三章 旅立ち
明かりのない森の闇の深さは、街に暮らす者には想像も出来ないだろう。
戦場での経験から、火は敵に自分の位置を知らせるだけだと知っているカイルは、夜になっても火を点けてはいない。
この森に閉じ込められてから既に一週間。
脱出は何度も試みたが、まるで孤島をぐるりと回っているように、ここに帰って来てしまう。
ならばと闇の中茂みに身を隠して気配を消し、目を閉じて聴覚だけに神経を集中させる。
何日も無駄にしたが、此処に閉じ込められてから初めて戦場で鍛えた感覚が敏感に、この場所に近付く存在を捉え目を開け剣を抜く。
闇に慣らした目は、燃えるような赤い瞳を持つ四足の獣の姿を捉え、獣から発する覇気は、それがただの獣でない事を如実にカイルに伝える。
獣は暫く周辺を嗅ぎまわっていたが、煌めく赤い双眸はカイルの隠れている茂みをじぃっと見詰めている。
(人間なら不意打ちもやりやすかったんだがな)
カイルは不意打ちを諦め茂みから身を現す。
「お前が俺をここに誘い込んだのか」
獣から答えが帰って来る事は期待していなかったが、予想に反して獣は答える。
「俺様がたかが人間にそんなめんどっちい事するかよ」
カイルは握る剣に力を込める。
「やる気か?人間にしてはやるようだが俺様には勝てないぜ」
ある一定の力量を備えた者は、戦う前に相手の力量を感じ取る。
カイルも獣が言っている事は真実だと既に悟っている。
どうすれば勝てるのか頭の中で目まぐるしく、幾つものシミュレートが浮かんでは消える。
獣がフッと力を抜き、空気が僅かに和らいだ。
「そんなに気張るな。お前に用があるのは俺様じゃなくてマスターの方だからな」
マスターという単語を聞いて、カイルの頬を冷や汗が伝う。
こんな強力な魔獣を使い魔とするなど、まだ見ぬマスターはどれ程の力量を持っているのか想像も出来なかった。
獣の前に炎の塊が浮かび、シルエットからはっきりとその姿を闇に浮かび上がらせる。
左右どちらでもかわせるように集中力を高める。
だがその炎はカイルに向かって放たれず、空に向かい炎の花が咲き消えていった。
カイルが炎が飛んでいった空を見上げると星が明滅している。
何かいる!
その何かはゆっくりと高度を下げ、音もなく地上に降り立ち、カイルの唇から思わず冗談だろと零れる。
カイルに驚嘆をもたらした竜の背中から誰かが降りてくる。
こいつがマスターかと身構えたカイルだが、その人物を確認した時この日一番の衝撃を受けた。
胸に「父さん!」とルークが飛び込んでくる。
「ルークお前どうしてここに。こいつらは、何だ?」
狼と竜を交互に見るカイルをルークが見上げる。
「僕の使い魔だよ。父さんを一緒に探してもらったの」
「お前・・・召喚術を使ったのか?」
得意げにうんと答えるルークを、カイルは思わず平手で打った。
森に平手打ちした音が響き、ルークは叩かれた頬を抑え呆然としていた。
「どうして・・・」
「お前は魂の契約がどれ程危険かわかっているのか!」
カイルがルークを抱き寄せる。
「頼むから俺の為に二度とそんな危険な事はするな」
「ごめんなさい」
背中を二、三度ポンポンと叩き「わかったならいい。それじゃ帰ろうか。酒が飲みたい」
ルークはこんな時でもお酒かと呆れてカイルを見上げていた。




