59、ケルヴィム
†
動物や魔物たちはすで異変に気づきどこかへ身を隠しているのか、森の中は閑散としていた。上空から見ても、その森は違和感を感じるものだった。動く物が何もいない森……時折、地鳴りが聞こえてくる。
それは森の木々をなぎ倒しながら進んでいた。かなり遠くだというのにその大きさがはっきりと解った。昔見た怪獣映画そのもの。4つ足の怪獣はひどくゆっくりと歩を進めている。背中から伸びた幾本もの蔦のような触手の先には口のようになっており、鋭い牙がそろっている。その触手であっても一抱え以上もある太さがあり、それが軽く触れただけでも森の木々がへし折れている。
「あんなものどうやって相手にしたらいいってんだよ……。ウルトラの人、自衛隊……誰か助けに来ないかなぁ。」
「し、師匠っ!!何をアホなことを言ってるんですよっ!あ、あった!あの村ですよっ!もう避難の準備は始まってるみたいですよっ!」
背中のミコトが村を見つけたようだ。人間だけの100人に満たない小さな村のようだ。
俺たちは村の中央に降り立った。皆、突然現れた俺たちを見る目が恐怖に包まれている。まぁ、頻発する地鳴りと地響きに、空から人がやってきたらビビるよな。
「俺は『エルドラン』のほうから来たユウマ・アリムラといいます。この村に巨大な魔物が迫っていますので、避難誘導に来ました!!」
「師匠?なんか消防署の方から来ました的な胡散臭い人みたいですよ?それ……」
ミコトがジト目で見てくる。しょーもないことばかり知っている奴だ。
「わしはこの村の村長ですじゃ。わしらも今から、この近くにあるビザンツ帝国の人たちの集落へ助けを求めようと思っておりまして……」
俺たちの前に、村長と名乗る老人が進み出た。
「魔物たちは南に向かって進んでいます。私はそのビザンツ帝国のエドガーという人からもあなた達の避難を任されてきました。ここが一番魔物から近い。こいつはミコトだ。こいつの先導で『エルドラン』へ向かってくれ。」
俺は、状況を説明しながら先ほど練習した巨大リアカーを3台ほど作り出す。
「おぉ……魔術師様!ありがとうございます。この荷車は使っても?」
「ああ。もちろん使ってくれ。足らなければあと何台いるか言ってくれれば用意する。ミコトは積み込みの手伝いを頼んだ。」
「はい!師匠っ!」
(シラユキ!聞こえるかっ!そろそろアイリの処へ戻れ。俺は今、魔物に近い村に到着した。)
<了解した。これよりアイリ殿の護衛任務へ移行する。>
なんだ?この口調……ミコトめ、どんな言葉遣い教えてるんだよ……。
「魔術師殿、ではこの荷車をあと4台ほどお願いできますか。1台は足腰の弱い者たちを乗せて行きたいので……。」
村長が申し訳なさげに言う。
「解った。一応、5台作っておく。俺はそれが終わったら魔物の様子を見に行くから、あとのことはミコトに聞いてくれ。あいつも『エルドラン』の住人だから場所はわかっているはずだ。安心してくれ。皆の受け入れの話は通してあるからな。」
「何から何まで……あなた様は絶対神フィーネリア様の御使いでしょう。はぁ……ありがたやぁ。」
ダレそれ?……絶対神?拝まれてもな……知らんし。
「ミコトっ!避難誘導はお前に任せた。一旦、東へ迂回してから『エルドラン』を目指せよ。」
「師匠!了解ですよっ!!」
まぁ、大丈夫だろう。ミコトのゲーム魔法は一度見せてもらったがかなり強力だ。MP消費が半端ないが、マジックポーションも大量に持たせたし、大丈夫だろう。
「じゃあ、行ってくる!」
俺はミコトに声をかけてから、再び『飛行』で舞い上がった。
†
木々が揺れ、そこから山のような質量の物がゆっくりと動いている。近づくとその大きさに圧倒されてしまう。
魔物は何やら苦しげな鳴き声を上げながら、一歩、また一歩と歩を進めている。その苦しさを紛らわすためか、周囲の物を手あたり次第に壊しながら進んでいるのだ。
「なんちゅうデカさだよ!にしても、あの噛みそうな名前の、ファルファなんとかって男の姿が見えないな。どこ行った?」
とりあえず、目の前の魔物に完全看破だっ!
