第五十二章 あたたかい店
昼どき、ボイラーの火が消えたことに、客は誰ひとり気づかなかった。
オールデンは、そのことに気づいた。
モロー・ハウスはほどよく混み、表の扉が何度も開いた。そのたびに冷気が流れ込んだが、回収した熱は途切れず建物へ入り、ボイラーは出番を待っていた。
マレンはカウンターと客席を行き来している。店の裏に試験中の暖房装置があるなど、少しも感じさせない。
隅の席でパソコンを開いたオールデンの横を、皿を二枚持って通り過ぎた。
「またやってる」
「何を?」
「食べないで、店を見張ってる」
「監視してるんだ」
「そのための画面でしょう」
「画面には窓がない」
マレンは立ち止まらなかった。
装置は前の朝から、監視のもとで動き続けていた。水漏れも、制御の迷走もなく、人がバルブを切り替える必要もない。
裏の緑の灯は、回収熱が使えるときにつき、使えなければ消えた。店の従業員が知っておくことは、それだけで済んだ。
二時近く、携帯が震えた。
電力会社のピーク時間帯に入る。
オールデンは採掘場の負荷を確認し、効率の悪い採掘機から順に出力を落とした。使える排熱も、それに伴って減っていく。
マレンが厨房から出てきたときには、もう席を立っていた。
「採掘の負荷を落としてる」
「わかった」
「回収できる熱も減る。でもボイラーが自動で引き継ぐから」
マレンは裏を指した。
「私に必要なのは、そっちの話」
それでも彼は、機械室までついていった。
緑の灯が消えた。
数秒してボイラーに火が入った。
ほかには何も起きなかった。
「これで終わり?」
「終わり」
「そっちの採掘場が出す熱が減ったら、うちの暖房が暖房になるわけね」
「そう」
「たいした設計だわ」
「もともと暖房だろう」
「だから信用してるの」
彼女は厨房へ戻った。オールデンは温度を確かめてから席に帰った。
客席は冷えなかった。
上着を羽織る人はいなかった。
ビットコインの採掘場がなぜ運転状態を変えたのか、尋ねる人もいない。
ピーク時間帯が終わると、採掘負荷の一部を戻した。回収回路が再び温まり、緑の灯がついた。ボイラーは働く量を減らした。
マレンは一度も機械室へ行かなかった。
閉店までに、一日分の記録がそろった。
料金を決めるには、まだ足りない。それでも二度目の装置が、役に立つ仕事をしていることはわかった。
パソコンをしまっていると、表の鍵をかけたマレンが近づいてきた。
「そんなに得意そうな顔、もうやめていいわよ」
「してない」
「してる。わずかだけど、鼻につくわ」
携帯が震えた。銀行からだった。
モロー・ハウスから入金。
摘要には、〈暖房――試験導入分〉。
オールデンは顔を上げた。
「何をしたの?」
「払ったの」
「何の代金を」
「熱」
「まだ値段を決められるだけのデータがない」
「知ってる」
「じゃあ、どうやって金額を」
「燃料代として取っておいたお金の一部を、ヴォス・アークティックに送った」
「それは料金の決め方じゃない」
「試験導入のお支払いよ」
「一か月測ってからにするつもりだった。それまでは無料で」
「だめ」
オールデンはパソコンを閉じた。
「マレン、これはまだ試験中なんだ」
「でも今日、うちを暖めたわ」
「その一部をね」
「なら、その一部の代金を払う」
「節約できる金額で、本設の費用を正当化できるかはわからない」
「私にもわからない」
「なのに、なぜ今?」
向かいの椅子に片手を置き、マレンは言った。
「ただだと、あなたの好意になってしまうから」
オールデンは入金通知をもう一度見た。
「価値があるものなら、お金を取りなさい」
顔を上げる。
「本当に料金を決めるよ」
「どうぞ」
「届いた熱量を計って」
「ええ」
「請求書も送る」
「買い物って、だいたいそういうものよ」
オールデンは携帯をしまった。
「次は請求書を待ってくれ」
マレンは空になった彼のコーヒーカップを取った。
「次は、ちゃんと送って」
裏の部屋で、ボイラーがかちりと音を立てて止まった。
熱を運ぶポンプの音は、続いていた。
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本作は、作者本人が海外の小説投稿サイトで発表しているオリジナル作品の日本語版です。
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――東川鬼面斎




