50、封仙
投稿ペースを調整します。今後は3日に1話くらいのペースで上げていきたいと思います。
アイリ視点の冒険です。
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私たちは、ダナオスさんと晩餐を共にしている。でも、気持ちの中ではダナイアさんの事を聞きたくて気が逸っていた。目の前でゆっくりと注がれるお茶が、さらに私の心を焦らせていく。
「ダナオスさん。いきなり不躾なことをお聞きします。ダナイアさんはいったいどうされたんです?ここにいるマールさんはダナイアさんの娘です。そのマールさんがダナイアさんが邪仙に堕ちかかっていると言っているのです。何か心当たりはありませんか?」
駆け引きも何もない、ストレートな気持ちを私はダナオスさんにぶつけていた。
楽しげな晩餐は私の言葉で一変する。ダナオスさんの表情から笑顔が消える。妻のエレンさんも持っていたフォークを床に取り落として、使用人が慌ててそれを拾う。
「アイリちゃん、もう少し話をしてからと思ってたけど、いきなり聞いちゃうのね。そうよ。私はダナイアの娘、マール。樹精ダナイアはここニルバーナの守りについていたと思っていたはず……。けど、様子がおかしかったの。少しずつ、狂気に支配されつつあるの。ここ最近の母さんに何があったか教えてくれる?」
マールさんは1つ1つの言葉を丁寧に確認するようにダナオスさんに質問していく。
サフィーアちゃんは無言で私たちのやり取りを眺めている。私が暴走しないように見守ってくれているようだ。
「な、なんと……本当にそのようなことが……」
エレンさんは口を手で押さえて、必死に今の言葉を理解しようとしている。
「ダナイア様がニルバーナの民からお隠れになったのは2年になります。ちょうどその頃、悲しい事件がありました。」
ダナオスさんは遠い目をしながら、話し始めた。
「その頃は、まだダナイア様も民の前にたまに現れては、気さくにお話をされておりました。ですが、ある日、ニルバーナのエルフたちが大量にいなくなってしまったのです。その数は10名。突如、消えてしまったのです。それを逆恨みした民たちがダナイア様に詰め寄りまして、民が消えたのはダナイア様のせいだと……。それを境に、ダナイア様は我らの前には姿をお見せにならなくなりました。」
ダナオスさんは静かに語り終えていた。
「あなたが蘇ったあの場に、母さんはいたわよ。嬉しそうにしてたわ。それに、昨日の宴会にも母さんは参加していたの。皆を樹木魔法で操って、お酒を無理やり飲ませて酔い潰してたわ。」
マールさんが説明していく。そのたびのダナオスさんとエレンさんは驚愕に包まれていく。
「なんと……」
「ダナオスさん。そのダナイアさんに詰め寄ったエルフたちを教えてください。いなくなった理由を知っているかもっ!それにニルバーナの周りのエントさんたちにも聞いてみないと!あとは……あとは……」
何か、他にも何かできることは……
「アイリ。落ち着きなさい。まずは1つ1つ確実にやっていきましょう。」
サフィーアちゃんが私を落ち着かせるように背中をポンポンと撫でてくれる。
「そ、それが……あの時、ダナイア様に詰め寄ったエルフたちなのですが……、消えたのです。この2年の間に1人減り、2人減り……残っているのは1人だけです。私の家へ案内をお願いした女性キーファがそうです。」
あの時のエルフの女性が……。
「わかりました!では、キーファさんの居場所を教えてください。マールさんはエントさんを当たってください。サフィーアちゃんは……」
「私は、アイリについていくわ。」
私たちは失礼を承知で、晩餐の席を立ち、教えられたキーファさんの自宅へ向かった。
†
な、なんなのよっ!!身体が動かない……ここはどこなのよっ!!
ダナオス様を復活させた人たちを館に案内した後から、私の意識は飛んでいる。気づいたら大きな木の洞の中に寝かされていた。そこには私以外にもエルフたちが眠っている。暗くてよく分からないが、どこかで見覚えが……、そうだ。2年前に、ダナイア様、いや、あのダナイアに詰め掛けた時のメンバーじゃない。
あいつのせいで、私の大好きだった兄がいなくなってしまったのだ。その手がかりは今もまだ掴めていない。日頃、ニルバーナの守護者面してるくせに、なんで兄を守ってくれなかったのよっ!!あぁ、今思い出すだけでも腹が立つわっ!あの時、もっと石を投げつけてやればよかったわっ!!