ん?またか……あの男といい、魔物の強さが解らん。いや、見た目めちゃめちゃ強そうなのは解るんだけどな。
まずは色々とやってみるか。【雷光魔法】からやってみるか。
「『轟雷の雨』」
俺は魔物の頭上高くまで浮かび上がり、魔力を手に集め、直径2mほどの球体を作り出し、魔物へと投げつける。すると、そこから無数の雷が轟音と共に、魔物の体に突き刺さった。
Duooooooooooooooooon……
奴の背中で無数の触手がのたうち回り、苦しそうな鳴き声が聞こえる。効いているんだろうけど……少し嫌がっているようにしか見えない。
よし、次!シラユキから借りてる【竜魔法】だ。
「『破壊竜の息』」
俺は口に魔力を込めると、赤い極太レーザーのようなものが吐き出される。そのレーザーは易々と魔物の体を貫通し、地面を抉り、火柱を上げる。うへぇ……どこの巨〇兵だよ。俺は……。
魔物の周囲の森も破壊し焼き尽くしている。その外縁も衝撃波によってなぎ倒されている。ヤベ……これ、魔物より俺のほうが被害出してんじゃね?このあたりに集落はなかったから良かったけど。
しかし、火柱の中で魔物は苦しそうにもがきながらも、俺の存在に気付いたのか上空にいる俺に触手を伸ばしてくる。上空100mほどにいる俺にも、触手は届いてきた。
「あれでも倒れないってどうなってんだよ!あいつの体はっ!!」
俺は触手を躱しながら、魔物の様子を見てみる。
先ほどの攻撃で右の前足が吹っ飛び、体の中央近くにも大きな穴が開いている。しかし、みるみるうちにその傷が塞がっているのだ。それに、失ったはずの足も再生しつつある。
「なんちゅう再生能力だよ!全部消し飛ばせばいいってか?でも、そんなことやったらあの村だけじゃなくてもっと広範囲が吹っ飛んじまうし……。」
誰にともなくそんな呟きを吐いている間にも、大きな穴はほぼ塞がっていた。そして、俺に目がけて無数の触手を伸ばしていく。
なら、これでどうだっ!!
「『無限沼』」
魔物の足元を底なし沼に変える。【土魔法】【水魔法】を広範囲に組み合わせてみた。これなら自重で沈んでいくはずだ。
Duiiiiiiiiiinn……
ズブズブと魔物が沈んでいく。焦って色々ともがいているが、ふっふっふ、俺の沼はもがけばもがくほど逃れられぬわっ!がっはっはっは!!……おっと、上手くいったので変なスイッチが入ってしまった。
でも、デカいだけあってまだ体の半分ほどしか沈んでいない。その間も、周囲に触手を飛ばし、何とか支えようとしている。むぅ……なら追い打ちだっ!!
「『巨岩召喚』『巨岩召喚』『巨岩召喚』!!!」
なかなか沈まない魔物の上空に直径30mを越える巨岩をいくつも召喚する。そして、重力に引かれて、魔物目がけて落下していく。
ゴゴゴゴゴゴゴ ドゴォーーーン!! ドゴォーーーーーン!! ドゴォーーーーーン!!
よっしっ!!これでもうほとんど沼に沈んだな。もう背中しか見えない。これであとは、周囲を岩で固めればなんとか……
Gyuooooooonn!!!
Gyuoooooooooooonn!!!
魔物の背中がビキビキとひび割れていく。
ヴァサッっ!! 周囲が一瞬暗くなる。
左右に大きく伸びた皮膜。翼長100mは超えているのではないかと思われる巨大な翼が現れたのだ。
ヴァサッ ヴァサッ ヴァサッ 力図良い羽ばたきと共に突風に近い風で俺は吹き飛ばされる。
無理やり、飛行でその場に留まるが、凄まじい勢いで木々や一抱えもありそうな石が飛んでくる。
「痛っ!!クソっ!見た目が鯨なのに、空飛ぶとか反則だろっ!!」
Gyuooooooooon!!
