第五十一章 二度目の設計
二度目の設計は、ギャリックの作業台に置かれた、あの継手から始まった。
オールデンは傷んだシールの箇所を赤で囲み、その上に大きく書きつけていた。
――配管の荷重を、継手に預けるな。
「いいな」
ギャリックはそれだけ言った。
「それだけ?」
「原因がわかった」
「ひとつだけね」
「なら、なおいい」
モロー・ハウスの裏を水浸しにしてから、三日が過ぎていた。
今度は一晩で組み直したりしなかった。壊れた接続部を分解し、横へ引かれた際の動きを測り、支持点をひとつ残らず確かめた。配管の重さは配管の支持材で受ける。継手に、その役目まで負わせない。圧力が落ちれば自動で停止する仕組みも、建物側の装置の下に敷く浅い受け皿も加えた。
新しい図面を眺めていたギャリックが、指を止める。
「まだ足りん」
「どこが」
「紙の上じゃない」
そのとき、マレンが黄色い罫紙のパッドを持って作業場へ入ってきた。
ギャリックはそちらを指した。
「それだ」
マレンは作業台にパッドを置いた。
「条件を書いてきたの」
オールデンは椅子を引いた。
「だろうと思った」
「まず、変な音がしたとき。あなたに電話しなくても、どこを止めればいいか、私にわかるようにして」
「もっともだ」
「次。採掘場が止まっても、私が機械室でバルブを回すようなのは困る」
「ボイラーへ自動で切り替わる」
「実際に見せて」
「見せるよ」
「それから、裏口を使うたびに従業員がまたがなきゃいけない場所に、機械を置かないこと」
オールデンは図面に目を落とした。そのことは、図面のどこにも書かれていなかった。
マレンが紙を軽く叩く。
「あなたの図面だと、この部屋では誰も働いていないのよ」
ギャリックは自分の作業に戻った。
オールデンは建物側の装置を、図面上で六フィートほど移した。
「ここなら?」
「さっきよりいい」
「ほかには」
「動いているかどうかを知るために、制御システムの勉強はしたくない」
仮設の制御箱を振り返った。
「表示灯をつけられる」
「いくつ?」
「三つ」
「ひとつでいい」
「それじゃ情報が足りない」
「私には足りるわ」
「そのひとつで、何を知らせればいい?」
マレンは即座に答えた。
「採掘場から熱が来ている。それだけ。消えたら、うちのボイラーがいつもの仕事をする。消えた理由は知らなくていい」
ギャリックの手は止まらなかった。オールデンは制御の図を書き直した。
その日の午後、建物側の接続を組み直した。
重さは新しい支持金具で受け、短い可とう管でポンプの振動を逃がす。循環回路の圧力が下がれば圧力スイッチが熱回収用ポンプを止める。ボイラーは、それらとは独立して動く。
採掘場と店をつなぐ配管には、もっと時間がかかった。
道路を通ると遠く感じる二つの建物も、作業用の経路を使えば距離を縮められる。ヴォス・アークティックの裏から旧飼料店の敷地へ抜ける道筋を二人で測ると、試験導入にあたってオールデンが定めた、ポンプ能力と熱損失の許容範囲に収まった。
だからといって庭用のホースで済む話ではない。冬の屋外使用に適した断熱材一体型の可とう管を使い、扉の開閉にも、除雪にも、車や人の通行にも支障が出ないよう固定した。屋外の循環液には凍結対策を施した。
本設にするなら、きちんとした埋設経路が要る。費用についても、別に判断しなければならない。今はまず、熱を届けられるかを確かめる段階だった。
どちらの建物にも接続しない状態で耐圧試験をした。
それから、もう一度した。
二度目を戸口で見ていたマレンが言う。
「これからは何でも二回ずつ?」
「何でもじゃない」
「配管は?」
「しばらくは」
ギャリックが圧力計を確認した。
「落ちてない」
オールデンは記録した。
システム全体を初めて動かしたのは、翌朝、モロー・ハウスの開店前だった。
ヴォス・アークティックでは、採掘機の暖かな排気が古い熱回収コイルを通る。そこで受け取った熱を屋外の回路が店へ運び、店側の小さな熱交換器が暖房回路へ渡す。二つの液体が混じることはない。
オールデンはノートパソコンで温度の上昇を追った。マレンが見ていたのは、壁の緑の表示灯だった。
灯がともる。
「これならわかる」
「よかった」
暖房回路が温まり始めた。ボイラーはいつでも動ける状態のまま、静かに控えていた。
二十分は、何もかも順調だった。
不意にポンプが止まった。
五秒後、また動いた。
オールデンが制御画面を見る。もう一度、止まる。
「そういう動きで合ってるの?」
マレンの視線が機械室へ向いた。
「いや」
ギャリックはもう配管のそばにいた。
動いて、止まる。
オールデンは温度の履歴をたどった。ボイラーが燃焼するたび、建物側の戻り温度が上がる。回収側の制御装置は、それを自分の供給した熱の成果として読み違えていた。十分に温まったと判断してポンプを止め、冷えると再び動かす。その繰り返しだ。
四度目の始動音に、マレンが言った。
「お客さんに、一日じゅうこれを聞かせる気はないわ」
「そんなことにはしない」
「開店は遅れないって言ったときも、そういう調子だった」
オールデンは顔を上げた。
「……そのとおりだ」
回収側を停止した。ボイラーが暖房を引き受け、店の暖かさは変わらなかった。
ギャリックがセンサーを指す。
「訊く場所が違う」
オールデンはうなずいた。測っているのは回収側の実際の供給量ではなく、両方を合わせた系統の温度だった。
センサーを移し、制御の順序を改めた。再始動は、翌朝まで見送った。
その朝は、マレンのほうが早かった。
コーヒーを手に、壁の表示灯のそばで待っていた。
「早いね」
「私の建物だもの」
「よく出てくる話だ」
「忘れられたら困るから」
再び動かした。
緑の灯がつき、回収回路が温まる。ボイラーも待機している。今度はポンプの音が一定だった。
オールデンはわざと熱回収を止めた。
灯が消えた。
マレンが何にも触れないうちに、ボイラーが動き出した。
回路を復帰させると、戻ってきた熱に応じてボイラーの出番が減った。
ひととおり見届けてから、マレンが訊いた。
「緑が消えたら、私は?」
「何もしない」
「店が寒くなったら?」
「僕に電話を」
「それなら覚えられる」
まだ客を入れない午前のあいだ、運転を続けた。漏れも、断続運転も、圧力低下もなかった。
また数値を確かめようとしたオールデンから、マレンがパソコンを取り上げた。
「予定どおり動いてる?」
「動いてる」
「うちのボイラーは、いつでも使える?」
「使える」
「どこか漏れた?」
「どこも」
パソコンが返ってきた。
「だったら、にらむのはやめて」
壁を見る。緑の灯は、まだともっていた。
マレンが鍵を手にした。
「お客さんを入れて使えるのは、いつ?」
「明日」
彼女は待った。
「今日の残りも、このまま問題がなければ」
「今の答えのほうがいい」
表の部屋を開けに、マレンは行った。
オールデンは機械室のそばに、あと一分だけ立っていた。
それから、装置を動かしたまま、その場を離れた。
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本作は、作者本人が海外の小説投稿サイトで発表しているオリジナル作品の日本語版です。
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――東川鬼面斎




