(5)
マスター・・・誰かの優しく起こす声。
「う~ん・・・もうちょっと・・・」
まだ寝足りないと寝返り一つ。
「とっとと起きやがれ!」
背中を蹴られ、僕は床にダイブした。
「いたっ・・・何するの!」
僕を蹴り落としたフェンリルを睨む。
「ここから出るぞ。早く準備しな」
いつもと違い、緊張感を含んだ声にナーガを見ると、こちらからも緊張感が伝わる。
「どうしたの?」
「村を襲って来る奴らがいる」
外はまだ暗く、眠りにつく前と何一つ変わらないように見える。
「襲って来るって誰が?」
その時、ランバル兵の詰め所から爆発音が響き、夜空を明るく染める。
「チッもう来やがった。誰だろうが俺様達には関係ない!行くぞ」
赤々とした炎を見て僕の頭に、昨日優しい微笑みをくれたライアさんの顔が浮かぶ。
堪らず外に飛び出し、全速力で村の中央に向かうが、すぐに背中に衝撃を感じ地面に倒れ込む。
背中に置かれているのはフェンリルの足。
「フェンリル放して!行かなきゃ!」
「てめぇはアホか!ガキが行ったって死体が一つ増えるだけだぜ」
でもといい淀む。
「忘れてんのかも知れねーが、てめぇは俺様やとかげの命もしょってんだぜ」
地面が振動し、蹄の音が近づいて来る。
「とかげ、マスターを連れていけ。俺様はちょっと遊んでくる」
僕の背中に置かれた足が外され、フェンリルは蹄の音が迫る方向に歩き出し、僕は立ち上がる。
「フェンリル・・・」
フェンリルは振り返らず。
「・・・殺すなってのは無しだぜ」
僕を乗せたナーガは、フェンリルだけをその場に残し空へ飛び立っていった。
フェンリルの舞い上がる炎を、そのまま映したような紅い瞳は、向かって来る騎兵の一団を視界に捉える。
乗り手は盗賊のような姿ではなく、銀の甲冑に身を包み胸には隣国リリオルの印。
フェンリルは前から迫る一団に、認識される前に炎を生み出し放つ。
先頭の騎兵は轟音と共に宙を舞い、後ろに続いていた騎兵の足が止まる。
いきなりの襲撃に混乱した隊に立て直す間を与えぬままフェンリルは地を蹴り、馬上の男の首に白く煌めく牙が一閃すると、ポトリと首から上が下に落ち、主人をなくした馬はあらぬ方向に走り出す。
「化け物だ・・・隊を立てうわぁぁぁ」
男は言葉を言い終える前に、紅蓮の炎に包まれその生涯を閉じた。
「化け物なんてのは聞き慣れてんだよ!」
フェンリルは尚も隊を蹂躙していく、それは戦闘ではなく圧倒的な虐殺。
狼が通った後には、さっきまで人だったものが残されていく。
隊に交じっていた魔法使いが、フェンリルに向けて放った炎の魔法も、一歩も動く事なく炎で相殺し、続けて放ったフェンリルの炎がその男を赤く包む。
静かになったその場には、漂う血と人間の焼ける臭い。
「あの、あまちゃんには見せられねえ光景だな」
一隊を全滅させたというのに、その息は全く乱れていない。
隊が来た方向に視線をやると、また新たな隊がフェンリルに迫って来ていた。
フェンリルの鋭敏な感覚は、それも全体の極一部だと知らせる。
「チッ急がなきゃいけねぇのに」
舌打ちしてフェンリルは一団が来る方向とは逆へ走り出す。
村を抜け森を駆け抜け、嗅覚が捉えた場所にフェンリルは炎を撃ち込んだ。




