第五十七章 モロー・ハウスは開いている
マレンがかけ直してきたのは、四十三分後だった。
「トラックを一台、お願い」
オールデンは事務所の窓から、停止した採掘機の列を見た。
「何に使う?」
「高齢者用のアパートで人を乗せて、それからクリーク・ロードの脇の二軒。ギャリックが戻っていれば彼のを。まだなら、あなたの」
「もう名前までそろってるのか」
「電話に出た人の名前なら」
同じことではない。だからこそ、その名簿を信用できた。
「何が起きてる?」
「温風暖房が二軒で止まった。一軒はまだ暖かいけど、住んでる方が八十二歳で、困ってからでは遅いって。ギャリックの行ったアパートはまだ暖かいけど、工事のあいだは別の場所にいたい人がひとり」
修理の予定を見た。十分前にギャリックから来たメッセージがあった。
〈ポンプはひどい。建物は暖かい。あと一時間〉
「何を用意するつもり?」
「暖まれる部屋」
「モロー・ハウスに?」
「そう」
「もう決めたんだね」
「ええ」
「車のほかには?」
「今はない。ナディーンの頼みを続けて」
通話が終わった。
採掘機の大半は停止したまま。修理工場、ポンプ、制御、凍結防止、熱回収は動いている。店へ届く熱はいつもより少ないが、その不足を補うためのボイラーがある。
今回いちばん役立っているのは、彼が手を加えなくても済むという、この仕組みの性質だった。
採掘機は戻さなかった。
一時間後、ひげに氷をつけたギャリックが、壊れた循環ポンプを積んで帰ってきた。
「アパートは?」
「落ち着いた。仮のバイパスを通した。暖房はある」
「マレンがトラックを使いたいって」
故障したポンプを台車に置く。
「物騒な話だ」
「巡回ルートも決めてる」
「ますます物騒だ」
渡された住所の一覧を、一度だけ読んだ。
「ヘラーさんを先にしたか」
「知り合い?」
「まだ待てると言うぞ」
「待てるのか?」
「無理だ」
鍵を取ったギャリックに、オールデンは修理の予定表を示した。
「次の依頼は?」
「おまえだ」
「音で故障を聞き分ける耳は持ってない」
「じゃあ測定器を使え。文明の利器だ」
ギャリックはまた出ていった。
正午には、モロー・ハウスは、ふだんどおりの飲食店でいるのをやめていた。
テーブルを二つ壁際へ寄せ、表側はコーヒーと食事のために空けておく。奥の部屋は、暖を取るための場所にした。そこに置いたものに値段はつけなかった。
扉にはプリンター用紙が一枚。
〈暖まっていってください。ご注文は不要です〉
その横に、もう一枚。
〈送迎が必要な方は、カウンターまで〉
電力会社は、彼がメーターの横に張りついていなくても、今の削減量なら対応できる。ナディーンからそう聞いて、オールデンは店へ来た。
計画は持ってこなかった。
マレンにはもう、計画があった。
裏口の近くの折り畳みテーブルに、コーヒー、湯、スープ、紙コップ、寄付された菓子の箱が並ぶ。子どもの場所には敷物が二枚と、ボードゲーム、クレヨン。子どもから目を離さないよう、大人への張り紙もあった。
カウンター近くの黄色い罫紙は、三つに仕切られている。
〈確認済み〉〈送迎が必要〉〈暖房あり・自宅待機〉。
「配車表を作ったのか」
「名簿よ」
「同じだろう」
「違う。こっちにはスープがつく」
カウンターの奥から、冬物の上着を袋に入れた女性が来た。
「教会の備蓄から、あと三着」
マレンはコート掛けを指した。
「大人用はそこへ。子ども用は奥の壁のところに」
女性が離れると、オールデンは訊いた。
「何人来る?」
「わからない」
「受け入れきれる?」
「椅子の数は知ってる。出口の位置も。ホテルになったつもりにならず、何人に食べてもらえるかも」
「それならいい」
「それと、迎えを出す前に全員へかけ直したわ。歳を取ってるからって、こっちの都合で回収しに行かない」
オールデンはうなずいた。それは大事なことだった。
「また、その顔」
「どんな?」
「表計算がなくても私が仕事をできると、今ごろ発見した顔」
「できないなんて言ってない」
「言いそうだった」
外にピックアップが止まった。
厚いパーカの老婦人と、酸素濃縮器を持つ男性を連れて、ギャリックが入ってきた。オールデンが動くより先に、マレンは内側の扉を開け、通り道を空けた。
「壁のコンセントを使って。電源タップじゃなくて」
酸素濃縮器の男性はうなずいた。
「コードは持ってきた」
「よかった。何かあったら私かカウンターに声をかけて」
老婦人が片方のミトンを外した。
「私は大丈夫だって、ギャリックに言ったのに」
「大丈夫でしたね」
後ろで扉を閉めながら、彼が言う。
「今だって大丈夫よ」
「じゃあ、ここで大丈夫でいてください」
マレンが上着を受け取った。
ギャリックはスープの台へ目をやる。
「俺にも飯は出るか」
「あなたには家があるでしょう」
「空いた腹もある」
「別の緊急事態ね」
それでも彼はカップを取った。
扉がまた開いた。少しして、また開いた。
押し寄せる群衆はいない。一人、二人とやってくる。温風暖房が止まった家。循環ポンプが壊れた家。暖房はあるが足りない家。一日のいちばん寒い時間を、ひとりでは過ごしたくない人。
マレンは名簿に印をつけ、さらに二本電話をかけ、一台の車を〈送迎が必要〉から〈迎えに移動中〉へ移した。
オールデンは指示された場所へ椅子を運んだ。
一度、サーモスタットを見に行って、マレンに見つかった。
「触ったら厨房の手伝いに回すわよ」
「負荷を確認してる」
「目で確認して」
部屋は暖かかった。
採掘が減ったぶん熱量はささやかでも、回収の表示灯はついている。不足にはボイラーが応じた。ヴォス・アークティックから届く熱だけで足りるかどうか、ボイラーは気にしない。
オールデンは携帯をしまった。
子どものテーブルで、男の子が強く振りすぎたさいころを椅子の下へ飛ばした。年配の男がブーツの先で取り出してやる。
誰かが笑った。
避難所の音という気がしなかった。
モロー・ハウスの音だった。
午後半ばには、ギャリックが住宅二軒の暖房を復旧させ、もう一軒は部品待ちになっていた。マレンは帰宅の送迎を二件消し、翌朝の確認先に新しい住所を加えた。
「もう明日の計画?」
カウンター脇でオールデンが訊く。
「明日も寒いもの」
「今夜はナディーンがもう少し負荷を戻してくれるかもしれない」
「よかった」
「回収できる熱も増える」
「それも、よかった」
マレンはマーカーに蓋をした。
「でも、あなたの採掘機が動くかどうかを当てにして、ここを開けるつもりはない」
オールデンは緑の灯を見た。
「そういう設計にした」
「それは、あなたの設計」
マレンは部屋を指した。
「こっちは、私の」
スープを飲む人。カードをする人。携帯を充電する人。家がまた安心して帰れる場所になるのを待つ人。
オールデンはうなずいた。
マレンが、さらに椅子を重ねて渡してきた。
「よろしい。じゃあ、働いて」
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本作は、作者本人が海外の小説投稿サイトで発表しているオリジナル作品の日本語版です。
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――東川鬼面斎




