第五十六章 寒波
夜明け前、ナディーンから電話が来た。
「負荷を落としてほしいの」
オールデンは身を起こした。
「ピーク料金の時間帯?」
「違う。供給力の問題」
言い終わらないうちに、ベッドを出ていた。
ヴォス・アークティックに着くころには、事情が見えてきた。寒さが谷全体の電力需要を押し上げていた。住宅の暖房も商業施設も電力を食い、何かもうひとつ起きた場合の余力が、ナディーンの望む水準を下回っている。
「遮断に応じる契約のお客さんには、みんな削減を頼んでる」
「どれくらい?」
「別の問題を起こさない範囲で、できるだけ」
オーソンの事務所の窓越しに採掘区画を見た。新旧取り混ぜた機械が、およそ百二十台。水力は一月なりの出力で動いている。銘板にある四百五十キロワットとは別の数字だと、今は身にしみてわかっていた。
残りを電力会社が支えている。
機器の制御画面を開いた。
「今の単価でも、採掘機は利益が出てる」
「料金の話で電話したんじゃないの」
買電メーターを見た。
「わかってる」
十一月のピークを経験したあとに組んでおいた停止グループを使い、効率の低い列から落とした。区画のあちこちでファンの音が消え、買電量も下がる。
上着に腕を通しながら、ギャリックが入ってきた。
「どのくらい悪い」
「電力会社から負荷を減らせと」
「値段か」
「供給力」
暗くなっていく列をギャリックが見た。
「今度は理由が違うな」
「ああ」
さらに止めた。ハッシュレートは大きく落ちたが、買電メーターは望む方向へ動いていた。
残した採掘機、修理工場、制御装置、ポンプ、凍結防止のヒーター、それに熱回収設備。その合計を、水力がほぼ賄えるところまで下げて、ようやく手を止めた。
新しい計測値をナディーンへ送った。一分もたたずに電話が来た。
「助かるわ」
「いつまで?」
「わからない」
「君も好きじゃない答えだろう」
「ええ」
「僕もだ」
「連絡するまで、そのままで」
通話が切れた。
採掘区画へ出ると、一時間前より半分以上の場所が静かだった。
どこも壊れていない。採算が取れなくなったわけでもない。それでも自分で止めた機械だった。
動かない列のそばでギャリックが言う。
「にらんでりゃ、機械が申し訳ながるとでも思うか」
「温度を見てる」
「自分で止めた機械のか」
「室内の温度は、まだ大事だ」
「そっちの答えならいい」
工場の電話が鳴った。
受話器を取ったギャリックの顔が、返事をする前に変わった。
「ボイラーは入れとけ。もうリセットするな」
オールデンは振り返った。
「寒いのはわかってる。だから何度もリセットするなと言ってる」
段ボールの切れ端に住所を書きつける。
「集合住宅?」
電話が終わってから訊いた。
「四戸だ。循環が悪い」
「行くのか」
「ああ」
「何が要る?」
「トラック」
「助けようがない返事だな」
「もう積んである」
ギャリックは搬入口へ向かった。オールデンもあとを追う。
「部品が要ったら連絡して」
「自分の勤め先くらい知ってる」
そう言って出ていった。
二十分後、また電話が鳴った。別の建物の、別の故障だった。オールデンは事情を聞き、修理の予定表を確認し、ギャリックはすでに出ていると伝えた。
八時には、採掘するビットコインは減り、修理の仕事は今週いちばん忙しくなっていた。ナディーンから削減解除の連絡は、まだない。
モロー・ハウスの状態を確認した。熱回収は続いていたが、動く採掘機が少ないぶん熱量も減っている。不足分は店のボイラーが補っていた。二度目の設計で意図した、そのとおりに。
こちらからかける前に、マレンの電話が鳴った。
「熱はどれくらい来てる?」
「昨日より少ない」
「採掘場の問題? 電力会社?」
「電力会社。止められる採掘負荷は、大半を止めた」
「よかった」
オールデンは少し黙った。
「僕の損がいくらか、訊かないんだね」
「寒さのために人が何を払うかなら、知ってる」
「今、何をしてる?」
「電話」
「何の?」
「暖房の足りない人を探してるの」
事務所の窓から、暗いラックを見た。
「僕にできることは?」
「まだない。電気は抑えたままにして」
「それならできる」
「またかける」
マレンは電話を切った。
オールデンは、採掘機を止めたままにした。
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本作は、作者本人が海外の小説投稿サイトで発表しているオリジナル作品の日本語版です。
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――東川鬼面斎




