78、サフィーナストーリーズ 4
サフィーナサイドの話、最終話です。
†
「左様!吾輩はアキラ・ダンフォール。ハクト皇国の最高学府、白兎魔術学院を主席で卒業した新進気鋭の研究者であり、伝説の遺失魔術であるところの時空間魔術研究家、アキラ・ダンフォール。『今、レルクで注目すべき10人』に選ばれたのが吾輩、アキラ・ダンフォールである。」
アキラは縛られたままだったが、できるだけ仰け反り、胸を張る。この男、頭は尋常じゃないくらいにキレるのだが、思い込みが激しい。先ほどの発言も、前半は真実だが、最後の『今、レルクで注目すべき10人』では、しつこいくらいに危険な実験に誘ってくる要注意人物としてその名前が取り上げているのだが、本人は残念な方向に理解してしまっている。
「で、〝魔人病”の原因である魔核モドキになる飴玉をスラムの人々に配ってたと……こいつ、完全にクロだ。このまま冒険者ギルドにつき出そう。何も知らないスラムの人を実験台にするなんて許せない!!」
レイラはアキラを睨み、短剣の抜き払い、鼻先に突き付ける。そこには先ほどの騒いでいたレイラの面影はない。スラムでは仲間意識が強い。その仲間が危ない実験台にされたのだ。その代わり様に、サフィーナも少しだけ驚いている。
「なっ!?何を言っているっ!!そもそも〝魔人病”とは何なのだ!!それに魔核モドキ?何なのだそれは!!」
アキラは先ほどの自信に満ち溢れた声とは打って変わり、震えた声を上げる。
「これだよ。見覚えあるでしょ?ここから南にある村のマーファって人の身体の中から取り出したんだよ。これのせいで体の魔力が奪われて病気になってたよ。」
サフィーナは鞄からアクアブルーの魔核モドキを取り出した。そして、先ほど舐めていたアクアブルーの飴玉と並べて見せる。どちらも薄らと魔力を帯びた輝きを放っている。どうやら、サフィーナの魔力に強く反応し、少し舐めた程度の飴玉が、マーファから取り出した魔核モドキ並の魔力を纏っているようだ。
「おっ!おおおっ!!おおおおおおっ!!魔真珠がっ!魔真珠が完成しているっ!!ついに吾輩の実験は成功したのだっ!!ふっはっはっは…(ザンっ!!)ひぃぃぃっ!!!」
アキラの馬鹿笑いにブチ切れたレイラは短剣をアキラの両太ももの間の椅子の座面に突き立てる。
「レイラ。ここはサフィーナが魔法で聞き出すから、ここは任せて。」
熱くなるレイラにサフィーナが声をかける。
「で、でも!こいつは……。」
「いいから。そうだ。お茶淹れてきて。それともサフィーナにはお茶も出さないの?命の恩人なのにー。」
「うっ……。わ、解ったわよ。じゃ、任せたからね。」
レイラは少しの間、迷ったような顔をしながらも、キッチンの方へと消えていった。
「それじゃ、話を聞く前に、〝魔人病”の事とアキラが魔真珠って呼ぶモノの事について、サフィーナが知っていることを教えてあげる。」
サフィーナは落ち着いた声で、アキラにこれまで知り得た事を伝えていく。すると、最初は余裕があったアキラだったが次第に青くなっていく。
「そ、そんな……吾輩は、魔核に変わるモノを……安全な魔力の供給源を目指していたというのに……それなのに、吾輩は……人から魔物を作り出していたというのか……何と……何という事を……」
サフィーナはアキラへ樹木魔法を使っていた。それは精神に作用し、サフィーナの言葉を素直に受け入れさせるものだった。それにより、アキラは自らの実験の失敗を悟る。そして、自己嫌悪に陥っていた。そう。人間の魔物化というのは完全に意図せずに起こったことだったのだ。
「ふむふむ。ちなみに、アキラは体の中にできた魔真珠をどうやって取り出すつもりだったの?サフィーナみたく、光魔法で傷を癒しながら抜き取るつもりだった?」
「い、いや……魔真珠は魔法薬で下から出せるように考えていたのだ……ん?いや、待て!待ってくれ!今、光魔法と言ったか!!それも傷を癒しながら抜き取ると!!」
それまで視線が泳いでいたアキラだったが、『光魔法』という言葉に食いついてくる。
「ん?そうだよ?胃の中の魔真珠を魔力で包みながら穴を開けて、塞いでいくのって結構大変なんだよ。あの飴配った人達はしっかりと把握してるの?」
「あ、ああ。一応、配布した場所は把握しているのだが……よし。解った。今から魔法薬を精製しよう。それから吾輩をどこにでも突き出すといい。」