あ、でも、もし、死んでいたとしても、亡骸さえ見つかれば……うちの集落に来たあの人たちに言って『蘇生薬』を別けてもらえば助かるはず。
……でも、本当に、何なのよここはっ!!
少しずつ冷静になってくると、嫌な臭いが私の鼻を刺した。糞尿と血の混じり合ったひどい臭いだ。
ひぃぃぃぃ!!!
先ほどまで眠っていると思っていたエルフたちだが、よく見ると腹部がぽっかりと無くなり不気味な空洞になっている者がいた。その臭いに魅かれたのか、小さく黒い虫が腹の中で蠢いている。
何なのっ!?誰か……助けてっ!!
ズズズ ズズズズ ズズ……
木の洞の外から何かを引き摺る音が聞こえてくる。
そして、悪夢がそこに立っていたのだ。
あいつだ!私の兄を奪ったあいつが立っていたのだ。
顔が血でべっとりと濡れ、月明かりに照らされる。あいつは笑ってた……目は虚ろだったが、口は微笑を湛えたまま、時折、長い舌で顔についた血を舐めている。
あいつは腹部がぽっかりと空いたエルフの死体を木の洞に放り込んだ。
ダメ……私も食べられる……きっと兄もあいつに……
誰か……誰か……お願い……助けて……
あいつは、急に外に出ていった。
助かったのだろうか。でも、身体はピクリとも動かない。這ってでも出ようとしたが無理だった。指一本動かすことが出来ないのだ。
ガガガガガガガッ!!
ババババババッ!!
外で凄まじい音が響く。雷でも落ちたのかと思うほどの音だ。
不意に、身体が動くようになった。こんな所にはもう少しでも居なくない。
私は恐る恐る木の洞の縁まで這って行き、そうっと外を覗き込んだ。
外は月明かりに照らされて明るかった。そうか、もう夜なのか。
そこに美しくも忌々しいあいつが立っていたのだ。何か言っているが小さくて聞き取れない。影になっている所に誰かがいて、話しているのだろうか。それとも独り言?
少しずつ声が大きくなってきた。
「私はもう無理なのよー。守る事の無意味さに気付いたのー。2年前もそう。質の悪い伝染病がニルバーナに流行りそうでねー。善戦病患者たちを隔離してたのー。意外と厄介な病気で私も患っちゃってねー。結局は、その人たちは死んじゃったのー。」
「それで……それでニルバーナの人たちの前から姿を消してたんですね。それは解りました。でも、なんで……なんでこんなことをっ!!」
あ、この声は、族長様を蘇らせてくれたあの人の声だ……助けてくれたの?
「だってー。あの時、患者たちの死体を食べてみたのー。そのまま放置するとまた伝染病が広がっちゃうからねー。でも、またその死体が美味しかったんだー。特にハラワタがねー。ジューシーで、プルプルでー、ハマっちゃったって感じー?」
な、何よ!やっぱりあいつが兄さんを食べてたんじゃないっ!!私の大好きな兄さんをっ!!
「それでも、今まで守っていたニルバーナの人たちを食べるなんて……」
「そうそう。今まで守ってたのが当たり前って思われちゃってさー。こっちは毎回体張って守ってるってのにー。何か馬鹿らしくなってさー。あの後もニルバーナのエルフたちが詰めかけて、隔離してた者を出せってさー。食べちゃってもういないのにさー。それに会ったら会ったで伝染病になっちゃうってのにー。」
「ダナイアさん!!貴女の想いは解りますっ!!私の両親もグランディアもジャスリーンも同じ境遇だったのですからっ!!でも、貴女は間違っていますっ!!きちんと話せば解ってくれますっ!!そして人は変われるんですっ!!だからお願いっ!!ダナイアさんっ!!」
「アイリちゃん。いえ、アイリーン様、もう結構です。あのバカ母はもう言っても解るような頭を持っていません。エルフの味を覚えたバケモノに成り果てています!下がってくださいっ!!」
「マールちゃんてば、ひどくなーい?そんなこと言う悪い子は、食べちゃうぞー?」
シュン ビシっ!!
