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狼竜物語  作者: レオ
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六章 紅蓮の大地

 平凡な父親と楽観主義の母親。


 少女はそんな二人の間に長女としてこの世に生を受けた。


 慎ましいながらも幸せな毎日。


 当時そう意識する事はなかったが、今思えばそれがそうだったのだろう。


 その小さな幸せは父が母と自分を捨てて、新しい女の元に去って終わりを告げた。


「大丈夫よ。いつかきっと戻ってくるから」


 母はことある毎にそう言っていたが、その言葉を無条件で信じてしまうほど当時の少女は幼く純粋だった。


 それも数年の事。今日のパンすら満足に買えない爪の先に火をともすような暮らしに、綺麗だった母の手が見る間に荒れ髪に白いものが目立って来た頃に少女は悟った。


 世の中はお金が全てだと。お金さえあればこんな惨めな暮らしもせずに済む。


 まだまともな仕事すら出来ずお金を稼ぐ事も出来ぬ幼い己を恨み続ける事数年。


 貧困に喘いでいた暮らしは変化を遂げる。


 いつか戻ってくるの母の言葉は現実となり父親が帰ってきたのだ。


 一つだけ以前と違っていたのは父親に手を引かれた男の子がいた事だろう。


 弟と言われても実感は湧かなかったが、自分と同じような少しだけ太い眉が半分ではあっても血が繋がっているのを物語っていた。


 自分と母親から父親を奪っていった憎い女の息子。


 その憎い女が亡くなり幼い子供を抱えてどうしようもなくなり恥ずかしげもなく戻ってきた父親。


 死ねばいいのにと心は千々にみだれたが、それを少女は心の奥に封印して表に出す事はなかった。


 なにより母親が喜んでいた。


 感情のままに行動して母を悲しませたくは無い。


 その一念のみが少女を仮面を被り続けるような生活を堪えさせた。


 劇的な生活の変化。裕福な人間から見れば変わりないと思われるだろうが、翌日のパンの心配をしないで済むのは少女にとって劇的と言ってもいい程だった。


 そして数年。このまま続くかと思われた生活はまた大きく変化を遂げる。


 父親が流行り病であっさりとこの世を去ってしまったのだ。


 働き手の喪失。僅かな蓄えこそあったもののそんなものはすぐに尽きる。


 以前母と二人になった時には何とか生き延びれてこれた。ただ今度は二人ではなく三人になっている。


 まだ自分を雇ってくれるところなど何処にもないだろう。弟は更にだ。少女は決断した。


 僅かな荷物を纏めテーブルの上に手紙を置いて家を出る。


 誰にも見られず出立するはずが運悪く弟と鉢合わせした。


「姉ちゃんどこにいくの?」


 無邪気に寄って来る弟をぎゅっと抱きしめ耳元で囁く。


「これからは貴方が母さんを守ってね。男の子だもん。できるよね?」


 思えば弟を抱きしめたのは初めてだったかもしれない。弟も目を白黒させていたが「任せて」と元気良く返事が返ってきた。


 これでいい。三人で生きていくのは難しくとも二人なら過去に数年は生き抜いて来たのだ。


 少女は二度と戻る事のない村を後にして行き着いたのは比較的大きな街だった。


 そこでも少女を雇うような奇特な人間はいなかった。


 スラムと呼ばれる場所でそれでも日々少女は生き抜いていった。


 汚いと言われる仕事も請け負った。犯罪と言われる仕事にも手を染めた。


 ただ生き抜く為に。


 お金は万能の魔法、全能の神と思いを強くしていったのはこの頃だ。


 それから数年が経ち少女が普通と言われる仕事にもつけるようになった頃少女は病に倒れた。


 ほんの少し歩くだけで世界は回り、心臓は激しく動悸する。


 頼る者もなく自分の生まれ故郷である村に向かって少女は最後と決めた旅にでる。


 帰るつもりはない。ただ死ぬ時は少しでも近くで死にたかったのだ。


 一日の大半をかけて休みながら僅かな距離を歩く。


 到底生きている間に辿り着く事はないだろうが自分の命がまだある内に一歩でも近く。

 

 それもやがて終わりを告げ、道端で少女は天を見上げる。


 ここが自分の終わりの地。誰にも知られる事なく虫けらのように死んでいく。


 諦めた少女の首に触れたのは死神の鎌ではなく暖かい人の掌。


「しっかりしろ」


 男は少女を抱きかかえるとそのまま自分の家に連れ帰り、妻と共に一年以上もの間少女の面倒をみた。


 とてつもなく底抜けのお人よしの夫妻。そうでなければ道端で行き倒れている者の面倒を見るなど厄介ごとを自ら引き受けたりはしないだろう。


 特に病にかかり動く事すらままならない人間の面倒を見るなど、奇特以外の何者でもない。


 それは男が何一つ得のない村長をしている事でも明らかだった。


 ただ面倒だから周りから押し付けられているだけなのに男は嫌な顔一つせず雑用をこなし、それに輪をかけてお人好しの妻は病気の少女の面倒をみながら夫を支えていた。


 一度熱にうなされ間違って母さんと言った時、妻は泣いて喜びなし崩し的に男を父さんと呼ばされる事になった。


 闘病生活は一年以上にも及びベッドから殆ど動く事の出来ない少女を尋ねて来るのは二人の一人息子。


 見た目はどうみても少女より年上なのに実年齢は下、将来とっちゃん坊やと呼ばれるのは確実だろう息子は両親を父さん母さんと呼ぶようになってから「あねさん」と少女を呼ぶようになった。


 ここで少女ははたとこれは夢だと気付く。


 決して変えられない起こった事を確認するだけの夢。自分が一番幸せだった時間を過ごした今は無き村の記憶。


 地図から消えた村の名はテェセ村。   


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