第六十章 難易度
採掘機には、いい一日だった。
会社には、それほどいい日ではなかった。
オールデンが気づいたのは、プールの報酬明細を見たときだ。動いているべき百二十台は、すべて応答していた。合計のハッシュレートは毎秒十ペタハッシュを少し超え、想定どおり。無効な計算結果も停止時間も、いつもの範囲だった。道がトラックを呑み込むことも、三日間起きていない。
なのに、その仕事に対して入るビットコインが少なかった。
前の週を開き、さらにその前を開いた。同じ傾向がある。プールの手数料は変わっていない。稼働履歴にも、まとまった空白はなかった。水力と買電の記録を見ても、電気代が急に跳ね上がったわけではない。
ファンの部品を片手に、ギャリックが来た。
「何が壊れた」
「何も」
三枚のモニターを見る。
「何も壊れてない顔だな」
「そんな顔はない」
「ある。何も壊れてないのに、気に入らんときの顔だ」
オールデンは一枚を彼へ向けた。
「同じ仕事をしてる」
「ああ」
「もらえるビットコインは減ってる」
ギャリックは待った。
ネットワークの統計を開く。
「採掘難易度が上がった」
「悪いのか」
「同じことをして報酬が減るのが、好きかどうかによる」
「たいていは嫌いだ」
グラフを指した。
「ネットワーク全体の計算力が増えた。ブロックが見つかるペースをほぼ一定に保つように、難易度が調整される。うちが遅くなったんじゃない。全体の中で、うちの取り分が小さくなった」
ギャリックは窓の向こうのラックを見た。
「あれは昨日と同じことをしてる」
「そう」
「電気も同じ」
「ほぼ」
「音も同じ」
「間違いなく」
「金は減る」
「ビットコインが減る」
ギャリックはうなずいた。
「たちが悪い」
「どうして?」
「壊れたファンなら換えられる」
机に部品を置き、グラフを指した。
「こいつは、レンチで叩けん」
それだけ言って出ていった。
オールデンは机のファンを見た。助言というわけではない。ただ、正確だった。
採掘の収支モデルを更新した。
これまでの収入予測は、同じ機械を持ちながら、一つのブロック報酬を争う相手が今より少なかった世界を前提にしていた。その世界は、こちらの許可を求めず終わっていた。
予想獲得量を下げると、表はすぐに応じた。
採掘収入が下がる。電気代は下がらない。給与も保険料も下がらない。機械には相変わらずファンと電源装置とネットワーク機器、それを直す人間が必要だった。
今月の経営は成り立つ。ただ、利益の余裕が薄くなった。割合の数字より、そのことが大きかった。
設備一覧を出す。
混成の百二十台。新しくも、特別に効率がよくもない。多くは、持ち続ける面倒に見合わないと誰かが判断したから、ここへ来た機械だった。
安い電力、修理、そして根気で、もう一度使えるものにしてきた。
難易度は、そんな事情を考慮しなかった。
電力効率で並べ替えた。修理時間でも並べた。実際に使う電気代を引いたあと、各機がいくらを残すかでも見た。
よい機械と悪い機械に、きれいには分かれなかった。分かれたなら簡単だった。
大半にはまだ余裕がある。だが一部にはない。
古い十八台が、境目に近づいていた。難易度か、ビットコインの価格か、買電単価がもう一段変われば、物理的に壊れる前に、動かすべきではない機械になる。
〈稼働利益――現状〉と列を足し、その隣に〈稼働利益――条件悪化時〉を作った。
破局的な想定にはしなかった。難易度を少し上げ、価格を少し下げ、春の水力ではなく冬の電源構成を当てはめた。
十八台のうち、七台が赤字になった。
最初に安いASICを買ったときの問いは、見栄えの悪い機械を役立つものにできるか、だった。今は、役に立つと証明した機械の一部で、その答えの有効期限が切れようとしていた。
昼、スープの横でパソコンを開いている彼を、マレンがカウンターで見つけた。
「表まで連れてきたの」
「連れてきたのはパソコンだ」
「勝手に表を開いた?」
