31、策士
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石造りの頑丈な作り。必要最低限のものしか置かれていない室内。窓には鉄格子がはめ込まれている。ここは騎士団の拘置所の尋問室。俺たちが拘束した闇ギルドのメンバーが多く収容されている。
今、俺の目の前には椅子に座らされた小柄な老婆がいる。ライカさんだ。その背後には1人の騎士。女性のようだ。そのほかには出入り口付近に2人の兵士が立っている。
「ユウマさん。いらしてくださったんですね。」
ライカさんの口調は穏やかだ。
「ライカさん。<スカー>は……は捕えました。」
俺は静かにライカさんに話しかける。
「そう……。解っていたわ。あの子では、貴方さんには勝てないということも……それからこうして、もう一度会いに来てくれるということも……。」
「ライカさんは俺にどうして欲しかったんですか。貴方は俺を焚き付けた。そして、アイツは俺を殺しに来た。それに、俺の大事な人も傷つけようとした。どういうつもりだ!!孫のケツを俺に拭かせるために、こんな回りくどい事をしたっていうのか!!」
俺は怒りを目の前の老婆にぶつけていた。本当に小柄なライカさんに。
「ユウマさん。貴方さんには、本当に迷惑をかけたわね。ごめんなさいね。私には、もう抑えることが難しくなっていたの。それはもう何年も前からこうなることが解っていたの。私のスキルのおかげでね。【世界検索】、これはこの世界のあらゆる事柄を調べることが出来るの。今後起こるであろう未来の事柄でもね。」
「それなら、最善の手段だって解ったはずだ!それでアイツの事を救ってやれることだって!!……最善……まさか……それがこれだっていうのか!!」
俺はライカさんに詰め寄る。
「そうよ。貴方さんにとってはこの上ない迷惑な話だってこと……でも、これが最善だった。」
「勝手すぎる!スキルのせいにするなよ!!言い訳をスキルのせいにして逃げただけじゃないか!!それを選択し、決めたのはライカさんだ!!もう一度聞きます。ライカさんは俺にどうして欲しかったんですか。どういう決着をつけるつもりだったんですか。俺は責任をとって死ぬとかいう安易な結末は認めませんから!!」
俺は前に置かれたテーブルをバンと叩いた。
「決着か……そうね。私は貴方さんに、あの子を、クロウを救ってほしかったの。でなければ、殺して欲しかったのかもしれない。そして、私も……楽になりたかったのよ……。」
ライカさんから漏れた本音に、俺はゾワリと得体のしれない物を見た気がした。
「それでライカさんはシナリオ通りに進んで、悲劇のヒロインとしてこの世を去るつもりですか。なら、俺も勝手にやらせてもらいます。俺はこの世界に来て、まだよく解らないことも多いですけど、俺が最善だと思うことをやらせてもらいますから!!」
俺は、ライカさんの前で啖呵を切っていた。
「で、貴方さんは何をするつもりなんですか?ユウマさんの最善とは……。」
不思議そうにライカさんは俺を見つめる。
「アイツの……クロウの歪んだ根性を叩き直してやる!あのガキを教育しなおしてやりますよ!日本人同士、和を以て貴しとなす!!これが俺の最善だ!!それから、ライカさん。あなたにも全力で協力してもらいますからね!」
見捨てるのは簡単だ。前の世界でも、どうしようもない生徒に会ったことが何度もある。でも、諦めずに接することで何かが変わるかもしれない。
この世界に来てできた、わずかな繋がりをここで振り払う事なんて俺にはできなかった。うん、都合良く扱われてる感は否めない。でも、そんなこと関係ない。俺が思うようにやると決めたんだから。
「ホッ……私が思った通りの人で良かった。本当に良かった。私と孫を……クロウを助けてください。お願いします。お願いします。」
ライカさんは深々と頭を下げる。ズルい……ズルいよ。ライカさん。本当に食えないお婆さんだ。
「ユウマさん。あと、これだけは覚えておいて。『P319、P184、P94、P553』よ。忘れないでね。」
ん?なんだ暗号か何かか?よく解らん……。
それを後ろで聞いていた騎士の女性が割って入る。
「ゆ、ユウマ殿。先ほどから何を話しているんです?できれば我々でもわかる言語で話してほしいのですが……。」
女性騎士が申し訳なさそうな表情だ。俺たちは知らないうちに日本語で話し込んでいたようだ。どうせ、ライカさんの仕業だ。最初に日本語で話しかけられたからそのまま日本語での会話になったんだろう。
「すいません。騎士様。同郷の人間に久々に会ったので、思わず国の言葉が出てしまいました。ちなみに、この老婆の処遇はどうなるのです?」
俺は何食わぬ顔で、女性騎士に尋ねる。まぁ、目の前で<スカー>を更生させるなんて会話、聞かれていたらとんでもないことになっていただろう。
「はい。老婆の処遇につきましては、尋問の後、このまま収監されます。ただ、異世界人だということを考慮されると思いますので、死刑等にはならないかと思われます。」
異世界人というのは特別な物らしいな。
「あと、<スカー>はどうなりますか?」
