第五十八章 熱は本物だ
翌朝、電力会社はヴォス・アークティックに、負荷の一部を戻すことを認めた。
全部ではない。それでも、役に立つだけはあった。
オールデンは採掘機をグループごとに起動し、冬の通常運転には遠いところで止めた。ナディーンは、非常事態が終わったとは言っていない。谷はまだ寒く、住宅の需要も大きかった。余力には、まだ意味がある。
それでも回収回路は温まり、モロー・ハウスの緑の灯もまたついた。
ボイラーが永久に止まったわけではない。燃える回数が減った。
それで十分だった。
昼前には、前日から来ていた何人かが家に戻っていた。一方、夜のうちに暖房が壊れて、新たに二人が来た。マレンは暖まれる部屋を開けたまま、その周りでいつもの商売も続けていた。
オールデンはギャリックに持たされた箱を抱えて入った。
「何、それ」
「電気ヒーターを三台」
「だめ」
「修理が済んで、家へ戻る人に貸す分」
「それなら、さっきよりいい答え」
「ここで使うものじゃない」
「ますますいい」
箱をカウンターのそばに置いた。
「貸し出しの記録をつけてくれって」
マレンは黄色いパッドを渡した。
「じゃあ書いて」
「僕に書類仕事を作ったね」
「いい先生がいるから」
〈貸出ヒーター〉と書く。マレンが肩越しにのぞいた。
「また表計算を作らないでよ」
「そのほうが整理できる」
「そのぶん遅くなる」
紙のままにした。
奥の壁際では、年配の男が両手でコーヒーカップを包んでいた。スープは二度断り、パイはすぐ受け取った人だ。帰郷してから町で見かけた覚えはあったが、オールデンはそれ以上を知らない。
マレンは知っていた。
「そこ、寒くない?」
「暑すぎる」
「寒くないってことね」
男はまたパイを食べた。
天井近くのテレビでは、音を消した地元の天気予報が流れている。その下に、いつもの平日の午前なら、一緒にいる理由のなかった人たちが座っていた。
オールデンが携帯で熱回収の状態を見ると、マレンに見つかった。
「まだ動いてる?」
「ああ」
「じゃあ、見とれるのはやめて」
「見とれてない」
壁際の男が顔を向けた。
「それが、ビットコインってやつか」
携帯を下ろした。
「暖房の仕組みですか」
「機械だ」
「ええ」
男はカップを前に顔をしかめた。
「まやかしの金だ」
マレンは振り返りもしない。
「オールデンが採掘を始めてから、ずっと言ってるわね」
「今も変わらん」
機械室の扉のそばを見た。緑の灯がついていた。回路を回収熱が流れている。ボイラーは待機していたが、そのときは燃えていなかった。
オールデンは男のテーブルへ行った。
「今、ビットコインの熱で暖まってますよ」
男は彼を見、それから機械室を見た。
「そうか」
「ええ」
「管の中に、ビットコインはいくら入ってる」
「入っていません」
「なら、ビットコインの熱じゃないだろう」
「採掘機はビットコインを掘るときに熱を出す。その一部を回収して、ここへ送っています」
男は少し考えた。
「コンピューターの箱が熱くなる」
「かなり」
「それを外へ捨ててたのか」
「そうです」
「馬鹿なことをしたな」
向かいの椅子を引いた。
「気づくまで、少しかかりました」
男は部屋を見回した。
窓際では、暖房の部品を待つ女性が本を読んでいる。子ども二人がボードゲームで言い争い、カウンターではマレンが、ギャリックにボイラーを直してもらった人の帰りの車を手配していた。
男はコーヒーを飲んだ。
「それでもビットコインは、まやかしの金だ」
オールデンは反論しなかった。
男は部屋に顎を向けた。
「熱は本物だ」
スープを二つ運んでいたマレンが、そばを通った。
「二人で貨幣論の決着はついた?」
「いや」
「よかった。三番テーブルにスプーンをお願い」
そのまま行ってしまった。
男が彼女を見送る。
「ずいぶん使われてるな」
「彼女の建物ですから」
「答えになってないぞ」
「僕には十分なんです」
男はカップに口を寄せて笑った。
オールデンはスプーンを取りに行った。
昼近く、ギャリックが車を返しに来た。奥の部屋を見てから、ヒーターの貸出台帳を見る。
「うちの備品を飲食店へ持ち込んだのか」
オールデンはクリップボードを渡した。
「送ったのはそっちだ」
「ヒーターはな。書類にしたのはおまえだ」
「マレンだよ」
ギャリックはカウンターを見た。
「だろうな」
名前を追う。
「この二軒、もう帰れるのか」
「一軒は。もう一軒は明日の部品待ち」
「なら、一台は今夜戻るな」
クリップボードが返ってきた。
「ほかには?」
「コーヒーは、まだあそこにある」
「役に立つ情報だ」
ギャリックはカウンターへ行った。
午後、ナディーンからまた電話が来た。
「削減の大半は解除できる」
「大半?」
「欲張らないで」
「そのつもりはない」
「珍しいわね」
オールデンは笑った。
「残りを戻せるのは?」
「暖房需要が落ちてから。こっちから知らせる」
「了解」
電話を切り、採掘の操作画面の上で指を止めた。
いつもの冬の運転には、あと数回の操作で戻れる。
全部は戻さなかった。
奥の部屋はまだ開いている。谷の電力はまだ苦しい。機械なら、あと数時間待たせても、大切な何かが壊れることはない。
電力会社の余裕が許すところだけを戻し、携帯をしまった。
マレンが黄色いパッドを持ってカウンターに立っていた。
「いい知らせ?」
「少しは」
「電力会社?」
「余裕ができた」
「じゃあ、うちの緑の灯もつく?」
「今より長く」
奥へ顎を向けた。
「助かる」
オールデンは、まだ部屋に残っている人たちを見た。
「この張り紙は取っておくわ」
「次のため?」
「アラスカだもの」
「答えになってない」
「十分でしょう」
マレンは張り紙を、カウンター下の引き出しへしまった。
外では、寒さが居座っていた。
中では、熱を運ぶポンプが回り続けた。
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本作は、作者本人が海外の小説投稿サイトで発表しているオリジナル作品の日本語版です。
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――東川鬼面斎