アキラは先ほどのような青い顔から一転、覚悟を決めた真剣な顔になっている。
「あぁー、何というか、お茶なかったから白湯しかないけど……って何で縛ってたロープ切っちゃったのよ!!」
レイラが白湯をいれたカップを2つ持ってやって来ると、アキラを縛っていたロープを切るサフィーナを見つけ怒声を上げる。
「いや、サフィーナ殿を責めないでもらえるか。吾輩はこの事態の責任は取らせてもらう。吾輩の実験の為に多くの人々を苦しめる結果になっているなど……レイラ殿の怒りも尤もなのだ。先ほどは魔真珠の完成形を見てテンションが上がってしまったが、すまない事をしたのだ。」
あまりにも素直なアキラの態度にレイラは呆気にとられ、それまでの怒気が一気に冷めていく。
「い、いや、反省してるのは解ったんだけど、こんなモノ作って何するつもりだったのよ。」
レイラにとっては宙ぶらりんになった気持ちを整えながら、飴玉を突き出してアキラに聞く。
「それは……時空間魔術には膨大な魔力が必要でな……この魔真珠を敷き詰めた魔法陣を使った時間遡行がしたかったのだ。そして、あの時間に……あの時に、吾輩は戻りたいのだ……」
アキラは遠くを見ながら、ポツリポツリと語り出そうとする。
「あの時に戻りたい?それってどういう――――」
「あ、サフィーナ、別に興味ないからそういうのいいや。」
「はぁ!?今から吾輩の過去が語られていくターンじゃなかったのか!!」
「いや、でも、早く薬作らないと。薬草術ならサフィーナも使えるから手伝うよ。」
「あ、あー、サフィーナちゃんってどこまで行ってもマイペースだよね?」
アキラの語りをぶった斬り、サフィーナたちは同じくスラムにあるアキラの拠点へと移動することになった。
予め、ある程度の魔法薬のストックは在ったものの、すべてに行き渡る量には足りない。レイラはあるだけの魔法薬を持って冒険者ギルドへと走ることになり、サフィーナとアキラは魔法薬の精製に尽力していった。
サフィーナは、レイラにアキラの事を伏せてもらった。何故なら、ギルドや官憲がここに流れ込むと魔法薬の精製どころじゃなくなってしまう。それに、『アキラに会えばユウマに会う手掛かりになる』というライカの言葉がサフィーナには引っかかっていたのだった。
「ただいまっ!!あの魔法薬、利き始めてるって!!アキラの事はなんとか誤魔化せたけど、長くは持たないと思うよ。ライゾウさん、かなり笑顔が怖かったし……」
ギルドから帰って来たレイラは、魔法薬の報告をしている。上手く効果が出ているようだ。アキラ曰く、一度でも魔物化すると魔真珠は魔核化するので取り出すと、その者は死んでしまうらしい。だが、魔物化した者はすでに、官憲や冒険者によって処理されたらしい。これで、一応の収束を見せたことになる。
「ふぅ……アキラ。頼みたいことがあるの。」
アキラの拠点は薬の素材が散乱している。そんな中で、サフィーナはアキラに声をかける。
「サフィーナ殿、頼みたい事とは?」
「会いたい人がいるの。でも、この世界にいないんだって。ハクト皇国にいるアキラって人に会えば、なんとかなるって……そう言われてサフィーナはここまで来たの。時空間魔術だっけ?それでユウマに会う事って出来る?」
いつになく真剣な表情のサフィーナにアキラは気圧される。
「この世界にいない人物に会いたい……難しい……そのユウマという人物の存在をどこまで詳細に感じることが出来るか……なのだが。お、そうだ。サフィーナ殿、そのユウマという方の思い出の品を持っておられるか。」
「うん。大丈夫。サフィーナはユウマの眷属。それに、この腕輪はユウマに貰った家族の証……」
サフィーナは以前、エイラムで買ってもらった腕輪を撫でる。ユウマがアイリに指輪を送った時、サフィーナも買ってもらった物だ。あの時は、よく解らなかったが、この腕輪はサフィーナとユウマとの絆そのものだった。
「ふむ……難しい事には変わらないし、失敗して、時空間の狭間に取り残されてしまう危険もある。それでも、ユウマという方に会いたいのだろうか?」
アキラは念を押すようにサフィーナの目を覗き込む。そこには、強い意志をうかがわせる強い光があった。
「もちろん。魔力がいるならサフィーナの魔力を使えばいいし、魔真珠の準備がいるならサフィーナがさっきの飴全部舐めるから!」
「ふむ……了解した。なら、ちょっと待つのだ。」
アキラはそう言うと奥のチェストから薄く輝く水晶玉を取り出した。