「はい。闇ギルドの幹部ということで、情報を聞き出し次第、処刑ということになるでしょう。」
やはり大犯罪組織の一角だ。当然の処遇だろう。
「騎士様。このようなことを頼める義理ではございませんが、あの子の処刑を、ユウマ様にしていただきたいのでございます。私もあの子も異世界人でございます。せめて同郷のユウマ様の手であの子の最期を……。」
突然、ライカさんが女性騎士に懇願する。俺が処刑?何を考えてんだ?それじゃ更生もクソもなくなるだろうに……。ライカさんがこちらに目配せする。まぁ、何か策があるんだろう。
「そ、それなら俺が<スカー>の処刑に手を貸そう。俺たちの世界では、無念な最期を遂げると大怨霊として蘇って周囲に災いをまき散らすと言われているからな。俺ならそれが防げるだろう。」
うん。まったく根拠はないが、こんな感じで口裏を合わせておこう。ん?ライカさんが苦笑いしているが、まぁいいだろう。
「だ、大怨霊ですか!?それは……少々お待ちください。上の者に確認を取ってまいります。」
意外と効果がでたみたいだ。女性騎士はバタバタと尋問室を飛び出していく。
「ライカさん。さっきの暗号って何です?」
俺は、女性騎士がいなくなったのを確認して、日本語で話しかける。
「あぁ、あれは以前、貴方さんに渡した魔法薬事典のページ数よ。見れば……」
「静かにしていろ!」
そこまでライカさんが話すと、出入り口の兵士が言動をやめるように注意する。
何やらそのページと俺がクロウを処刑することに何かカラクリがあるのだろう。
しばらくすると、女性騎士はバルムンクを伴って、尋問室に入って来た。
「ユウマ殿。<スカー>の処刑を手伝ってくださるそうですが、その真意をお聞かせ願いますか?」
バルムンクの口調が完全に敬語になっている。
「そこの女性騎士様から理由はお聞きにならなかったのですか?」
「いや、シャーロットからは聞いています。大怨霊になるとか……。ですが、他に理由があるならお聞かせ願いたい。」
そうだよな。こんなお願いはかなり異例だろう。怪しむのは仕方がない。
「他の理由としては2つ。1つは、奴が俺や俺の大事な人を傷つけたという個人的な恨みから。そして、もう1つは、物理的に彼を処刑することは俺以外には難しいだろうと思ったからです。」
確かに、今、<スカー>は俺の魔鋼糸でグルグル巻きになっている。あれから、騎士団の人もあの糸を取り払うことが出来ずにいる。そして、それは<スカー>も同じこと。いくら時間を止めようが、身動きできなければ意味はない。
あとはアイツの【武具創造】だ。今は大人しくしているが、その気になれば空中にナイフを作り出し、飛ばすことも可能だ。つまり、簀巻きにされている状態でもかなりの危険だということになる。
「戦って見てアイツの能力は解っています。だから、無駄な犠牲が出る前に、俺が名乗り出たということです。まぁ、騎士団としてのメンツはあるでしょうからやる時は俺が騎士の恰好をしても構いませんし、秘密裡に処刑するのならそれでもいいと思います。」
多少不遜な言い方になってしまったが、これくらい言っておいた方がいいだろう。
「むぅ……。確かに今回の一件は、ユウマ殿の活躍によるところが大きいからな。解りもうした。処刑代理人ということでユウマ殿にやっていただきましょう。それに、騎士団内部の騒音も何とかしましょう。それに、ユウマ殿であれば、騎士の恰好などと言わず、本当に騎士団に入ってしまっても構いませんぞ?」
バルムンクの目が光る。騎士団が俺たちを取り込みに掛かってくるのか……騎士かぁ……カッコイイよなぁ……お姫様とかとラブラブフラグたったりとか……あーいかん!俺にはアイリというお姫様がいる!!それに、騎士団に入ると自由に動けそうにないからな。
「今は冒険者でいることのほうが性に合っています。そんなことより、色々とお願いすることになりましたが、よろしくお願いします。」
俺は、バルムンクに深々と頭を下げ、この尋問室を後にした。出る間際、ライカさんを見るとウィンクをしてきた。老婆のウィンクって……需要ねぇよ!お茶目な婆さんだよ。まったく……。
†
その後、宿り木亭に帰った俺は、このことをアイリとサフィーナに報告した。
「えぇぇぇぇ!!!闇ギルドの幹部を教育しなおすんですか!?それは、本気で言ってるんですよね?」
「あぁ、何だか勢いで決めた気もする……けど、本気だよ。アイリ。」
アイリは少し困った顔をしながらも納得してくれたようだ。ありがたい。さすがアイリだ。
「ユウマが決めたことなら、サフィーナは問題なーし!個人的にも気絶してたし特に何も思わないかな?」
うん、ちょっとは思ってほしい気もするが、いいというのならそれで大丈夫だろう。
「それで、なんでユウマさんは魔法薬事典とにらめっこしてるんです?<スカー>の、ええとクロウさんでしたっけ?彼を助けるためにお薬が必要なんですか?」
アイリが興味深そうに、俺がペラペラとめくっている事典を覗き込んできる。
ううん♪アイリのいい匂いが……あぁ、ダメだ!集中だ!集中!! この香りはシトラス系か!?あ、いやいや匂いに集中するな!事典の内容に集中だー!!
