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85、天変地異

 †



 ラクリアが震えていた。各地で異変が起こっていたのだ。それは火山の噴火であり、大地震であり、地殻変動であった。


 神の視点を持ったものなら気付いたかもしれない。それまで海であった場所に、巨大な大陸が出来上がっていたことに。それまで山であった場所に大きな亀裂が入り、沈下し、海に浸食されてしまっていることに。


 しかし、その変化も各地の人々によって気付かれつつあった。


 エンヴィー大陸西部、巨大な純白の竜が巨大な竜巻を纏いながら、輝く白いブレスを吐き出し、森や川、小さな村落を消し去り、地形が変形し、何もない荒野が次第に広がりを見せていた。その威容を、近くを通った行商人によって近くの街にその情報がもたらされた。


 また、砂漠が広がるエンヴィー大陸の南部では、真紅のドレスを纏った人影が突如現れた。石と砂だけの砂漠を静々と歩くと、そこからは緑が芽吹いていく。そして、それは一気に大樹へと成長していく。それは次第に周囲に森を形成していく。植物しか存在しない静かな太古の森。砂漠の民により、この事はビザンツ帝国の街へと報告された。


 ガラハド大森林帯深奥部、深い森の中に抱かれた湖の上に、緋袴と白衣の人影があった。水面を上を歩くと、波紋が広がっていく。その波紋が輝き出したかと思うと、水位がズンズンと下がっていく。そして、ついに、湖底が見えてくる。ジャブジャブと吹き上げていた源泉も勢いが衰え、完全に水を吐き出すのを止める。さらに、湖底の砂がサラサラと舞い上がったかと思うと、周囲の覆っていた木々の緑が様々な茶色に変色していき、枯れていく。そして、枯れ木や枯草も砂の中に埋もれていく。あっという間に、自然豊かな森は荒野へと変貌を遂げていた。それらの現象は、ガラハド連合国の森林警備隊によって確認され、即座にエルドランへと知らされることになった。


 エンヴィー大陸北東部にあるシャール王国の港町では、北東の方角から大量の魔物が海を越えて押し寄せているとの報告もある。


 それ以外にも、至る所で魔物の活性化や暴動など混沌として、人々の顔から笑顔が消えていった。


 空は気味の悪い虹色の雲が空を覆い、時折、バリバリと雷光が明滅する。



【いやぁ、色々と楽しい事してるね。でも、これってどちらかというと邪神のお仕事なんだけどねぇ。】


 神祖が聖領域からラクリアの様子を窺っていると、不意に後ろから声が掛けられた。


【誰かと思ったら邪神のアンラだっけ?あれ?身体が変わってるね。あぁ……その身体が例のクロウくんかぁ。色々と面白い力を持ってるみたいだね。で、どうしたんだい?何しに来たの?】

 

 クロウの姿をした邪神アンラは楽しそうに、神祖の様子を窺っていた。ユウマの神祖をした神祖を。


【このクロウくんが会いたがっていた人だったから、どんな人か興味があってね。あわよくば……なーんて思ってたんだけど、先を越されちゃったみたいだね。あ、そうそう、君に会いに来たのはそれだけじゃないよ?君に伝えに来たんだよ。他の神様たちのことをね。】


【ん?他の神?今、神格を持って自由に動けるのは僕と君くらいじゃないか。他のは身体が不安定で信仰もされてない。ラクリアでもっとも有名な神様、えーと、あ、そうそう。絶対神フィーネリア。あれもちょっと前に名乗った僕の名前だからね。他の神様の信仰を徹底的に弾圧させたし、いたとしても何の力もなくなっているんじゃない?】


【あぁ、なるほどね。いや、でも勘違いしてるよ?君の力が、名声が、信仰が、強ければ強いほど神格を得る者がいることを知っているかい?それは常に、君の事を狙っている。君が知らない間に力をつけているんだよ。】


 邪神アンラは楽しそうに神祖に話し続ける。



 †



 さっきから目の前でクロ子が俺と話している。俺の意識の外で、そして、クロ子の意識の外で。

 

 そして、俺たちの会話が淡々と続いている。


 それは世間話のような気軽さで、この世界の根底を覆すような内容が語られていく。


 どうやら邪神アンラがいうには、神祖が他の神々の信仰を弾圧したことで弊害が出てきたのだという。それは、絶対の正義を作り出してしまったことで、悪の存在がなくてはならなくなったのだという。強い光によって様々な影が作り出されるが如く、絶対の名のもとから外れる存在は邪神、悪神という形で世界中に存在する負の感情を吸い上げていくことになった。

 それは知らず知らずのうちに世界に蓄積し、蔓延し、信仰にも似た強い力へと変貌を遂げていったのだ。その最たる例が邪神アンラであった。絶対悪の象徴としての神。その出現は必然であるともいえた。


 さらに邪神アンラは続けた。現在のラクリアの現状は、まさに絶望そのもの。そして、世界中の負の感情は膨れ上がり各地の邪神、悪神を刺激しているのだという。そして、その力が十分に蓄えられた……と。満を持して神祖の前に現れたと不敵な笑みを浮かべながら邪神アンラは言い放つ。


〝クソっ!!動けっ!!どんな形であれ、やっとクロ子に会うことが出来たんだ!!クロ子!!聞こえるかっ!!クロ子っ!!”


