(3)
対抗戦から一週間が経ち学園内も以前のような落ち着きを取り戻しつつあった。
代表に選ばれるのは人生を左右しかねない程の変化をもたらす事もあると言うのも人それぞれである。
少なくとも僕はそれ程大きな変化はない。
雇いたいと言う声は対抗戦前とくらべて激増しているらしいけど、まだ就職する気もないので学園側で全てお断りしてもらっているので僕の耳にまで届く事はなく平穏そのものである。
唯一の違いは女たらしの異名が鉄板になった事ぐらいである。
なんでこうなったんだろう?
その女たらしの異名を不動のものにしてくれた恩人であるニーナさんを見つけ「こんにちわ」と挨拶をしたものの、ニーナさんは難しい顔をしてそのまま僕の横を通り過ぎていった。
ニーナさんは変化があった一人。これも今では日常的な光景といいかも知れない。
無視をされたのではなく挨拶に気付かなかっただけなのだ。
大会の活躍によりルフツネイルの助教師の推薦を受けられるようになった彼女だが、人に教えると言うのは実戦だけでなく座学も必要となる。
実戦に関しては全く問題ないが、座学にちょっと弱い彼女は今や魔法書と睨めっこする毎日である。
空腹で倒れるまで集中できるニーナさんのやる気は凄まじく、ほら今も曲がり角に気付かずそのまま壁にぶつかってる。
両親の説得という難関はあるものの、ニーナさんなら大丈夫だろう。
挨拶をしても気付かれないこの光景を見て「ルークの奴振られたぞ」なんて口の悪い学友は言っていたりもするけど、もともとそんな関係じゃないしただ僕はニーナさんの夢が叶う事を祈るだけである。
思えば代表となったメンバーでも変化した者は少ない。
ファリスさんはお父さんの後を継ぐべく変わりなく頑張っているし、グライフさんも決めていた就職先にそのまま就職するらしい。
カイトさんとルーカスさんは条件のいい就職のお誘いもあったらしいけど、二人とも全て断って来年もう一度対抗戦に挑戦するべくこの時間は修練場で汗を流している。
「やあルーク」
不意に声をかけられ「ベアヒェンさん何をしてるんですか?」と返す。
比較的整った顔をしているのに団子鼻が全てを台無しにしてしまっているベアヒェンさんは一人窓辺に佇み夕日を眺めていた。
「今日も世界は美しいと思ってさ」
「はあ・・・」
ちょっと言動がおかしくなっているベアヒェンさんだけど、これが今の彼の平常運転である。
「本当に大切なのは沢山の人から愛される事なんじゃないってやっと気付かされたよ」
ファサっと髪を掻き揚げる。
決めているつもりなんだろうけど、絶望的に決まってない。今のベアヒェンさんに何を言っても無駄なのでそのまま次の言葉を待つ。
「誰かを愛し愛される。それはたった一人でいい。ルークも大人になればその内わかるさ」
一番の変化をしたのはベアヒェンさんで間違いないだろう。一言で言えば彼女が出来ました。
対抗戦のベアヒェンさんを見て彼女から交際を申し込んできたらしい。
あれだけ沢山の人が見ていれば一人ぐらいはベアヒェンさんを格好いいと思う女の子がいてもおかしくない。
退校時間の鐘が鳴り今日も彼女とデートの予定があるベアヒェンさんが、まるでスキップをするかの如く軽やかに去っていく。
本当に空を飛んでんじゃないのあれ・・・まあなんていうか良かったねの一言である。
家に帰るべく迎えに来ているはずのフェンリル探すも見当たらなくて、中庭を探し回ってやっと見つけたフェンリルは木陰で豪快に腹を出して爆睡していた。
野生って知ってるフェンリル?
「ほら起きて帰るよフェンリル」
「ふぁ~なんでぇもうそんな時間か」
大きな欠伸をして伸びをする狼からは野生が一切感じられない。
対抗戦の後から夜に出かけて朝帰りを繰り返していて一体何処で何をしているのやら・・・
フェンリルを伴い校門を抜けると赤々と燃える夕日が地平線に沈んでいくところだった。
世界は美しい。ベアヒェンさんに感化された訳じゃないけど、こんな光景を見るとそんな気持ちにもなってしまう。
少しだけセンチメンタルな気持ちになって目を閉じた僕を、ガスッとフェンリルが人を殴り倒した音が現実に無理やり引き戻す。
「大丈夫ですか?僕の使い魔がごめんなさい」
倒れた男を助け起こすと幸い大きな怪我はしていないようだ。
「フェンリルいきなり人を殴っちゃ駄目でしょ」
キッと睨むも「そいつが掴みかかってきたから俺様は身を守っただけだぜ」と鼻をほじりながら反省の色は全くない。
フード付きのマントを着た殴られた男は、僕の両腕をギュッと握って「助けて」と懇願してくる。
いきなり性悪な狼に殴られたんだもの勿論助けますともさ。
「おめぇアネルカのとこにいた奴じゃねーのか?」
フードがはだけて見えた顔は、確かにアネルカさんのところにいた五流の部下さんだ。
何でこんな所に?
「あねさんが、あねさんが殺された」
彼が放った一言は美しいはずの世界に似つかわしくない一言だった。




