(4)
ナーガは眼を開ける。
眼前には、先程と変わらぬ部屋とオーディンの姿。
「聞いたか?」
問い掛ける声には、疲れの色が伺える。
「つまり私はお前達親子の尻拭いをさせられた訳だな。こいつの魂は私が貰っていく、異存はないな?」
少し考えこんだ後に「好きにしろ」とオーディン。
権力欲に取り付かれた男ではあるが馬鹿ではない。
短い間に肯定と拒否のどちらがより利があるか、思案して出した答えだろう。
「少年の魂は魔界に行ったのだな?」
「回収は魔界の長に頼んである」
魔界の長だと!
聞いてナーガの顔色が変わる。
魔界の長をナーガはよく知っていた。
人間の魂の回収などという面倒な事に、動くような人物ではない。
オーディンもそれを知っているはずだ。
真意は魔界の者に食われてしまえば、証拠隠滅も完了する。
魔界の長に依頼したのも動かないのを知っていながら、一応行動は起こしたという弁解の為にだ。
ナーガは怒りを覚えたが、目的のものを手に入れた以上、ここで騒ぎを起こすのは得策ではないと堪え思案する。
「もう一つ欲しいものがある」
何が欲しいと問うオーディンに要求を伝えると、途端に顔色が変わる。
「そんなものどうするつもりだ?まさか・・・」
権力欲に取り付かれた男の考える事は一つだ。
「心配するな今更神界の長になど興味はない。使う必要がなければそのまま返そう。何も聞かされずに古き神の討伐をしたのだ、これぐらいの褒美を貰っても罰は当たるまい」
「我が息子の魂だけでも、十分過ぎると思うが?」
やはり拒否されたか。
バルドルの魂は力付くでも奪うつもりだったが、今度はそうもいかない。
「ラグナロクの時、私がお前をフェンリルから助け出した褒美を、まだ貰っていなかったな」
「古い証文を持ち出しよって・・・」
杖を握り潰さんかぎりに力が入る。
「やはり駄目じゃ!そんな要求はきけん」
もう一押し足りなかったかと、ナーガは踵を返す。
背後で要求を跳ね退け、ホッとするオーディンの気配を感じる。
「私も久しぶりにヴァーラスキャールヴに来たのだ。暫く逗留させてもらおう」
「うむ、それは構わぬ。傷の手当もせねばならぬだろう。部屋を用意させよう」
傷の手当と言っても神界には、治癒を使える者は人間界よりも少ない。
力さえ足りていれば人間とは比べものにならぬ程、自然治癒力が高い神にはそれ程必要がない為発展してないのだ。
「それには及ばぬ。門の衛兵達は、私を知らぬ新しい神のようだったな。昔話でもして時間を潰していよう」
「昔話だと?」
「そうだ。ラグナロクで神界の長たるお前が、どれ程勇敢に戦ったのかでも語ってやるとしよう」
見なくても鬼のような形相のオーディンが手に取るようにわかる。
「待て」
この一言で、オーディンとの駆け引きに勝ったのをナーガは悟る。
「・・・少し時間が掛かる。暫しの間待っておれ」
ラグナロクの時、若く才能に溢れていたオーディンは、フェンリルに真っ先に切り掛かっていった。
そして一合も交わす事なくフェンリルに飲み込まれ、オーディンのラグナロクは終わりを告げた。
神界の長たる者がこれでは、権威も失墜してしまう。
ラグナロクを知らぬ、新しき神達には知られたくもないだろう。
ナーガは、魔界に向かったフェンリルに想いを馳せる。
‐後は貴様次第だ‐