 俺は必至に目の前のクロ子に意識を飛ばす。だが、何の反応も帰っては来なかった。眷属であったときのような回線(パス)そのものが通っていないようだ。それでも、俺は目の前のクロ子に目で、心で、魂で語り掛ける。


 俺の願いは虚しく、神々の会話が続いていた。


【で、邪神アンラさんとしては、僕と喧嘩したいって聞こえるんだけど、それでいいんだよね?】

 邪神アンラの挑発に乗るように、笑顔を浮かべながら神祖は神威を放つ。神格を持たない者が晒されるとそれだけで、魂が消滅するほどの神威。


 しかし、それを涼し気な様子で目を細める邪神アンラ。


【まだ、状況が理解できてないの?喧嘩じゃないよ。君を取り込みに来たんだ。もう君だけの一人勝ちじゃなくなったってことだよ。】

 邪神アンラは視線を神祖の周りに向け頷くと、神祖を囲むように小さな蟲の塊のようなものが5つ、不快な臭いとともに現れる。甘ったるく、鼻につく、腐敗臭が周囲を包む。


【これはね。邪神や悪神たちの卵ってところかな。これからもっと増えるよ。ちょっと遊んでみる?】

 邪神アンラがそう言うと、周囲の蟲たちが神祖を完全に包み込む。口、目、耳、鼻、ありとあらゆる穴から蟲たちが神祖の身体の内部に入り込んでいく。眼球を食い破り、鼓膜を食い散らし、皮下を蠢く蟲たち。それらの蟲1匹1匹が神祖の神気を喰い成長しているようだ。


 俺にもその感覚が共有される。目に強烈な痛みが走り、視界が消失し、耳の奥で蟲が蠢く音も、若干遠くなる。腹の中で異物が動き回る不快感。すでに鼻の感覚はなくなっている。恐らく食い尽くされたのだろう。まさに、生き地獄のような状況だった。

 それでも、神祖は身動き一つしなかった。いや、むしろこの状況を楽しんでいるようでもあった。


【ひどいなぁ。こんな蟲に僕を食べさせるなんて。一応、言っておくけど、これってあんまり気持ちのいいものじゃないんだよ?】

 神祖は蟲たちが蠢く口を開け、話し始める。そして、蟲たちに異変が起き始める。動きを止めたのだ。それに、神祖の食い破られた様々な部位が再生を始める。皮下で膨れ上がった蟲が縮んでいく。口の中の蟲が消えていく。周囲を包んでいた蟲が神祖から放たれる光に晒されていく。


【うん。知ってる。でも、生まれたばっかりの邪神、悪神じゃ役不足だったかぁ。それに、君の神気をちょっとでも削れたらと思ったけど、逆に吸収されちゃったか。】

 邪神アンラは残念そうな声を出す。しかし、その顔にはまだ余裕の笑みが浮かんでいた。


 俺の身体はようやく蟲たちから解放された。しかし、今度は俺の意志とは無関係に身体が動き始める。神祖は右手を軽く邪神アンラに向けて振るうと、邪神は10mほど吹き飛ばされる。身体を四散させて。


 俺の目の前にはクロ子の肉片が散らばっている。激しい嘔吐感だけが俺の感覚を支配する。ただ、実際吐くことはない。身体は神祖によって支配されているのだから。


【あれあれ~?ちょっと怒っちゃった?】

 クロ子の生首だけが宙に浮かび上がり、ニコッと笑顔を浮かべる。そして、時間を巻き戻したように四散した肉片が元に戻っていった。


【少しだけね。手に入ったばかりの身体を傷つけられたからね。お返しさ。】

 神祖の感情は、いたって平坦な物だった。


 神祖や邪神アンラにとって、身体とは乗り物の様な物なのか……新車を傷つけられた……そんな感覚なんだろうか……


 それは怒り、遣る瀬無さ、後悔、自己嫌悪、劣等感、様々な感情がない交ぜになり俺の中でふつふつと湧き上がる。それでも、2柱の神々のやり取りは続く。


【そろそろ、身体の具合も解って来たところだし、行くよ。】


【あー、なんでかかって来ないかと思ってたら、準備運動だったわけね。】


 邪神アンラは一瞬、姿を消し、背後から強烈な神気が放たれる。神祖も同じく神気を纏い、攻撃に備える。

 邪神アンラは手刀を打ち下ろし、神祖はそれを寸でのところで回避する。そして、神祖も数発の掌打を返す。それも、邪神アンラによって打ち払われる。


 そこまでのやり取りは0.1秒にも持たない間に、行われていた。邪神アンラは距離を取り、手に神気を集める。すると、禍々しい瘴気を纏った大剣が姿を現す。それを邪神は何気なく、目の前の空間に振り下ろす。


