↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アラスカでビットコインを掘ることになった  作者: 東川鬼面斎 - Easton Ghostmask


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/70

第八章 戻ってきたひとり

「へえ。シリコンバレーも、たまには一人くらい返してくれるんだ」


オールデンは、マレン・ベルが抱えている空き瓶の箱を見た。


「客にはいつもその挨拶?」


「九年も消えてた客にだけ」


「九年じゃない」


マレンは箱を腰にずらした。


「カレンダー持ってこようか?」


「いや」


「なら中に入って。暖気が逃げる」


会話がうまくいっているのか判断する暇もなく、彼女は背を向けた。


少なくとも、そのあたりは昔と変わっていない。


オールデンはマレンのあとを追って、モロウ・ハウスへ入った。


食堂だと思っていた。


だが、古い飼料店は、もっと分類しづらい場所になっていた。


正面側にはコーヒーカウンター。

テーブルはほとんど埋まっている。


その奥には低い壇と、予定でいっぱいのホワイトボード。

二人が折り畳み椅子を並べていた。


オールデンは奥を指した。


「あそこ、何に使ってる?」


「今日の夜? 学校の募金集会。木曜は救命講習。土曜は結婚五十周年のパーティー」


「貸し出してるのか?」


「ときどきね」


マレンは空き瓶をカウンターの裏へ置いた。


コーヒーを二つ持った女性が横を通る。


「キルトの会、火曜の六時に移したよ」


「完璧。ヴェラに水曜まで取られる前に、ボードに書いといて」


女性はそのまま奥へ行った。


オールデンは奥の部屋からカウンターへ視線を戻す。


「ここ、仕切ってるのか?」


「私の店」


オールデンはもう一度、マレンを見た。


もちろん彼女は気づいた。


「今の間、ものすごくカリフォルニアっぽかった」


「ここで働いてるんだと思ってた」


「働いてるよ」


「そういう意味じゃないのはわかるだろ」


「わかってる」


メニューを渡された。


「座って」


「ここで注文できる」


「ここに立ってレジを塞ぐこともできる」


オールデンは窓際の空いている席へ移った。


メニューは短い。


朝食。

スープ。

サンドイッチ。

コーヒー。

焼き菓子。


アンカレッジやシアトルの店を真似ようという気負いはない。


値段も、背伸びではなく計算の結果に見えた。


しばらくして、マレンがマグカップを持って現れた。


「コーヒー」


「頼んでない」


「コーヒー屋に入ってきたでしょう」


「法的拘束力はない」


「モロウ・クリークではある」


一口飲む。


うまかった。


マレンは彼の顔を見る。


「言っていいよ」


「まだ判断してない」


「昔のほうが、嘘が下手だった」


「昔のほうが、コーヒーもまずかった」


「それで十分」


背を向けかけたマレンに、オールデンが店内を顎で示す。


「ここ、いつ買った?」


「四年前」


「建物ごと?」


「ローンと貯金と、古い配管に対する大量の楽観で」


「改装したのか」


「ほとんどね」


「電気も?」


「そこは、ちゃんと知ってる人にお金を払った」


「賢明だな」


「高くつく賢明さだった」


オールデンは駐車場を見る。


ほぼ満車だ。


「なんで、この建物?」


「道路から入りやすい。駐車場がある。奥に広い部屋がある。それに、町から遠すぎないから人がちゃんと来る」


彼はマレンを見た。


「立地選定のモデルみたいだな」


マレンは一拍、彼を見つめた。


「ありがとう。あなたがいない間に、私も数字を覚えたの」


「そういう意味じゃ――」


「どういう意味かはわかってる」


カウンターの向こうから名前を呼ばれた。


「今行く」


マレンは一歩進み、振り返った。


「お母さんから聞いた。ヴォス・アークティック、売るんだって?」


オールデンはマグを置いた。


「母さんは話が早いな」


「お母さんは歩行器。話のほうが足が速いの」


「工場はほとんど動いてない」


「知ってる」


「製造は実質終わってる。ギャリックが修理仕事を少し残してるだけだ。事業そのものより、土地と設備のほうが価値がある」


マレンは向かいの空いた椅子の背にもたれた。


「戻って何日?」


「帳簿を見るには十分いた」


「日数を聞いたんだけど」


オールデンは少し笑いそうになった。


「母さんと情報交換してるだろ」


「必要なかった」


マレンは身体を起こす。


「相変わらずだね。不都合な質問をされると、“正確な情報”で答える」


「たいてい、それで足りる」


「カリフォルニアでも足りた?」


声は小さかった。


聞こえなかったふりもできた。


でも、しなかった。


「……いや」


マレンの表情が少し変わった。


だが、憐れみではなかった。


「そっか」


それだけだった。


気の毒に、とも言わない。


失敗についての説教もしない。


何があったの、と慎重に踏み込んでもこない。


オールデンは、思った以上にそのことへ感謝していた。


マレンは彼のメニューを取り上げる。


「ターキーメルトでいいよね」


「まだ注文してない」


「三年間、毎週食べてた」


「店が違う」


「性格はカリフォルニアでも生き残ったみたいだから。サンドイッチにも賭けてみる」


そう言って厨房へ行った。


オールデンは、もう一度店内を眺めた。


カウンター近くでは、親が子どもの宿題を見ている。

窓際の男は、スープの横にノートパソコンを開いていた。

奥の部屋では、折り畳み椅子が三列きれいに並んでいる。


マレンは故郷へ戻って、ただ仕事を見つけたわけではなかった。


何かを作ったのだ。


まだ部屋を見ていたところへ、サンドイッチが運ばれてきた。


オールデンが言う。


「まだターキーなんだな」


「成長にも限界はあるから」


思わず、一度だけ笑った。


マレンは皿を置く。


「驚いてる」


「サンドイッチに?」


「私に」


オールデンは彼女の目を見た。


答える前に、またカウンターから呼ばれた。


マレンは向きを変え、それから足を止める。


「食べて。まだ気になるなら、明日また来れば? 三部屋同時に回してない時間に」


彼女は仕事へ戻っていった。


オールデンは埋まった店内を見た。


それから、テーブルも予定も割り込みも、すべて自分の置いた場所にあるように動き回る女を見た。


モロウ・ハウスへ来た理由は、マレンがここで何をしているのか知るためだった。


その疑問には、もう答えが出た。


残ったのは、もっと答えにくいほうだった。


なぜ彼女は、戻ってきたのだろう。


お読みいただき、ありがとうございます。


本作は、作者本人が海外の小説投稿サイトで発表しているオリジナル作品の日本語版です。


続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。


――東川鬼面斎

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。