すでに、沈みかけていた体がほぼ地上に現れ、さらにそこから飛翔しようとしている。
完全に俺を敵と判断したのだろう。本当は【隠形】で逃げ出したいが、そうなったら手あたり次第に暴れるだろう。そうなったらミコトや村の人たちがただでは済まない。ここは俺に引き付けながらゆっくりと森の外へと誘導するしかないか。
俺は空を飛んだ魔物の翼目がけて巨大な火球を飛ばす。爆発と共に、魔物の表面を吹き飛ばすが、それもわずかな時間で塞がっていく。くそっ!これも堪えないか……
「あれ?まだこんな所でモタモタしていると思ったら、貴方でしたか。邪魔していたのは。」
俺の背後で声がした。それもすぐ近くだ。
振り返るとあの男が宙に浮いていた。ファルファレルロだ。奴は、ニヤニヤの笑いながら俺の方を覗き込むように見ていた。
「お前かっ!こんな化け物を連れて来たのはっ!!」
俺は魔鋼糸を飛ばすが、それをファルファレルロは難なく躱す。
「おっと、危ないではないですか。確かに私がこのケルヴィムを連れてきましたが、何か問題でも?」
肩をすくめながら奴は言う。
「問題ありまくりだ!何のためか知らんが、こいつを連れて消えろっ!!」
俺は【威圧】を全力でぶつける。しかし、ファルファレルロは何事もないように、そこに浮かんでいる。クソっ……これも効かないってのか。
「なら『エルドラン』にでも行きましょうか?エイラムの街もいいですね。本当はビザンツ帝国に行くつもりでしたが……。」
奴は飄々として、とんでもないことを告げる。
「お前たち邪仙は何が目的なんだっ!!こんな事して何の意味があるっ!!」
「目的?意味?あぁ、たしか、人探し……とかだったですかね。このケルヴィムは私は面白いから嗾けてるだけですが。」
訳が解らん。解ったことはコイツがかなり壊れているという事だけだ。
「お前ら、ここで止める。訳が解らない理由で殺されてたまるかっ!!」
全身に【雷光魔法】を纏い、俺はファルファレルロに殴りかかる。渾身の力を込めて振りぬいた右拳はあっさりと奴の顎を捉えた。
パァァンッ!!
まるで風船が割れるように奴の頭が消し飛ぶ。残った身体はそのまま地面に墜落していった。
はっ!?弱っ!!実は、口だけの奴だったとか?いやいや、それよりも目の前の魔物を何とかしないと……、ケルヴィムだったか。こいつ放っておくと飛んでどこへ行くか解ったもんじゃない。
そうだっ!あの亜空間の応用だっ!
俺は両手に大量の魔力を圧縮していく。徐々に空間に歪が出るほど圧縮が進むと、バリバリとプラズマの光が明滅する。さらに圧縮が進み、大気が振動する。
ブゥァン
俺の両手の上に透明な球体が浮かび上がる。
「『亜空間球』」
その球はスルスルとケルヴィムへと落下していく。
ブゥァン
ケルヴィムに触れると、何の抵抗もなく体に吸い込まれ、次の瞬間、巨大なシャボン玉のような球体でケルヴィムを包み込んだ。
次の瞬間、シャボンの中心に向かって、すべてが吸い込まれていく。凄まじい音と共に、ケルヴィムはその姿を歪めていく。
シューーー ゴォォッ!!
あっという間だった。それまでケルヴィムがいた空間には何もなくなっていた。中央には透明ではなく、黒い球体がフワフワと浮いているのみ。俺が作った沼の上に漂っているだけだった。
何とかなったのか……亜空間にあの化け物を送れたんだとは思うが、実際の所どうなったのか俺もよく解らない。
「あ、はーい。ご苦労様でしたね。」
声の方を見ると、顔がない状態のファルファレルロがいた。
「やっぱり生きてたのか。気持ち悪い奴だっ!どこから喋ってるっ!」
「あぁ、失礼……よっと。これでどうです?さっきよりハンサムでしょうか?」
風船のように顔に合った部分が膨らみ、ポンっと顔が再生される。
「邪仙ってのは、皆そんなに悪趣味なのかよ……。」
「お気に召しませんでしたか。それは残念ですね。にしても、ケルヴィムを予定通り亜空間に送っていただいてありがとうございます。」
「何を言ってる?予定通りだと!?」
「あぁ、貴方が知らないのは無理もありませんよ。こうなるのは数ある時間線の中でかなりの確率で起こりうる事象でしたから。」
「時間線だと?何の話だよっ!!俺が亜空間を使う事も解ってたとか、そんな訳の分からないことを言うんじゃないだろうなっ!!」
「はい。その通りですが、何か? ぷっぷぷ……あはははっ!一度言ってみたかったんですよ。何か?あはははははっ!!これ、いいですね。相手をおちょくっていて。」
自分の言ったセリフがツボに入ったのかケラケラと空中で笑い転げている。
「どういうことかって聞いてるんだよっ!!」
「はぁ、はぁ、はぁ~。おかしい。……で、何でしたっけ?ああ、私が貴方がやったことを事前に把握していたことですよね。時を操れますからね。私って。それだけですよ。つまらない理由でしょ?」
ファルファレルロは新しく出来た顔の形を確認するようにほっぺを抓ったり伸ばしたりしながら、答える。
なん……だよ……そんなのありかよ!?俺も【時間跳躍】は出来るが時間をわずかに止めたり、遅らせる程度、未来や過去に行けるわけではない。
「『俺なんて時間を止めるくらいしかできねぇのに……』とか思ってそうな顔してますね。そうなんですよ。そんな下級スキルとは次元が違いますからね。あ、そうそう。人探しが目的だって言ってましたが、見つけましたよ。ほら、この方たちですよ。」
ファルファレルロは気障に指をパチンと鳴らす。すると、奴の背後に4人の人間が意識なく浮かんでいる。
「ダイチっ!!アヤノっ!!ノアっ!!ミコトっ!!おいっ!!しっかりしろっ!!お前、こいつらに何やってんだよっ!!」
俺は我を忘れて殴り掛かるが次の瞬間、俺の腹に何かが爆発したような衝撃が走る。
見ると、奴の拳が俺の腹にめり込んでいた。
「ぐはぁっ!!」
口から大量の血を吐き出した。
「ちょっと、まだ私が話している途中ですよ。せっかちさんですね。まぁ、今の殴り掛かって来る時の顔も……くくく……面白かったからいいでしょう。彼らを連れてくるように言われてるんですよ。私の上司にね。だから、貴方にはもう用はありません。死んでも構いませんし、死ななくても私は気にしませんよ。」
再び奴が指を鳴らすと、ダイチたちは透明な球体に包まれる。俺がケルヴィムに使ったような球体だ。
「こんなもん。どうってことないんだよっ!!」
俺は腹に拳を埋め込まれたまま、さらに殴り掛かる。拳に魔力を纏い、拳を振りぬく。
ブァゥン!!