 大剣の振り下ろされた場所の空間が歪み、神祖の首元に大剣の刃が出現する。しかし、刃が皮膚に触れる瞬間、大剣が静止する。神祖が人差し指と親指で大剣の刃を摘み、止めていたのだ。そして、神祖はそのまま首元にできた歪みにもう一方の腕を突っ込んだ。


 すると、邪神が持つ大剣の先から神祖の腕が伸び、眩い輝きを纏った無数の糸が吐き出された。糸は神気を纏った糸、神糸とも言うべきものだった。それはあっという間に邪神を包み込み、大きな繭を作り上げた。


 神祖はニヤリと笑うと手に無数の神槍を作り出し、次々に繭へと投擲する。繭は神槍によってハリネズミのように串刺しにされていく。そして、最後に神気の塊である光球を繭に投げ放った。


 光球が繭に衝突する瞬間、繭は虹色の透明な膜に包まれ、光球は膜に触れると何事もなかったかのように吸収されてしまう。それだけでなく、繭や神槍が掻き消えていく。それがすべて消え去ると邪神アンラがニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていた。


【さすが絶対正義の神様の神気だ。なかなか高密度で美味しかったよ。】

 どうやら、神祖の神気を自分のモノへと還元したようだ。


【面白い力を一杯集めたみたいだね。それで僕にも勝てると思っちゃった訳か。でも、小手先の技では、どうしようもな―――― っ!!】

 余裕の笑みを崩さなかった神祖だが、その表情が固まった。次の瞬間、神祖からは圧倒的な神気が溢れだす。それはこの聖領域から漏れださんが如くの勢いであった。しかし、どうやら、それは神祖の意志ではないらしい。それは神祖の驚愕な表情から読み取ることが出来た。


 強制的に神気を放出させられているようだった。それは俺にも影響を与え始める。酷い酩酊感に似た感覚、魔力を大幅に失った感覚に酷似している。これも邪神アンラによる影響だろう。


【神気が無くなったら、君はどうやって戦うのかな?神祖さん?あぁ、そうだったね。君の身体はステータスがとんでもないことになってたんだっけ。けど、それならステータスを抑えればいいだけだよね。】


 動きが止まった神祖の周りに6つの魔法陣が球体状になって囲む。それは正八面体の頂点となってクルクルと回転を始める。


【ぐぅっ!!あ゛あ゛ぁっ!!】

 神祖が思わず声を上げる。勿論その苦痛は俺にもダイレクトに伝わってくる。先ほど全身を蟲に食われた痛みの比ではない圧倒的な苦痛。


 意識が吹き飛びそうになるのを必死で抑え込む。しかし、次第に意識は朦朧としたものになっていく。ここで俺の意識が飛ぶと俺そのものが消し飛びかねない。だから、永遠に続くような苦痛に立ち向かわなければならなかった。


【どれだけ神気を持ってるんだか……呆れる量だよね。普通の神ならとっくに消滅してていい状態なのにさ。】

 悶絶する神祖を冷ややかな目で見つめる邪神アンラ。だが、その眼が神祖の背後に現れたものに向くと動きが止まった。そして、それと同時に膨大な量の神気の流出も停止した。


【はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……やってくれるね。邪神アンラ。】

 神祖はそう言いながら、背後に視線を向ける。そこには巨大な竜と深紅のドレスを纏ったハイエルフ、そして巫女服を着た少女が佇んでいた。それを確認した神祖はニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。



 †



 ガラハド連合国は混乱していた。ユウマたちを送り出してほどなく、天を覆い尽くした虹色の雲、そして、それが確認されたと同時に頻発する天変地異や魔物たちの活性化。これまでにない規模で、様々なものが荒廃しつつあることが誰の目にもわかるようなものであった。


「大森林深奥部が大部分に砂漠化を発見。それに伴い、森林内の魔物たちが周囲に移動し、近くの集落から被害が多数報告されています。」


 次々と、エルドランにはガラハド連合国内部の出来事が報告されていく。それを各種族の族長であるハウザーやラガイオ、クシルたちは茫然と聞いていた。


「どうやらこの異変はガラハド内部だけの話ではないようですよ。」

 背後から声を掛けたのはミムラであった。国内外の情勢や諜報を【百人配下】をスキルで行っていたミムラにはシャール王国やビザンツ帝国などでも同様の天変地異に晒されていることを掴んでいた。


