81、嘆願
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海岸線に見慣れないものが聳え立っていた。それは城であり、城壁であり掘であり、そして禍々しい魔力の渦であった。
「うへぇ……そんな時間経ってないっていうのに、いつの間にあんなモノ拵えたんだ?」
「ふぉっふぉっふぉ、どうやらクロウ様でしょうな。ゼゼル殿よ。」
あれだけあった沖の大船団は姿を消し、忙しく働いていた下級魔族たちもいなくなっていた。恐らく城の中で働かされているのだろう。
「とにかくさっきの事をクロウ様に報告しねぇとな。」
ゼゼルの鎧には大きな傷が、先ほどの戦闘を生々しく物語っているが、体には一切の傷がなく完全に癒えていた。この回復力とタフネスがゼゼル最大のストロングポイントだ。この特性のおかげでゼゼルはクロウ配下の魔族の誰よりも高い不死性を秘めていた。
「先ほどの負傷もあるだろうし、報告が終わればしっかりと休息を取ることじゃ。あとはこの爺に任せておられい。」
ドノヴァンは皺だらけの顔を歪めて笑うと城の中腹にあるテラスに降り立つ。それにゼゼルも続き、場内へと姿を消していった。
すると、城の周囲のどす黒い魔力の渦が猛るように激しくなる。まるで何者も寄せ付けない結界のように……
†
「話は分かったよ。使い魔からの情報は僕にもリンクしているから、もう報告の必要はないかな。もう、下がっていいよ。ご苦労様。」
少し座り心地の悪い髑髏の玉座に少しイライラしながら、僕はドノヴァンとゼゼルの報告を受けていた。
ここは、少し前に作り上げた城の地下に作り上げた玉座の間だ。この城も異世界人から奪ったスキル、【構造創造】のおかげだ。ベルガ島の城をベースに簡単に作り上げることが出来た。
持ってきた物の整理は配下に任せたし、やることが一気になくなり暇になったところだった。丁度いいところに報告に戻ってきてくれたよ。じゃないと、この城の地下があと5階層は深くなっていたところだ。ちなみに、この玉座の間は最下層である地下10階層に位置している。地上の城よりも巨大になってしまったが、まぁ、問題はないだろう。
にしても、このラース大陸にはかなり大物がいるようだ。ドノヴァンとゼゼルがであったと言う、バアルとガープとかいう上級魔族も相当の使い手のようだし、何よりも前魔王であるルシフェル・ファルファレルロがこの大陸に入っているのは感知できている。他にも色々と面白い奴らがいそうである。ベルガ島にいた頃とは違った楽しみ方ができるというものだ。
僕はスキルを発動する。【双体】、僕の魔力でもう1つの体を作り出すスキルだ。魔王なんてやってると好き勝手出来ないと思われがちだが、そんなことはない。このスキルでフラっとどこへでも行くことが出来る。もちろん、このスキルも異世界人から奪ったものだ。ベルガ島での異世界人拉致もこれら便利なスキルを手に入れるためといえる。
ぼんやりと輝くもう1つの魔王クロウが僕の目の前に出来上がる。この体はもう1人の僕だ。自ら考え、自ら行動する。ただ、オリジナルの命令には絶対服従する。
「やぁ。魔王クロウ様。」
《やぁ。魔王クロウ様。》
「また、暇な留守番を任せることになるけど、お願いするよ。」
《また留守番かぁ。まぁ、好きにさせてもらうから別にいいんだけどね。なんなら、この城の地下に巨大ダンジョンでも作っちゃう?それともこの城の周りに城下町でも作っちゃおっか?》
「ふふふ……。任せるよ。だって思考回路は僕と同じだしね。面白いようにいじっちゃって大丈夫さ。暇潰しになるなら好きにするといいよ。」
いつも自分に話しかけるという行為はなんだか慣れない。独り言を言っているようでなんだか恥ずかしくなるんだよ。僕はもう1人の自分との会話を早々に切り上げて、城の上空へと転移した。
城の周りには僕の魔力による結界が張られている。周りの城壁や掘により、この城は鉄壁のように思える。でも、こんなものは気休めでしかない。城壁や掘は空を飛べる者にとっては無意味だし、この結界も転移や本当に強い魔力を持つ者にとっては足止め程度にしかならないだろう。
「まぁ、見た目は凶悪だし、なんとなくで作った城にしてはこんなものかな。まぁ、帰ってきたらもう1人の魔王様が何かやってくれるだろうし、とりあえず散歩にでも行ってくるかな。」