俺の拳は虚しく空を切る。それをファルファレルロはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら見て、俺の腹に埋めた手をかき回す。
「ぐあはぁあああ!!!」
体中の力が抜けていく。体力も気力も、そして魔力もすべての力を挫かれていく。
でも、構わない。このままいけば、俺の【真・限界突破】が発動するはずだ。そうなったら、この嫌らしい笑みを浮かべるコイツの顔面を陥没するまで殴り続けてやるっ!!
「あぁ、それから貴方に言っておく事を忘れてましたよ。【限界突破】とかに最後の希望を持っているのなら捨ててくださいね。それ、発動しませんから。」
ファルファレルロはあえてゆっくりと嬲るように言い放つ。
コイツは俺の心が読めるのか……いや、読めるのだろう。俺の心を一つ一つ折るように、退路を塞いでいく。俺には、もう反撃の可能性は残って……いや、まだあるか。
【聖領域】を作り出して奴を取り込めたら……なんとか。いや、正直どうなるかは解らない。けど、やるしかない。俺は左右の手に魔力を込めていく。以前やった時よりもスムーズだ。やはりスキルがあるとその補正が効くらしい。
「おや?まだ何かするつもりですか?諦めが悪いですね。貴方は大人しく殺されるか、大切な人を殺されるのを見ていればいいのですよ。そして、絶望するんですよ。何もかもに……ね。」
楽しそうな顔で俺に顔を近づける。
「ふざ……けるなーーーーっ!!!」
俺は左右の魔力球を胸の前に重ね合わせる。自分でも信じられないくらいの魔力が収束していく。
バババババババ…… ガガガガガガ……
俺の両手はあまりの魔力に振り回され、ブルブルと震える。
「何ですか!?その魔力量はっ!!」
それまでニヤついていた奴の顔が驚愕に歪む。常にスカしていた奴の顔が変わって少しスッキリしたな。
俺はさらに魔力を両手に注ぎ込む。意識が飛びそうになるが、何とか腹を抉られる痛みで意識を繋ぎとめる。
「おい!こんな状況は知らない!聞いてないぞっ!!止めろっ!!今ならまだ間にあ……」
凄まじい魔力の渦に飲み込まれ、俺もファルファレルロも、そして、後ろに浮かんでいたダイチたちを強烈な光が包み込んだ。
フシューーーーー キュポン
†
そこには何もなくなっていた。森があった場所は砂の大地となり、中央にはユウマが魔法で作り出した沼が広がっている。直径500mにわたって、森が消えていたのだ。
「これは……どうなってるんじゃ……。」
ミコトに先導してもらうはずだった村長は茫然とした様子で近くに現れた砂の大地を見つめる。
そこには誰もいなかった。巨大な魔物も、そして、様子を見に行ったユウマの姿も……
(ユウマ!聞こえる?さっきの光はなんだっ!おい返事しろって!)
(ユウマー!大変だよっ!ダイチもアヤノも消えちゃったよ!)
クロウとサフィーナからも同様に意識が飛んでくる。虚しく、一方通行の会話が送られてくる。しかし、彼らの声がユウマに届くことはなかった。
アイリは避難誘導のために荷車に荷物を積めていた。そんなとき、ハラリと黒牛鳥のマントが落ちる。
「あ……。」
見ると、マントの紐が切れていたようだ。こんな事、これまでなかったのに……。アイリはユウマから贈られた指輪をそっと撫でる。
「ユウマさん……。」
最後まで読んでくださってありがとうございます。