「そう」
「怖いわね」
コーヒーが置かれる。画面を少し向けた。
「採掘難易度が上がった」
向かいに座ったマレンが訊く。
「意味を知っておく必要、ある?」
「同じ機械で同じ仕事をして、得られるビットコインの取り分が小さくなった」
「それならわかる」
「なぜかは訊かないんだ」
「理由で、あなたのすることが変わるなら教えて」
彼は統計のタブを二つ閉じた。
「腹が立つほど効率的だ」
「飲食店だもの。値上げのたびに化学の説明を求めてたら、お昼を出せない」
マレンが表へ顎を向けた。
「赤字?」
「違う」
「機械が壊れた?」
「違う」
「電気が高くなった?」
「違う」
「じゃあ、何が変わった?」
「同じ操業で稼げる額が減った」
「直せる?」
「ネットワークは直せない」
「何なら直せる?」
設備一覧を見た。
「どの機械に電気を使わせるか」
彼女は続きを待った。
「悪いほうの十八台も、今は動かす意味がある。ただ、次に条件が変わったら、何台かはなくなるかもしれない」
「そのとき止めればいい」
「数字がそう言うなら」
「それで、買い替える?」
オールデンはその問いを考えた。
グラフを大きくしたくて増設するのとは違う。同じ場所。同じ電力の上限。古い箱を減らし、より少ない台数で、より多くの仕事をさせられるかもしれない。
「かもしれない」
マレンはコーヒーを飲んだ。
「お金のかかりそうな返事ね」
「かかるかもしれない」
「今日決める必要は?」
「ない」
「よかった」
「なぜ?」
「あなた、何かが楽に回り始めると、すぐ大きくしようとするから」
「今はそういう話じゃない」
彼女は一覧をもう一度見た。
「そうね」
厨房から呼ばれて立ち上がった。
「今度は、何が古くなったのかを決める話みたい」
そう言って仕事に戻った。
オールデンは計算を開き直した。単位ハッシュレートあたりの古い報酬予測を、現状の値へ置き換える。答えをよく見せるために稼働率を上げることも、難易度が元に戻ると仮定することも、ソロ採掘の実験を追加することもしなかった。
十八台を独立した運用グループにし、〈監視・更新・抑制〉と保存した。
〈購入〉でも〈増設〉でもない。
月間の予想収入は低いところで落ち着いた。黒字ではある。居心地は悪くなった。
天候でも電気料金でも、ヴォス・アークティックで直せる故障でもなく、初めてビットコインのネットワークそのものが圧力をかけてきていた。
午後、更新した採算を携帯で見ながら採掘区画を歩いた。音は同じ。点滅する灯も同じ。四十二号機には、何か月か前にギャリックが換えたファンがついている。別の機械には他機から移した電源があり、最初の修理のときのテープが残るものもあった。
引退するほど古びて見えるものは、なかった。
採算が壊れるとき、焦げ跡が残るとは限らない。
列の端で、摩耗したファンガードを換えていたギャリックが訊いた。
「何台か止めるのか」
「今の価格と電源構成なら、止めない」
「なら動かす」
「今はね」
「何が変われば変える?」
「難易度。価格。電気代。修理の負担」
最後の留め具が締まった。
「ほとんど全部だな」
「正解」
「境目を越えたら?」
「まだ電源が入るって理由だけで、電気を与え続けるのをやめる」
「答えは出てるじゃないか」
オールデンは機械を見た。
今は。
その言葉は、確信よりも役に立つようになっていた。
事務所へ戻って予測を保存した。収入の線は下がっている。
市場の画面を閉じる前に、隣のモニターのビットコイン価格が更新された。
そちらも、下がっていた。
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本作は、作者本人が海外の小説投稿サイトで発表しているオリジナル作品の日本語版です。
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――東川鬼面斎




