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狼竜物語  作者: レオ
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(3)

 オーディンはひじ掛けから腕を外すと、自分の髭を扱く。


「くだらない理由か。ワシにとってはくだらない理由等ではないのだが、お前にとってはくだらない理由かも知れんな」


「御託はいい。私がここに来た理由はもうわかっているだろう?魂を渡してもらおうか」


 オーディンが立ち上がると、長いローブの絹擦れの音が響く。


「あの少年の魂ならここにはない」


 ナーガもそんな事は先刻承知だ。


「私の言い方が悪かったか?ならば言い直そう・・・あの少年の魂に寄生していた魂を渡してもらおうか」


 そこまで知っていたかと、オーディンは顔をしかめる。


 ナーガとて剥き出しになったルークの魂を見て初めて気づいたのだ。


 オーディンが懐から魂を取り出すと、魂は浮遊しながらナーガの手に降り立った。


「今回の事は全てそやつが考えた事だ。ワシは承認を与えたに過ぎない。詳細はそやつから聞くがよい」


ナーガはその魂を軽く握ると、精神をリンクさせていく。


 頭の中に光りの部屋が浮かび上がり、その中に座り込んだ人影が見える。


 人影はナーガに気づくと立ち上がり「久しぶりだねナーガ。こんなとこまで来てくれるとは思わなかったよ」と手を挙げる。


 金色の髪に白眉。


 その容姿は、男ながら美しいと例えてもいい程である。


 だがナーガは、その人物を確認すると歯噛みする。


 よく知っている人物だったからだ。


「貴様だったのかバルドル」


 バルドル。


 光の神の異名を持つ古き神の一人。


 そして神界の長オーディンの息子 。


 ナーガの中で幾つかの事象が繋がっていく。


 ルークが、光の魔法にだけ特異な才能を見せたのも納得だ。


 光の魔法を人間に使えるように、言霊の組み合わせを考え伝えたのは、他ならぬバルドルなのだ。


「久しぶりに人と話せて嬉しいよ」


 緊張感のカケラもないバルドルの様子に、ナーガは氷より冷たい視線を向ける。


 視線を向けられている当の本人は、頭をかきながら笑顔を浮かべている。


 ナーガが女性ならば、この笑みで全てを許してしまっていたかも知れない。


「貴様と無駄話をする気はない。私がここにいる理由は知っているだろ」


 バルドルは数回瞬きをして「さて・・・どこから話せばいいのかな」と少しだけ真剣な表情に変わる。


「全てだ。最初から初めて最後まで話したら終えればいい」


 ここは精神の世界。


 どれ程大声で話そうと、他人に聞かれる心配はない。


 バルドルは頷くと、ゆっくりと語り始める。


「人間界に行った僕はたまたまヨルムンガンドの違反に気づいた。そして父上に頼んでルークが生まれる時に、その魂の器に入り込み君達との契約に堪えられるように、十年かけて内側から強化していった。後は知っての通りさ」


 最初から、最後まで話したにしては余りにも短い。


「なんだかあからさまに不満な表情だね」


 ナーガの表情を伺うバルドル。


 ナーガの表情は百人が見たら百人、不満がありありと見てとれるだろう。


「貴様の説明は大切な部分が全て抜けている。ヨルムンガンドに気づいたと言ったな?私ですら余程近づかなければ気づけない。貴様どうやってそこまで近付けた?」


 バルドルは笑顔を必死で浮かべているが、その口角は引き攣っている。


「いや~・・・リリオルの姫さんが美人でさぁ。愛を語らっている時に王様に化けたヨルムンガンドに踏み込まれて、殺されちゃってさ参っちゃったよアハハハ」


 乾いた笑いが響く。


「間男は貴様だったのか!」


 神界がヨルムンガンドの違反に気づきながら、手を拱いていたのはこんな理由だったのか!


 ヨルムンガンドが約定を破っていた時、神界側も約定を破っていたのだ。


 しかも神界の長たるオーディンの息子がだ。


 自らの地位を守りたいオーディンが、そう簡単に手を出せるはずはない。


「それでオーディンは秘密裏に解決する為に、貴様の策に乗った訳だな。貴様が殺され神界に逃げ帰った時、もう一つ魂を持ち帰っていたはずだ。違うか?」


 一瞬だけバルドルは暗い表情を見せたが、その言葉を肯定する。


「本当に鋭いね・・・友達いなくない?」


「ほっておけ!貴様は簡単に魂の器に入り込んだと言ったが、そんな事は不可能だ。質も色も違う魂が入り込めば一瞬にして器が砕け散る。それを可能にする器の大きさと、それ程近い色と質を持った魂となれば自ずから答えは出る」


「そうさ・・・あの子はリリオルの姫エイシアに宿った僕の子供だ。生まれてくる事が出来なかったね」


 この世に生を受けた時から魂は存在する。


「つまりは神の子か」


 バルドルはかぶりを振る。


「あの子は人間としてこの世に生を受けた。魂の器は僕の子供だけあって大きかったけどね。人間である以上その器が満たされる事はない」


 その器の隙間にバルドルは、ルークが転生して生まれた時からずっといた。


 一つの魂の器に二つの魂。


 二つの契約も理を超えてなどいなかったのだ。


「私達がルークと契約した日、力が足りなくて食われた肉体が一瞬で元に戻ったのも、貴様が内から手を貸したのだな?」


 バルドルは頷く。


「人間なのだから仕方ないけど、思ってたよりルークの力が足りなくてね」


 力の直接的な譲渡。


 それが出来る程近い魂の質と色ならばとナーガは一人頷く。


「いきさつはわかった。だが私達が召喚された後、契約しなければどうするつもりだったのだ?」


 首を捻り「そんな事考えてなか・・・」と言いかけナーガの冷たい視線に気づき「うそうそうそ!そりゃぁナーガの考えも及ばないようなすんごい手を考えてたさ。本当さ」と言い直す。