な、何?何が起こってるの?黒い何かが地面を走ったのしか解らなかった……
「あれあれー?起きてきちゃったのー?きちんと自由を奪ってたはずなのに、おかしーなー。」
ゾワリとした。私の後ろからあいつの声が聞こえて来たのだ。
お腹の辺りが熱くなっていた。見ると私のお腹から赤く血で塗れた木の根のような物が突き出している。
「あががっ……かはっ!!」
何かが込み上げて来て思い切り吐き出した。
ビチャビチャビチャ 木の洞の前は真っ赤に染まっていく。
力が抜け、ストンと腰が落ちた。刺された…の?腹からは血がドクドクと流れている。
私はそのまま横になり、瞳を閉じた。なんで……こんなことに……兄さん……
†
キーファさんの気配を追って森に入ったのだが、ようやく見つけたのは血まみれのダナイアさんだった……。声をかけたが、ほとんど反応らしい反応を返してくれない。
突然消えたダナイアさんは木の洞からゆっくりと出て来たのだった。足元にはキーファさんが血まみれで横たわっている。また、ニルバーナの人たちを手に掛けたの……
私は無力感に包まれていた。私じゃ、止められないの……私には、何もできないの……
ダナイアさんは手についた血を舐めながら楽しそうに笑っている。その瞳には狂気が宿っている。
「ダナイアさん、もう止めて下さい!ニルバーナはもう守らなくてもいい。無理をしなくてもいいですから。私たちがニルバーナを守りますからっ!!だから……だから、もう止めて下さいっ!!」
「あらあらー。アイリちゃんとか言ったわねー。すごいねー。私が身体張って守って来たニルバーナを簡単に守るとか言っちゃってさー。私、ちょっとムカついたかもー。お仕置きしなきゃねー。」
無数の蔦がダナイアさんから伸びて来た。その先端は鋭く、槍のようになっている。
私は土の精霊の助けを借りて、堅牢な土壁を作り出す。蔦は土壁に突き刺さり、その勢いは止まったようだ。
「簡単だなんて思っていません!でも、ダナイアさんが無理をした結果、そんな思い詰めていたのなら、私もお手伝いしたいんですっ!!もう1人で守らなくてもいいんですっ!!」
ダナイアさんの動きが止まる。その瞳には理性の光が灯る。
「ど、どうやって……どうやって守るっていうのよっ!毎回毎回すっごい魔力が必要で、守ってても当然だと思われて……文句だけは人一倍受けるのよっ!解ってくれたのはダナオスだけだったわ……。」
「それは、えーと……絡繰り術を使った防壁を作るんですっ!タイタスのようなっ!エルドランもこの壁を作ることになりましたっ!これでお父さんもお母さんも自由にしてもらいました。……ユウマさんに。
それに、ダナオスさんも心配してました。エレンさんも。ダナイアさんは一人じゃないんですよ?マールさんだって……マールさんだって、ずっと泣いて……ずっと泣いて心配してたんですからねっ!!」
いつの間にか、私も泣いていた。そうだ。お母さんを倒す決意なんてさせちゃ絶対にダメだ!それを考えると自然と涙がこぼれる。
「母さん……。」
マールさんがポツリとつぶやいた。
「マール……。」
そう、呟いたダナイアさんの全身が淡く輝き、白い空間に包まれていく。
†
【アイリ、色々と大変だったみたいね。ダナイアの事、ありがとうね。】
何?ここ……お母さん?どうして……
【あのままだとダナイアは完全に邪仙に堕ちるところだったの。でも、それを貴女は救ったのよ。本当なら私たちがダナイアを処理するはずだったんだけどね……。】
えっ?どういうこと?処理って……お母さんがダナイアさんを倒してたってこと?