「吾輩の魔力を少しずつ溜めていた魔水晶なのだ。2年間、吾輩の魔力保有量の1割ほど注ぎ込んだがようやく半分を超えた所なのだ。これが満タンになれば、この腕輪に秘められた〝想い”と〝記憶”を辿り、時空間転移できる……可能性があるのだ。」
アキラにとってもそれは論理的に可能だというだけのもの。しかし、これまでずっと研究してきた時空間魔術に対して、アキラも引けない物を持っていた。
「可能性があるならお願い。その水晶玉貸してみて。」
サフィーナは魔水晶を半ば奪うように手に取ると、全身全霊の魔力を魔水晶に注ぎ込んでいく。周囲に置かれた机や椅子、小物がカタカタと振動する。それほどの魔力の渦がサフィーナの周囲を包んでいく。子供の頭ほどある魔水晶が白い光を放ち、サフィーナを包む魔力の渦が吸い込まれていく。そして、魔水晶の色が徐々に赤みを帯びてくる。
薄い桃色に……濃いピンク色に……朱に……赤に……真紅に…… そして、魔水晶の限界を示すかのように、魔水晶が振動を始める。
「な、何ということだっ!!これほどの魔力が一瞬のうちにっ!!サフィーナ殿!!もう大丈夫!魔力は溜まったのだ!!これ以上は水晶が壊れてしまうのだっ!!」
目の前で起こった信じられないほどの魔力の注入に、最初は有頂天だったアキラだったが、想像以上の出来事に、サフィーナへの魔力注入停止の指示が遅れてしまう。
「サフィーナちゃん、大丈夫なの!?何が起こったのかよく解んなかったけど、すごいことが起こったことは解ったよ。どこか痛いとか違和感はない?」
レイラが心配そうにサフィーナに駆け寄る。先ほどまでの出来事でしばらく、思考停止に陥っていたのだ。
「うん。平気。問題ない。ちょっと魔力使い過ぎたからフラフラするくらいだから。」
少しフラつくがレイラが支えてくれたことでかろうじて立っていられる、サフィーナはそんな状態だった。しかし、その目には強い決意の光は衰えていない。
「よ、よし……これで、準備は完了なのだ。今すぐにでも時空間転移が可能なのだが……」
アキラはサフィーナから真紅の魔水晶を受け取ったが、その声には躊躇いが表れている。
「うん。大丈夫だよ。他にすることあるなら言って。サフィーナはユウマに会うためにここまで来たから……そのためにはなんだってするよ。」
「ちょ、ちょっと!サフィーナちゃん。ちょっと休憩するとか……あ、ほら、アキラの今後をどうするかとか決めておいた方がいいじゃん。一応、出頭するって言ってたけど、報酬とかさ、別けないとダメじゃん。私とサフィーナちゃんでさ。なんか急すぎるよ……失敗するかもしれないんでしょ!?こんなお別れなんて嫌だよ……」
レイラがサフィーナの覚悟の言葉に、気圧されながらも今の気持ちを吐き出した。
「ありがと。レイラ。報酬はレイラに全部あげるよ。失敗なんて絶対しない。大丈夫。それに、また会いに来るからさ。そしたら、またあの歌、歌ってくれる?森の中で歌ってたヤツ。」
心配そうなレイラに少しだけサフィーナは笑顔を向ける。
「うぇ……いいよぉ……いっぱい歌ったげる……だから……絶対、また会いに来て……」
レイラの目からは大粒の涙が零れ落ちる。それにサフィーナは無言で頷く。
「じゃあ、アキラ。準備はできた。サフィーナは何をしたらいい?」
「なら、その腕輪を両手で握り、ユウマという方を強く想い、出来得る限りの思い出や詳細をイメージするのだ。想いを繋ぎ、この世界の外へとサフィーナ殿を運べるよう、吾輩が調整する。よいか。」
「うん。いいよ。」
サフィーナが頷くのを確認すると、アキラは真紅の魔水晶を両手で掲げる。
「時の深淵 溢れる想いを繋ぐ そこは彼岸にあらず そこは此岸にあらず 異界へと繋ぐ道筋 彼の者を誘う――――」
アキラの唱詠と共に、魔水晶が砕け、赤い光となってサフィーナの周囲に降り注ぐ。それは、サフィーナの足元と頭上に魔法陣が浮かび上がる。
「因果を司る者の手を逃れ 今 想う者の元へと旅立たん!『異空間転移』」
アキラの唱詠が終わると赤い輝きに包まれたサフィーナに変化が起きる。それは、サフィーナの足元から始まった。
パキン ピキピキ ピシッ
何かが軋むような音が周囲に響く。その変化に最初に気付いたのはレイラだった。
「あぁっ!!サフィーナちゃん!!足がっ!!」
絶叫にも似た声をレイラが上げる。サフィーナの足が軋むような音と共に、石のように固まっているのであった。それが腰、腹、胸と侵食していく。
