第五十五章 給料を先に
経営の苦しかった年をひとつ探すつもりが、いくつも見つかった。
記録は一か所にはなかった。給与台帳はオーソンの机の後ろの箱に、買掛金の支払状況は別の棚に。設備の見積書は保守記録のバインダーに折り込まれ、事業主への支払いは、レノーラが年ごとにまとめた会計帳票に埋もれていた。
最初に見つけた苦しい冬を、オールデンは机に広げた。
二社からの入金が遅れている。鋼材の仕入れ先は一か月以上待たされていた。更新する機械は見積もりを取り、承認まで済ませてから、翌四半期に延期されている。
その月、オーソン自身への支払欄は空白だった。
従業員の給料は、金曜日に振り込まれていた。
次の支給期を見た。金曜日。
その次も、金曜日。
別の年を開く。客も機械も違ったが、苦しさの形は同じだった。仕入れ先への未払いが繰り越され、修理が延び、設備購入が予定から丸ごと消えた。
給料は支払われていた。
オールデンは表への日付の入力をやめた。傾向線は要らなかった。線を引くほど複雑な話ではない。
日付の決まった義務がある。
動かしてもいい判断がある。
暖房の制御部品を箱に入れて、ギャリックが事務所へ来た。
「帳簿を壊したか」
「壊してない」
「なら、どうしてこんなに散らかってる」
オールデンは給与台帳を一冊、彼へ向けた。
「父さんが自分への支払いを止めてたこと、知ってた?」
「ああ」
「知ってたのか」
「ここで働いてたからな」
周りの書類を指した。
「金が足りなくなると、最初に何を延ばした?」
「延ばせるものを」
「設備?」
「たいていは」
「仕入れ先への支払い?」
「レノーラが待ってもらえれば」
「父さんの取り分?」
ギャリックはうなずいた。
「給料は?」
「金曜日があった」
オールデンは台帳へ目を落とした。
「実際に、金曜に払ってる」
「だいたいはな」
「ほかをみんな先送りしても」
「そこをずらすと、困る人間がいる」
日付のひとつを指で押さえた。
「昨日話してたのは、この年?」
「そうかもしれん」
「覚えてない?」
「氷は覚えてる」
「会計の仕組みとしては、ひどいな」
「会計には、レノーラがいた」
ギャリックは箱を持ち直した。
「誰を大事にするかっていう、父さんなりの規則があったわけじゃないんだな」
肩が軽く動いた。
「待てる支払いと、待てない支払いがあったんだろう」
制御部品を抱えて、作業場へ戻っていった。
オールデンはまた記録をめくった。
別の苦しい時期。六十日を超えて回収できない請求書。ポンプの発注書には、〈春まで待つ〉。仕入れ先の明細の余白には、手書きで何度も支払予定が記されている。設備の見積もりには、〈売掛金の回収後に再検討〉。
その次に、給与台帳。
いつもの日付。いつもの名前。いつもの金額。
オーソンは先の見えなさを解決していたわけではなかった。
待つことに耐えられる場所へ、その負担を移していたのだ。
機械には待ってもらう。自分の取り分も待つ。ときには電話をかけ、約束をして、仕入れ先にも待ってもらう。
資金繰りが都合よくいかないからといって、給料日まで都合よく動くものにはしなかった。
オールデンは、今のヴォス・アークティックの資金繰り予測を開いた。
父と同じ窮地にいるわけではない。採掘は利益を出し、修理の仕事も帰郷したころより増えた。一件の入金が滞っただけで預金が尽きる状態でもない。
だからこそ、今のうちだった。非常事態になる前に、分けておく。
日付の決まった支出を、表の上のほうへまとめた。
次回の給料。
電気料金。
保険料。
税金。
検討中だった設備の案を二つ、その下へ移した。
どちらも消しはしなかった。ただ、先に支払われて当然だという顔を、させないことにした。
古い台帳をもう一度見た。
父が未来にかかる費用を、いつも正しく知っていたわけではない。
知らなかった。
ただ、どの金にはもう役目があるのかを、知っていた。
オールデンは台帳を閉じた。
最後に見たページでは、ほとんどすべての予定が、一度は動いていた。
金曜日だけは、動いていなかった。
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本作は、作者本人が海外の小説投稿サイトで発表しているオリジナル作品の日本語版です。
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――東川鬼面斎