僕は自らの身体能力を強化していく。自らの魔力で体を覆っていくと、金髪碧眼だったものが黒髪緋眼になっていく。最後に、自らの魔力を隠ぺいしてから、ラース大陸の中枢に向けて飛んでいく。これで魔力感知の長けた者でない限り、僕を捉えることはできないだろう。
ラース大陸の地表はほぼ荒野と砂漠によってできている。そして高濃度の瘴気に包まれているため、通常の樹木などは生えることはできない不毛の大地だ。しかし、ごくたまに森のようなものが見えてくる。よく見るとそれらすべてが植物系の魔物や精霊だという事が解る。しかも、この大陸の放つ瘴気に晒されても生きていくことができるほどの強靭さを持ち合わせている。エンヴィー大陸に、この魔物1体でも現れると小さな街は瞬く間に破壊できてしまうだろう。
「さすがはラース大陸だね。険呑な所だよ、全く。あの森を抜けることが出来る配下はどれだけいる事か。まぁ、三魔将あたりは問題ないとしても、上級魔族の半分も無理じゃないかなぁ。ホント、怖い所だね。」
「その割には、随分と余裕そうに見えるけどね。」
高速で飛行しているはずが、不意に後ろから声を掛けられた。まぁ、こんな悪趣味な事をするのはだいたい解るんだけどね。
「声を掛けるくらいなら攻撃でもしてくれればいいのに。元魔王様?」
僕は振り向くと、案の定、嫌らしい笑顔を浮かべた元魔王ルシフェルが僕と同じ速度で後ろを飛行していた。
「そんなことをすれば、殺気で気付かれてしまうからね。それに、そんな無粋な事はしませんよ。それで、これからどちらへ?この方向はうちの上司がいる場所なんですがね?」
ルシフェルは飄々とそんなことを言い放つ。しかし、そこには隙というものが一切ない。
「魔王を辞めたと思ったら、ラース大陸で雇われでもしたの?魔力から察するに、とんでもない奴みたいだけど。邪仙……じゃないよね?僕や元魔王様なんかは既に邪仙の中でも高位に位置するはずだし……」
もともと魔族は邪仙のカテゴリーに分類される。魔物から邪仙の階梯を上った者を魔族と呼ぶ。下級魔族などのほとんどが邪仙になり損ねた魔物の成れの果てだ。上級魔族になって、邪仙の端くれに名を連ねることが出来る。そして、さらに上位の存在といえば―――――
「神か……それも邪神……質が悪いね。あんたの上司ってのも。」
「いやぁ、あれでも中々できた上司でね。ちょっと仕事をサボってたんですけど、お目こぼししてもらいましたしね。いやぁ、懐が深い上司を持って幸せですよ。」
「神なんてもの、信仰されなきゃゴミみたいなもんでしょ?それに直接、この世界に影響なんて与える事なんてできやしないよね?」
「まぁ、この世界には無理でも、私たち邪仙、いや、仙人には影響を与えることはできる。そして、このラース大陸には多くの邪仙がいる。もう解ったんじゃないですか?魔王クロウさん?」
つまり、邪仙たちからの信仰を得て、力をつけた邪神がラース大陸には存在するって事か。邪仙1人1人の信仰で得る力は人間などの信仰力などとは比較でき体ほど強力なものだ。それに、邪仙なら世界に直接的に影響を与えることが出来る。僕のような魔王のように……
「なるほどね……なかなか面白いこと考えるんだね。その邪神様は。でも、そんな目立ったことしてると正義の味方がやって来ちゃうよ?子供の喧嘩に親が出てくる、なんてことしたら向こうも親がやって来る。それも怖ーい親がね?」
「やっぱり魔王もそう思いますか。まぁ、そうですね。普通はそう考えますよね。でも、向こうの親は出てきませんよ。正確には出て来れないってところですか。あっと、余計な事を話し過ぎたようですね。危ない危ない。」
うーん、よく解らないな。それに、このタイミングでルシフェルが接触してきた事に何か関係してるのかな。
「ゾディアナとは全く違うね。その捻くれた性格。反面教師といったところかな。」
「それはそれは、褒め言葉と受け取っておきましょうか。あ、そうそう。ゾディアナですが、今、うちで預かってますが、どうしますか?引き取ってもらえますか?」
どういうつもりだ?ゾディアナが囚われている!?正直、そこまでゾディアナに執着はしていない。でも、ルシフェルがここで話を振ってくるのには、何か裏があるはず……
「そうなのかい。うちの配下が世話になっているみたいだね。もちろん引き取りに行くよ。案内してもらえるかい?お父さん?」
「ふっふっふ……魔王様にお父さんと呼ばれるなんて光栄ですね。喜んで案内して差し上げますよ。」
微妙な均衡の中での会話が進む。ピリピリとした緊張感を内包し、ともすれば弾けてしまうような危険性をはらんでいた。しかし、それらは一切表に出ることはなく、気軽な口調で話は進んでいった。