 ミムラの声に、族長の面々やエルドランに集まっていた主要なメンバーたちが息を飲んだ。


「これは、ユウマさんが神になったことに何か関係があるのではないかと――――」

 ミムラがこの言葉を最後までいう事はできなかった。


「そんなわけあるかっ!!ユウマ様は……ユウマ様は神になったのだぞ!!なら、この世界が良くなるはずじゃないかっ!!こんな異変などすぐに見つけて解決するに決まってるっ!!」

 テトがミムラの言葉を遮ったのだ。


「当然じゃ!!今は妾たちが出来ることをやるまでじゃ!!それぞれの集落へ帰り、直ちに近隣の村々の避難誘導を行なうのじゃ。ガーネット!!」

「はっ!!ラスタバン様!!」

 ラスタバンは混乱する面々をしり目に指示を出す。そして、傍に控えていた竜人(ドラゴニアン)、ガーネットを呼びつける。


「竜化できる者たちで上空から情報を集めよ!対処できそうな事態には各自、問題解決を行なうのじゃ!」

 ラスタバンの言葉にガーネットを筆頭とした竜人たちは、巨大な竜へと変化し、四方に飛び去って行く。


「ウェルよ!絡繰師たちを集めて、シェルターを強化するぞ!これからドンドンと避難民たちがやってくるぞ!!今すぐエルドラン、ニルヴァーナ、ハヌマン、ヴァース、タイタスの順に障壁の強化を行なう!!」

 ドワーフの族長ラガイオが宣言する。すると周囲にいたドワーフたちが鬨を上げる。


「テト!非常事態宣言だ。笛を吹け。」

 獣人の族長クシルはテトへと言葉少なに指示を出す。すると、テトは懐から人差し指ほどの笛のような者を取り出し、口に咥える。

 

〝すぴー”


 空気が抜ける音のみが聞こえるが、何故かビリビリと大気が震える。これは獣人のみが聞こえることができる特殊な笛で、遠くまで届く音を出す、いわゆる犬笛の様な物だ。獣人たちが多い森林警備隊たちが携帯し、遠くの者たちとやりとりをするのに使われている。


〝ぴー ぴー すぴーぴー すぴー すぴーーーー”


 それをモールス信号のように、音節に区切ることでかなり細かいことまで相手に伝えることができるのであった。


 笛を吹いてしばらく、テトは目を閉じて耳を澄ましていた。


「返ってきた!各地から反応が返って来たぞ!〝了解!!”だそうだ!森林警備隊はこれより、村落の避難誘導を行ない、近くの大集落まで護衛任務に就く。族長、私も周辺の避難誘導に出るぞ!」

 テトはすぐにでも飛び出して行ってしまいそうだった。


「はいはい。皆さん。ここから離れるなら、私の【百人配下】を連れて行ってください。影に紛れ込ませるだけですから。これで、遠く離れていても意志疎通が可能になります。」

 ミムラはそう言いながら自分の影を伸ばし、その一部を切り離し、テトの影に忍ばせる。そして、その場にいる面々にも、ミムラの影が入っていく。


「よし、ならワシらは一度、ガート村へ戻り、皆をエルドランまで避難させねばなっ!マール!お前に頼むのは癪だが一緒に来てもらうぞ。」

「仕方ないわね。こんな時じゃなかったら、あんたと一緒なんて嫌だけど、ついて行ってあげるわ。」

 ガンファとマールは軽く口を叩き合いながらも、目は真剣そのものだった。


「エルドランの民に伝えよ!!大勢の避難民の為の食糧と休める場所の提供を頼む!!私の邸宅も避難民の為に解放し、食糧庫も今を持って開け放つ!!」

 エルドランの族長ハウザーも宣言する。ユウマの前では気のいいエルフだったハウザーもこの時ばかりは族長の威厳をもって堂々と周囲に指示を出している。


「ハウザー様、私たち絡繰師が、住居面を何とかする。この邸宅前にある広場の地下に大きな空間を作る予定。だから、樹上邸宅のエルフたちも最悪、そっちに避難できるように大き目に作っておくから。」

 ハウザーをフォローするように、絡繰師ウェルがエルドランの強化プランを伝える。


 様々な人達が議論をかわし、この事態へ対処にむかって動き出す。


 しかし、それをあざ笑うかのように、虹色の雲は変わらず天を覆い、不気味な雷光が輝いているのだった。

最後まで読んでくださってありがとうございます。


※次回の更新は11/21を予定しております。

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