「そうだ。ライカさん曰く、この薬の効能を見ればクロウの助ける方法が解るらしい。ふむふむ……なるほど、これなら何とかなるだろう。あぁー!でも薬草の在庫がないな!!それから、最後の薬の効能は……はぁっ!?マジか!?ライカさん……いや、これでいいのかよ!!孫だぞ!?むぅ……」
ブツブツといっている俺にサフィーナが面白そうに寄って来る。
「ユウマー。何か楽しそうだねー。サフィーナも何かお手伝いするよー?」
ヤバい。サフィーナには感覚共有化が漏れていたようだ。ニヤニヤしながらこちらを見ている。
「必要な薬草をリストアップするからアイリとサフィーナ、明日朝一番に買い出し頼めるか?俺は色々と準備があるからな。」
「「了解!!」」
忙しくなりそうだ。やることが山積みだ。うーん、間に合うか……。
アイリとサフィーナもやる気のようだ。
もう出たとこ勝負だ!!やってやる!!
†
日が中天近くにまで高くなり、夏の日差しがギラギラと照り付けている。
風もなく、集まった人々の肌をジリジリと焼いていく。
ここはエイラムの中央部に位置する騎士団駐屯地。通常は訓練場として使われている広場である。
今日、ここで闇ギルドのメンバーの処刑が行われる。集まったのは騎士団の面々と冒険者ギルドの上級職員、高ランクの冒険者たち。そして俺もその集まりに参加している。ここにはアイリやサフィーナは呼んでいない。処刑なんて見せたいとも思わないからだ。
今回、処刑されるのは闇ギルドの幹部2名と精鋭メンバー20名あまり。闇ギルドのアジトを強襲した事件の時襲ってきたもう一人の闇ギルド幹部たちは、後日、レガリアたちが撃破拘束することに成功したそうだ。ギルドマスターが実働部隊を率いるのは意外だったが、レガリアのスキルを見ると現役の冒険者などを凌駕している。当然の結果のような気もするな。
広場の中央に舞台のようなものが作られ、舞台上には簀巻きにされた闇ギルドの面々が虚ろな目をしている。
『これより闇ギルドメンバーの処刑を行なう。執行人は前へ!!』
バルムンクが処刑執行を宣言する。
俺は、執行人代行として前に出る。執行人たちは顔には黒い覆面を被り、顔を見えないようにしている。
俺も覆面を被り、巨大な戦斧を渡される。
順々に戦斧が振り下ろされ、叫び声もなく淡々と処刑が執行されていく。
もっと断末魔や命乞いが飛び交うかと思いきや、静かな処刑場は異様な空気に包まれている。
俺の隣、もう一人の幹部への執行が終わる。最後の執行は俺の番だ。
戦斧を持った手が汗でぬめる。
俺は、大きく戦斧を振り上げ、うずくまるクロウのクビに振り下ろす。
ガキンッ
すさまじい衝撃が俺の手を襲う。手を見ると戦斧の刃が粉々に砕けていた。
「くっくっくっく……そんなナマクラじゃ、僕を殺せないよ?さぁ、どうやって殺すの?」
クロウはうずくまったまま身体を揺らしながら笑う。
見物していた騎士たちがザワザワとしはじめる。
俺は、替えの戦斧を受け取るともう一度、振り下ろすが、結果は同じだった。
「はっはっはっはっは!!何度やっても同じことだよ。そんなもので僕を殺せない。さぁ、困ったな。僕は死なない。殺せない。さぁ、どうするのさ?」
クロウは上体を起こし、周囲を睥睨しながら言い放つ。
周囲は動揺したように、慌てだす。バルムンクも心配そうにこちらを見ている。
俺は無言で黒い覆面を取り、クロウに俺の顔をさらす。すると、クロウの顔が目に見えて歪む。
「お、お前は!!殺してやるぞ!!殺してやるからな!!」
クロウは体をよじるがそれ以上は動けないでいる。
「安心しろクロウ。楽にしてやる。」
俺は、クロウの顔面を殴りつける。そして、もう一度。
「ユウマ殿。早く処刑の執行を……」
俺の行動に慌ててバルムンクが処刑執行を促す。
「すいません。すこし感情的になっていて。次は大丈夫です。奴の首を飛ばしますから。」
俺はクロウをひざまずかせ、再び戦斧を振り上げる。
ズダン!!