ルシフェルは自分について来るようにと、遥か東部に見える壁のようにそそり立っている山脈の方へと移動していく。その山脈の中でも一際高い、山の頂上を目指して……
†
目を覚ますと、俺を包む空間への強い違和感が襲ってきた。
ひどく懐かしいような、ひどく恐ろしいような、奇妙な感覚だった。
誰かの亜空間に紛れ込んだのか、白い空間に俺は浮遊していた。いや、ただの亜空間ではない。聖領域、かつて自分が作り上げたそれよりも完成度が高いものだった。
でも、俺は一度この空間に来た事がある。この世界、ラクリアに転生される時に神祖とかいう神様と出会った場所だ。
【その通りだよ。久しぶりだね。たまに様子を見せてもらってたけど、絶好調じゃないか。】
目の前に光り輝く魔力よりも純粋な力の渦が現れる。これが神様ってことなんだろう。以前見た時はそれが何なのか解らなかったが、今ではこの渦がとてつもない力を秘めているという事が伝わって来る。
【絶好調……なんですかね?よく解りませんよ。でも、おかげさまで肉体的には強くなったと思います。】
【おっ?やるねぇ。君の言葉がクリアに伝わるよ。そんな小技も使えるようにまでは成長したんだね。うれしいかぎりだよ。】
ん?……ああ、神様のように想いを直接伝えようとする技法の事を言っているんだろう。ここでは心の声が漏れてしまう空間だし、強く想うことで、他の雑念や知られたくない事なんか隠す事なんかが出来るのだろう。まぁ、隠す気などは特にないんだけどな……
【そうそう。神様の前で隠し事なんて無意味だしね。で、そろそろラクリアでの暮らしも慣れたんじゃない?】
【そうですね。この世界に転生させてもらったことに感謝してます。ステータスの説明や称号なんかについては、色々と追及したい事はありますがね。】
【なかなか面白い趣向だったろ?こっちは見てるだけで暇なんだよ。君のリアクションくらいしか楽しみなかったしね。あ、でも、かなり楽しめたよ♪なかなかいい線行ってたし。】
【それで、どうしたんです?いきなりこんな場所に呼び出して。もしかして俺、知らないうちに死んじゃいましたっけ?】
【あぁ、大丈夫、大丈夫。死んでないよ。君に頼みがあって来たんだよね。もう気付いているかもしれないけど、君って、すでに人間のカテゴリーじゃ無理があるんだよね……何?MP100万弱って……ふざけてんの?って感じだからね。】
【いやいやいや、そうなったのは加護とか諸々のおかげで、俺にどうしろって言うんですか。それに、頼みっていうのは?】
【まぁ、それは比較的どうでもいいんだけどね。頼みっていうのは、神様にならない?ってお誘いなんだ。ハッキリ言うと、もう体が大量の魔力に耐えられない状態なんだよね。っていうか、ベルガ島で魔族無双しちゃったでしょ?あの時、一気に成長しちゃって、実は魔力で君の体が爆発するかもしれなかったんだよ。】
【ま、マジっすか!?なかなかレベルアップしないなぁーとは思ってましたけど、結構危ない状態だったんですね。でも、神様になるって……それは、具体的にどうなるんですか?】
【うーん、簡単に言うと、君の家族とか知り合いとかともう会えなくなるかな。】
そ、そんな……アイリやサフィーナたちと会えなくなるってのか……せっかくサフィーナに会うことが出来たって言うのに……それに、クロ子の事もある。俺が迎えに行ってやらないと……
【せっかくですが、お断りします。神になるなんて柄じゃないですから……】
【そっかー。でも、これ以上、強くなれないし、これ以上レベルアップしようものなら、体が崩壊しちゃうかもよ?これでも、君のことは気に入ってるんだ。このまま死んじゃうかもしれないのを放っておけないじゃない?】
強さについては、よく解らない。また、ケルヴィムやファルファレルロみたいな奴が出てきたら、対処できるのか……できないような気もするし、案外、あっさりと倒せてしまう気もする。ただ、崩壊する危険があっても、アイリたちと離れ離れになるのだけは我慢できない。
【それでも……このままで……人間でいさせてください。人間のままでいたいんです。お願いします。】
この空間で頭を下げる事は無理だったが、誠心誠意の気持ちを込めて言葉を紡いだ。
【そこまで言うなら、解ったよ。まぁ、これからちょっと大変な事が起こりそうだから、そのためのサービスのつもりだったんだけど、まぁ、仕方ないよね。それじゃ、もう会うことはないかもね。ばいばい。】