 考えてなかったなと口には出さず、次の質問に移る。


「私やフェンリルを選んだのは何故だ?私はともかく魔界の者より神界の他の者の方が良かったはずだ」


「言っても怒らない?」


 バルドルは上目遣いにナーガの機嫌を伺う。


「心配するな。既に怒りは頂点に達している。これ以上怒りようがない」


 ろくでもない理由なのは確かだ。


「ナーガって古き神の中で一番暇そうだったじゃない」


 メキッ。


 外から音が聞こえないはずの世界で、その音は確かに聞こえた。


 ナーガは総動員で理性を保つ。


「私を選んだ理由はわかった・・・フェンリルはどうしてだ?」


 音を気にしながらもバルドルは続ける。


「僕が殺された後から父上の小言が煩くってさぁ。ほら父上ってフェンリルが苦手じゃない。側にいれば父上も近づいて来ないかなぁって・・・いやぁ大正解だったよ」


 メキメキメキッ。


 音はさっきよりも大きく響きバルドルは焦る。


「ちょっ!ナーガ手に力入ってるって!僕の魂が潰れる~」


 言われて気づきナーガは力を抜く。


 怒りの頂点のさらに上があったようだ。


 出来ればそのままバルドルの魂を握り潰したいが、こいつの魂は必要だとナーガは思い直す。


「ルークの魂は守ったのだろうな?」


「ちょっと欠けてしまったけど何とかね」


 魂が無事なら、本来行くべき場所に行っているはずだ。


「貴様の魂は消滅してしまうかも知れないがその覚悟はしておけ」


「僕に何をさせるつもりなんだい?」


 転生を知っているなと問うナーガにバルドルは頷き「勿論知らない訳ない。あの子を転生させるつもりなのかい?」と疑問を返す。


「私がやろうとしているのは転生ではなく再生だ。転生しても魂に刻まれた好きや嫌いといった朧げなものは残っても、それまでの経験や記憶は失くなってしまう。それでは同じ魂を持った別の人間だ。貴様は何故他人の作った肉体に魂が定着出来ないのかわかるか?」


 バルドルは顎に手をやり思案する。


 転生は魂を直接女性の肉体に落とし、自らの魂の力で肉体を作る。


「そりゃ他人の作り出した肉体じゃ魂の色や質が違い過ぎるからさ」


「そうだ。ルークの魂に寄生出来る程近い貴様なら・・・生まれた時から共にいた貴様なら出来るはずだ。魂の定着出来る完全な記憶を持った肉体を作る事が!」


 今まで誰も成した事のない神を超える所業。


 話し相手すらいないこの世界で、ずっとルークの成長だけを楽しみに見てきたのだ。


 世界の誰よりもルークを知っている。


 足りない記憶は、自分の魂を削り分け与えればいい。


「出来る・・・かも知れない」


 バルドルの返事を聞いて、ナーガはリンクを切ろうとする。


「まだ全部話してないんだけど、行っちゃうのかい?」


「これ以上話すと、貴様の魂を潰してしまいそうだからな」


 言い残すとナーガの姿は、その世界から消えた。


 一人だけになった世界で、バルドルは愛しい人の名を呼ぶ。


「これで良かったかなエイシア」


 バルドルとて古き神の一人だ。


 ヨルムンガンドに踏み込まれた時、自分一人だけなら逃げる事も可能だった。


 だが、それではエイシアは殺されて終わりだ。


 だから先に肉体を捨てた。


 待ち構えエイシアの魂を回収して転生させるつもりだった。


 自分との思い出も全て消えてしまうが、愛しい人がこの世に存在している。


 その事実で十分幸せだと思えた。


 想定外だったのは、落ちてきた魂が二つだった事。


 自分もエイシアさえも、気づいていなかった新しく宿っていた生命。


 肉体を捨てたバルドルに、二つの魂を回収する程の力はない。


 どちらかを選ぶ決断を迫られた。エイシアはそれを知ると迷う事なく決断した。


‐この子を助けて‐


 バルドルは魔界に落ちていく愛しき人を、涙ながらに見送るしかなかった。


 エイシアが望むように、この子を転生させればいい。


 事はそう単純な話ではなかった。


 神界に戻った後、すぐに父オーディンに違反者ヨルムンガンドの事、ルークの魂を使って秘密裏に討伐する計画を話した。


 そうする必要があった。


 そうしなければ神界の違反の明確な証拠であるルークの魂など、その場で消滅させられてしまっていただろう。


 生まれてくる事の出来なかった我が子を、この世に誕生させるにはそれしかなかった。


 それが認められた後、悩みに悩んだ。


 力を蓄えた古き神を、倒せる可能性があるだけじゃ駄目なんだ。


 必要が無くなった我が子を今度は神界から、父から守ってもらわねばならない。


「本当に、僕は駄目な父親だよね」


 我が子が召喚した二人に愛される人物に育つ可能性に賭けた。


 蜘蛛の糸よりも細い細い可能性。


 ヨルムンガンドとの力の差は開くのがわかっていながら、お互いを知る時間を作る為に遠回りするように仕向けた。


「エイシア、もしもう一度会えたらちょっとだけ誉めてくれるかな?」


 力を蓄えた古き神を、討伐しただけでも奇跡と言っていい。


 あの二人は、奇跡の先を見ようとしている。


「二人が選ばれた本当の理由を話したらフェンリルには殴られちゃうかな?」


 バルドルは、一人笑顔を浮かべる。


 君達二人を選ばれた本当の理由はね。


 君達が・・・


 他の誰よりも優しいからだよ。


 バルドルの独白は、誰も聞く事なく光に溶けていった。

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