サフィーナはそれを気にした様子もなく、微笑を浮かべ、レイラに向けて何か口を動かす。しかし、すでに喉まで石化しているために声が出せずにいる。
そして、サフィーナの石化は完了する。赤い輝きが消え、魔法陣も消失する。そこには微笑を浮かべた美しい少女の石像が立っているだけだった。
「いやぁああああああああ!!!」
レイラは崩れ落ち、慟哭が周囲に響き渡る。
†
サフィーナは浮かんでいた。まるで、水の中を浮遊しているように……
遠くにいくつかの光が見える。サフィーナはその光に向かって進んでいった。
そこには、少し歳のとったユウマがいた。大勢の子どもの前で何かを話している。子どもたちは時には真剣な顔で、そして、時には笑顔でユウマの話を聞いている。
ユウマもなんだか楽しそうだ。サフィーナもあの子どもたちに混ざってユウマの話を聞いてみたい。そう思って近づこうとする。
しかし、それは叶わず、目の前の光景は霧散してしまう。
サフィーナはまた、近くの光に向かって進んでいく。
今度は、苦しそうなユウマの姿が現れる。白い部屋、白いベッドの上で横になり、身体からは何本も管が伸びている。ユウマの息が荒い。サフィーナはそれを見て、居たたまれなくなる。
サフィーナはどうにかしようとユウマに手を伸ばす。まだ届かない。限界にまで手を伸ばす。そして、それがようやくユウマの頬に触れたような気がした。
ユウマの苦痛に歪んだ顔が穏やかなものになっていく。ユウマを助けたい気持ちが無意識に魔法の発動したのだ。頬に触れたサフィーナの手は光魔法の癒し輝きが放たれている。
あと、もう少しで完全に癒えるというところで再びユウマの姿が掻き消えてしまう。
サフィーナは他の光に向かって、再び進んでいった。
光に近づいていくと、パァン という音が聞こえる。覗き込むと腹部から大量の血を流し、崩れ落ちるユウマの姿が見える。
サフィーナは悲鳴を上げようとするが声が出せない。ただ、必死にその光景に手を伸ばし近づこうとする。
ユウマの顔色は次第に土気色になっていく。
ビクビクっと時折、震えとも痙攣ともつかない動きが見える。しかし、サフィーナは、まるで何者かに阻まれているかのようにユウマに近づくことはできなかった。
【勝手な事をされると困るな。どうやってここに紛れ込めたか解らないけど、邪魔しないでほしいな。早い所、彼をラクリアに転生させないといけないからね。】
ふいに響いてきた声に反応するサフィーナだったが、声の主らしき姿はどこにもいない。
【この波動は……ふーん。君もラクリアから来たのかい。へぇー……なるほど、未来で彼に出会ったんだね。そっか。良かった。彼はラクリアでも上手くやれるみたいだね。】
声の主はサフィーナの事を全て知っているようであった。
温かい声がサフィーナを包んでいく。しかし、サフィーナは抵抗する。ユウマに会いたいのだと。ユウマに会いに来たのだと。頑なにサフィーナは抵抗する。
【大丈夫だよ。君は彼に会えるよ。だから安心していいよ。サフィーナ。】
その声の主に名前を呼ばれた瞬間、サフィーナは、大量の水が上から落ちてきて抑えつけられるような感覚に陥った。それは声の主に対する畏怖と計ることができないほど大きなものに包まれる感覚。そして、どこか感度の気持ちがサフィーナを包む。
【あの大きな光の方向に進んで行ってごらん。きっと、君が想う彼に会うことにできるから。あと、ここでの出来事は彼には内緒にしておいてね。彼、怒っちゃうかもしれないから。】
声の主がそう言うと、一際眩い光が現れる。サフィーナはこの少し軽い調子の声の主の事を信じることにした。いや、声の主の言葉が自然とサフィーナの中に入って来て、心にストンと落ちてくるのだ。
サフィーナは声に従って、眩い光に向かって進んでいく。今度は何の抵抗もなくスムーズに進むことができた。これでユウマに会える。そう思うと少し早く進めるような気がした。
光からはサフィーナの事を呼ぶ声が聞こえる。そして、綺麗な歌声が聞こえてくる。心地よいメロディがサフィーナを包み、気分が次第に高揚していくのが解る。
そして、サフィーナは光に包まれていった。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
※次回の更新は10/31を予定しております。




