第五十三章 最初の請求書
マレンは二枚の紙をテーブルに並べた。
一枚は燃料会社から。もう一枚は、ヴォス・アークティックから。
向かいに座ったオールデンが言う。
「わざわざ印刷したのか」
「請求される気分を、きちんと味わいたくて」
「支払いは電子決済だったのに」
「紙に腹を立てる権利くらい、あるでしょう」
昼の混雑は引いていた。店は暖かく、裏の回収熱の表示灯もついている。その理由を気にする客はいなかった。
オールデンがパソコンを開くと、マレンが即座に言った。
「だめ」
「まだ何も言ってない」
「表計算を開いた」
「それは反対理由にならない」
「だいたい、そこから始まるのよ」
彼は画面を彼女へ向けた。
実際に役立つデータが、一週間分たまっていた。ようやく店のふだんの暖房使用量と比べられる。もちろん、同じ条件ではない。天候も客足も変わるし、採掘場が出力を落としたときや回収熱だけでは足りないときには、ボイラーも働く。
それでも、届けた熱と、店が引き続き買った燃料とを合わせて考えれば、もう机上の話ではなかった。
マレンの支出は減っていた。
一年の経営を変えるほどではない。ただ、彼女がとりわけ嫌う寒い月に、その差は確かに意味を持っていた。
「ここが、同じくらい寒い時期の通常の燃料使用量」
最初の列を指す。
「自分の燃料代は知ってる」
「比較の基準を示してるんだ」
「比較の基準が好きだってことは、よく伝わるわ」
聞こえなかったことにした。
「こっちは回収回路を入れてから、ボイラーが実際に使った分。これが採掘場から届いた熱。こっちが、うちに払ってもらった金額」
マレンは合計を見た。
「つまり、安く済んだ」
「そう」
「どれくらい?」
画面を自分へ戻す。
「外気温の差をならして、客数が多かった日の影響も補正すると――」
「オールデン」
口をつぐんだ。
彼女は燃料の請求書を指で叩いた。
「暖房に使ったお金は、減った?」
「減った」
「減ったと言うだけの、意味があるくらい?」
「ある」
マレンは背もたれに身を預けた。
今度は、冗談を言わなかった。
オールデンは数字を見直した。請求額をそのまま比べるのが気に入らず、何日もかけて比較を整えていた。気象条件は違う。客も増えている。電力需要のピークには採掘を抑えた。回収設備はまだ試験段階で、ボイラーが大半を担った日もある。
そのすべてを、表なら説明できた。
けれどマレンが見ていたのは、壁のカレンダーだった。
「どうした?」
一月の、二つの火曜日を彼女は指した。
「暇な晩は、奥の部屋を早く閉めるの」
「知ってる」
「毎晩じゃない。開けておくより、暖房代のほうが高くつくときだけ」
いくつかの夜の枠が、線で消されていた。オールデンは、それを単なる空欄だと思っていた。
「予約が入ってた?」
「入っていた日もあるし、ただ開けていた日もある。コーヒーを飲んだり、カードをしたり、みんなが部屋を使ったり」
「暖房代で、やめたのか」
「それも理由のひとつ」
彼はパソコンへ目を戻した。
マレンは二枚の請求書に顎を向けた。
「じゃあ、もう少し長く開けていられる?」
オールデンは表を閉じた。
「いられる」
「どれくらい長く?」
「それは、まだわからない」
「それでいい」
「モデルもない見積もりでいいの?」
「火曜を二つ、消さずに残してみる。それでどうなるかを見るくらいならね」
彼はカレンダーを見た。
「それは試験だ」
マレンが笑った。
「気をつけて。私のやり方が好きになるわよ」
ヴォス・アークティックの請求書を取り上げる。
「ひとつだけ」
「何?」
「料金の決め方は、これからも見えるようにして」
「そうする」
「採掘場が儲かった月だからって、急にうちの熱まで高くしないこと」
「しない」
「本設の配管にお金がかかりすぎて割に合わないなら、そう言って」
「言うよ」
「成功を証明したいからって、大工事の英雄になろうとしないで」
オールデンは彼女を見た。
「ずいぶん僕に狙いを定めた言い方だ」
「狙ったもの」
彼はうなずいた。
「わかった」
マレンは燃料代の請求書を折り、レジの下へしまった。
ヴォス・アークティックの分は、別のフォルダーに入った。
見えたラベルには、〈暖房〉とだけあった。
〈試験〉ではなかった。
引き出しが閉まる。
裏でボイラーが数秒だけ燃焼した。回収熱が追いつくと、また静かになった。
マレンは音のしたほうをちらりと見て、それからカレンダーへ視線を戻した。
火曜日を消していた線を、ひとつ消した。
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本作は、作者本人が海外の小説投稿サイトで発表しているオリジナル作品の日本語版です。
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――東川鬼面斎