【ええ。それが私たちの使命だから……。まだ、アイリにはちゃんと言ってなかったわね。あの世界樹の眠りから覚めてから、私とグランディアは神仙へと生まれ変わったの。だから、邪仙の存在は見過ごせないわ。たとえ、古い知り合いであってもね。でも、それをアイリは防いでくれたの。ありがとう。】
えっ?お母さんたちが神仙?もう会えないの?嫌だよ……そんなの、また会いたいよ……
【もう、ワガママな子ね。そうね……たまには会いに行けると思うわ。】
よかった……。あ、それでダナイアさんはどうなっちゃうの?
【ダナイアにはしばらく眠っていてもらうわ。封仙となってもらうの。100年ほどよ。もし、この眠りから覚めれば生まれ変わることができるの。サフィーナちゃんのようにね。】
そうなんだ……でも、マールさん、100年もお母さんと会えなくなるんだね。それはちょっと寂しいかも……
【優しいアイリ。大丈夫、樹精の寿命はとても長いの。生まれ変わるまでの日を貴女たちで支えてあげなさい。きっとユウマくんも支えてくれるわ。】
そう……そうだねよ。みんなでマールさんを支えていけばいいんだよね。
【それから、マール。サフィーナちゃん。いえ、サフィーアさん。アイリを支えてくれてありがとう。これからも見守っているからね。きっと、上手くいくわ。貴女たちが思い描いていること……。】
再び視界が真っ白に包まれる。そして、再び視界はひらけると、そこは先ほどの森の中だった。
月明かりが私たちを照らしている。
そして、ダナイアさんがいた場所には一本の若木が生えていた。
そうか……封仙になったのか……。
サフィーアちゃんは愛おしそうにその若木を撫でている。以前の自分と重ね合わしているのだろうか……。
マールさんは寂しげに、若木を見つめている。でも、その目は安堵しているようでもあった。
†
あれから木の洞を調べ、亡くなっていたエルフたちに『蘇生薬』を使ってみたが生き返ったのはキーファさんだけだった。私たちはキーファさんを背負い、ダナオスさんの館に戻った。
「そうですか……ダナイア様は封仙に……。そうでしたか。」
経って出迎えたダナオスさんは崩れ落ちるように椅子へガタンと座るとそれだけを言い放った。
すべてをダナオスさんに話したのだ。ダナイアさんが抱えていた闇を……。そして、2年前の出来事もすべてを……。
キーファさんにはマールさんに樹木魔法を使ってもらい、ダナイアさんの記憶を封じてもらった。もう、ゆっくりと眠っていてもらうために。
そして、私たちは氏族連合の話をダナオスさんへと切り出すことにした。集落を守る者がこれ以上に不幸な運命に合わないように。そして、それが少しでもユウマさんの助けになればと……。
ダナオスさんは、私たちの提案を二つ返事で了承してくれた。ニルバーナの民にもそのことを布告すると約束してくれた。今後、ニルバーナもエルドランやタイタスへの交流が盛んになることだろう。いつか、もっと自由に行き来が出来れば……ダナオスさんはそう言っていた。
「アイリー。大丈夫?元気ないよー?」
サフィーアちゃんはもう眠りについたようだ。サフィーナちゃんが私を心配して声をかけてくれる。
「ありがとう。サフィーナちゃん。今回、色々あって、ちょっと色々と考えちゃった……。」
「サフィーナも考えたよー。ダナイア、可哀想だよ。もう少し周りに気付いてくれる人がいたらーとかねー。でも、これからの事を考えるんだよー。そうすれば、やらないといけないことが一杯なんだよー。まずはねー、お腹いっぱいお菓子食べたいよー。マールも誘ってみんなで食べよー。」
「そう……だね。やること沢山あるよね。ありがとう。サフィーナちゃん。でも、サフィーナちゃんったら食いしん坊なんだから。」
「えへへー♪」
解ってる。サフィーナちゃんも私の事を励ましてくれているんだ。サフィーナちゃんだけじゃない。マールさんも、ユウマさんも、クロウくんもいる。それにお父さん。これは2人もいるしお母さんもいる。こんなにも、私は支えられているんだ。
この事だけは決して忘れないでおこう。私は、それを噛みしめるように心に誓った。
最後まで読んでくださってありがとうございます。