轟音とともに、クロウの首が宙を舞った。
†
思えば、ろくでもない人生だったな。僕が前の世界で死んだのは14歳。自殺だった。
あんな世界、何の未練もない。みんなクソな奴ばっかりだ。親も何もわかっていない。世間体だけを御大層に大事にしてた薄っぺらい人間だった。
今回の人生は多少面白かったのにな……。神様には会えるし、チートな能力を貰えるし……
しかもファンタジーな世界に転生できるなんて、テンション上がって舞い上がってたんだけどな。
気が付いたら異世界にいて、ミチバタクロウって名前の少年だった。僕の本名は佐伯九朗だったから、同じ名前って、神様の仕業だったのかな?あんまり好きな名前じゃなかったんだけど。
でも、顔とかは前の世界とはかけ離れていた。前の僕は小太りでチビでメガネをかけて、お世辞にも格好良くはなかった。少しイケメンになっていてラッキーだとか思ってたな。僕がこの少年の身体を乗っ取ったってことになるのかな。それで、この世界の祖母の名前を聞いて驚いたっけ。なにせ、日本人だったから。初めて他人に優しくされたと思った。今思えば、一応身内なんだけどね。
僕はこの世界に来て、好き勝手に振舞った。ムカつく奴は殴って、欲しい物は奪った。だって、この世界はファンタジーだ。何でもできてしまう。すると回りは僕のことを恐れ始め、媚びる奴がでてきた。楽しかったな。ごつい男が僕なんかに頭を下げて……。まぁ、両親には早々に捨てられたけどね。親なんでどこの世界も同じようなものってことかな。
僕の【武具創造】でいろんなモノを作った。考えつくかぎりの剣や刀、鎧なんかも作り出した。そうすると回りが僕を特別扱いし始めた。優越感に浸るってことが心地よかったんだ。
闇ギルドと呼ばれる組織にも僕は席を置くようになった。悪い事なら何でもやった。人殺し?もちろん。僕の武器を売った奴が、それで殺そうとしてきたんだ。返り討ちにしてあげたよ。生意気にもそいつのせいで額に大きな傷跡が残っちゃったけどね。
そんなことを何度かやっていると闇ギルドでの地位も上がって、いつの間にか幹部にまで上り詰めていた。正直、何がしたいのかよく解らない組織だったから、そんなに興味はなかったが、金回りもよく、僕のいう事を聞く人間がたくさんいたから居心地は良かったんだ。
でも、アイツに会ってすべて台無しになったんだ。アイツが睨んできたときは、昔、苛められていたときのことがフラッシュバックしてきたんだ。あの目は以前の僕の目と同じだった。苛められて、どうしていいか解らなかった時、誰彼かまわず、あんな目で周囲の皆を睨んでいたっけ。アイツは血まみれになっても僕につっかかってきた。それも僕をイラつかせたんだよな。なんで諦めないのかって……。
で、気付いたら騎士団に捕まってたんだ。死刑だってさ。笑える。首切るんだって。斧で……。野蛮すぎるだろうって。死刑執行までの間、僕は気が狂いそうだった。なぜか吃逆が止まらなかった。でも、当日になると不思議と吃逆止まったんだよな。
最後に嫌がらせをしてやろうって思いついたのは処刑当日だった。最強の鎧を魔力が尽きるまで作り続けたら、相手がどんな反応をするか見て見たかった。そんな遊び心だったんだ。案の定、斧は壊れ、僕は無傷。周りのリアクションも上々。でも、斧を持ってたのがまさかアイツだったなんて……。
そして、僕の首は飛ばされたんだ。
あれ?なんで僕は今、こんなことを考えていられるんだろ?走馬灯にしてはちょっと長い気がする。
ん?何だか体中がムズムズする。何なんだろう。でも、温かい感触が僕を包んでる。
目を開けると、嫌なアイツの顔が目に入った。
「おぉ、やっと目が覚めたか。とりあえず、服を着ろ。裸じゃ都合が悪いだろう。」
アイツは僕に大きめの白いシャツを放り投げた。
はっ?
ない……。
はぁ!?
こっちはある……。
どうやら僕は、女の子になっていたようだ。
最後まで読んでくださってありがとうございます。