どこか落胆したような、興味を失ったような気配が伝わって来る。そして、少しの苛立ち、それが目の前の力の渦から感じ取れた。
周囲の白い空間が急に色褪せてくる。いつの間にか目の前の力の渦は消え去り、この世界が閉じていくのが解った。
俺の意識もスーッと遠くなっていく。体の感覚が無くなっていき、暗転していく。
まるで死んでいくように……
次に、目を開けた場所はエルドランの樹上邸宅だった。以前に、族長ハウザーから貰い受けた邸宅の一室のベッドの上で目覚めたのだ。サフィーナの復帰を祝う宴の翌日の出来事だった。
「あれは……夢……じゃないよな。」
思わず口からこぼれる言葉に、隣でシーツが蠢いた。
「ユウマさん、おはよ。どうしたの?顔色悪いよ?」
隣りには一糸まとわぬアイリの少し寝ぼけた顔があった。俺は、アイリの顔に手を伸ばし、優しく撫でる。それをアイリは微笑みながら身を寄せてくる。
「いや……神様になれって言われた夢を見てな。断ってきたところだ。変な夢だろ?」
俺は隠しもせず、アイリに先ほどの事を告げた。すると、アイリの顔が歪んだ。それは悲しい様な、それでいて覚悟を決めたような不思議な表情だった。
「そう……断ったんだ。私は神様になってもユウマさんはユウマさんだと思うよ?それに、神様になったら色んな人の事を助けられるし、私は嬉しいけどな。」
「あぁ、でも、そうなるとアイリたちには会えなくなるって言われたんだよ。それは嫌だからな。だから、断ったんだ。」
「たぶん、それって会えないなんて事にはならないんじゃないかな。だって、ユウマさんも神様に会えたんでしょ?だったら、神様になっても会えるってことじゃない?」
「そう言われればそうかもな。俺、神様に会ってたもんな。じゃあ、会えないって言ったのは神様のウソだったのかな。」
「解らないけど、勘違いってこともあるんじゃない?ユウマさん、私、ユウマさんがこのままどんどん強くなっていくのが心配なの。いつかどうにかなっちゃうんじゃないかって……死んじゃうんじゃないかって……」
アイリの言葉に急激な違和感を覚える。
何かが変だと……。
あの神様との対話の後での、アイリの不自然な会話。タイミングが良すぎる。それに、『神様になってくれ』なんて夢を見たなんて、俺はアイリに話すだろうか……。その辺りから俺の行動にも違和感がある。
それに、アイリは言った。『神様になれば色んな人を助けられる』と……
違う。この言葉が決定的にアイリではないと俺に突き付ける。
「……お前は、誰だ?」
俺は目の前のアイリの姿をした者にそう尋ねる。するとその者は目を大きく見開くが、すぐに先ほどの微笑みを浮かべる。
「どうしたの?ユウマさん。私の事を忘れたの?」
心配そうな顔でアイリの顔が覗き込んで来る。しかし、それがより一層、吐き気をするような嫌悪感を込み上げさせる。
「……もう一度言う。お前は何者だ!!」
俺はベッドから飛び起きると、アイリの姿をした何かを突き飛ばす。
「きゃっ!!」
悲鳴が漏れるが俺は臨戦態勢のまま様子を窺う。
「もう……ひどいよ。なんでこんな事するかな……。っていうか、何でバレたの?」
目の前の何かは、いたずらに失敗した子供のような声を上げる。
と、同時に周囲の空間が歪んでいく。そして、先ほどまでの見慣れた空間に俺は漂っていた。
神祖が作り出した聖領域に……
【どういうつもりだ!アイリの姿を騙って、そんなにまでして俺を神にしたい理由はなんだっ!!】
正直、相手が誰であろうと関係なかった。自分の愛する人の姿まで利用するというやり方がどうしても許せなかったのだ。
【あはは……はぁ……やっぱり、怒っちゃうか。そりゃそうだよね。】
【当たり前だっ!!】
【こっちも正直、切羽詰まっていてね。でも、無理矢理に神に仕立てても意味がないから搦め手を使おうかと思ったんだけど、失敗だったね。悪かったよ。まぁ、落ち着きなよ。】
神祖の言葉で、どういうわけかあれほど滾っていた怒りがスーッと引いていくのがわかる。そして、思考が冷たく研ぎ澄まされていくのが感じられた。
【じゃあ、ちょっと話を聞いてもらおうかな。少し面倒な内容だから、覚悟してね。】
神祖はそう前置きすると、ポツリポツリと話し始める。
目の前の力の渦は次第に、人型を成していき、小さな少年の姿になっていった。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
※次回の更新は11/9を予定しております。




