった。
朝日と共にリリオル軍は退却し、戦闘は終わりを告げた。




