(2)
病気が癒えるまで一年、更に弱った身体をまともに動かせるようになるまでリハビリに四ヶ月を費やし、少女は元の健康な身体を取り戻した。
その間も仮の親となった二人は実の親以上に少女を気に掛けてくれた。
まともに動けるようになり少女は村で仕事を探したがなく、離れた街まで毎日通うようになった。
行きこそその街に納品にいく近所の馬車に同衾させてもらえるものの帰りは徒歩。
少女の脚で凡そ四時間の道のりを少女は毎日通い続けた。
元気になりましたハイさようならが出来るほどすれてはいなかった少女は稼いだ給金を自分に最低限必要なだけ残し、その殆どを仮の両親に渡した。
最初こそ拒んでいた両親だが、少女が折れないと知るとしぶしぶながら受け取ってくれるようになった。
外に出るようになって知ったのはここ数年天候の不順で作物の出来が良くなく、隣国との戦の為の重い税が住民にのしかかり叛旗の気運があちこちで上がっている事だった。
少女がそれを聞いて思ったのは病気で動けない間も、そして今も一食も欠かす事なく出る食事である。
そして思う決して楽ではないはずなのに微塵も見せない両親に、いつかこの借りを返せる時が来るのだろうかと。
反乱に関してはおっとりとした両親を見ていればそんな事はまず起こらない。
だから何も悪い事は起こらない。そう思っていたのだあの瞬間までは。
二人をお父さんお母さんと呼ぶ事に違和感がなくなって来た頃、それは春の突風のように突然吹き荒れた。
テェセ村が襲われている。少女が働いている店に飛び込んできた男は開口一番そう叫んだ。
それを聞いた少女は一にも二にもなく村に向かって走る。
いつも四時間も掛かる道をひたすら走り、逃げ出してきた村民だろう人とも言葉を交わす事なく走った。
そして少女が見たのは紅蓮に燃ゆる大地。
見慣れた家々の間を完全武装した兵士が走り回り、抵抗しようとする住人を切り伏せていく。
ふらふらと夏の夜の明かりに吸い寄せられていく虫のように少女は歩き出そうとし手首を掴まれた。
「そっちにいっちゃ駄目でやんす!」
手首を握って止めたのは新しい弟、顔や服は煤で黒くなってしまっている。
「父さんと母さんは?」
弟は首を振り少女を引きずるようにして村から離れようとする。
「トーマス離しなさい!父さんと母さんはまだあそこにいるんでしょ」
いつもは反抗などしない弟がこの時ばかりは言う事をきかない。
「いっちゃ・・・」
最後まで続ける事の出来なかった弟に少女は全てを察した。
自分は壊れてしまったのだろうか?引きずられるようにして離れていく紅蓮に包まれる村を見て少女は綺麗だと思った。
安全な街に着いて力なく階段に座り込んだ少女に弟が小さな袋を差し出す。
「母さんがあねさんにこれを渡しなさいって」
弟から渡された小さな袋にはこれまで渡してきたお金が1ゼニーも減る事無く入っていた。
それを見て少女は初めて声をあげて泣いた。
落ち着いてきた頃弟が事の顛末をポツリポツリと話す。
村の納屋の一つから反乱の為の大量の武器が発見され、そんなはずは無いと弁解する父親が容赦なく斬られ虐殺は始まった。
反乱の物的証拠と襲ってきたのが本来自分達を守るはずの自国の兵と知って少女は絶望した。
自分には何も出来ない。借りを返す事が出来なくなった両親が残した忘れ形見を、立派に成人させる事が出来たなら少しは借りを返せた事になるだろうか?
遠く離れた街に血の繋がらない弟を連れて新たな生活を求めた。
「見るな!」
夢の主がそう叫ぶ。
もしこの離れた街に移らなければ、あの男の姿を見なければもっと真っ当な暮らしをしていただろうか?
夢の結末はいつも変わらない。少女はいるはずのない男を見て呆けたように佇む。
男の名はフレーゲル。
いるはずの、いや生きているはずのない男。何しろ大量の武器が見つかったのはこの男の納屋なのだ。
少女は夜の商売女の振りをしてフレーゲルを路地に誘い込み首にナイフを宛がう。
そして知る。盗賊ギルドの存在と反乱の気運が高まる領内に、見せしめとして嵌められ捧げられたテェセ村。
フレーゲルは末端の構成員であり、それ以上の事は知らないと判断したところで少女は激情のままナイフを突き立てる。
倒れた後も馬なりになって何度も何度も我武者羅に。
「お前に何が出来る」
死んだはずの男が血まみれの顔で笑いながらそう言い放ち、かつての少女は目を覚ましベッドから身体を起こし窓際に立つ。
最近は街灯がつけられるようになり、この古臭い街も夜の闇が少しだけ薄くなったように見える。
もっとも今の自分は闇にしか生きられないのにと女となった少女は薄く笑う。
初めて人を殺した後血の繋がらない弟は寄宿学校に放り込み、自らは盗賊ギルドにその身を落とした。
ただただひたすら上に、一つの街を任される地位についても今の自分より上の地位にいる人間が命じたのか、まだあの時の真相は見えてこない。
人殺しとなった自分に関わらぬように離れた血の繋がらない弟は、どこでどうやったのか自分を見つけ出し同じ世界に飛び込んできた。
今では半分血の繋がった弟までもだ。
強度程それ程ないが暗殺向きの自らの透明の剣を抜くと、時折灯に煌き存在を主張する。
「父さん母さん仇は必ず討つわ。だから」
呟きの後ろでドアが音もなく開き黒い影が女を襲う。
「私はまだ死ねないのよ!」
交差する事なくお互いが振り切った刃が肉を裂き鮮血が舞う。
床に倒れ伏し広がっていく自分の血の赤は、あの時の村のようだと薄れゆく意識の中で思った。
女の命は紅蓮に染まった大地のように深く鮮やかに広がっていった。




