第四十八章 バージョン1
最初の試作機は、オールデンが図面に描いたものとはまるで違っていた。
たぶん、そのせいでギャリックは信用した。
工場の床に並んだのは、
古い熱交換器。
ポンプ。
仮設の断熱配管。
温度センサー二つ。
制御箱。
そして、オールデンの不安を少しだけ減らす数の遮断弁。
採掘区画の排気そのものは、モロウ・ハウスへ送らない。
そこは絶対だった。
借りた作業コートを着たマレンが、動いているマイナーを見る。
「この空気を、そのまま店に吹き込むわけじゃないんだよね」
「しない」
「よかった。暖かい電子機器の匂いするから」
「理由はそれだけじゃない」
「ほかは?」
「埃。騒音。防火区画。圧力境界。それに、客は採掘場でランチしたいわけじゃない」
「納得できる一覧」
ギャリックは継手を締めている。
オールデンは熱交換器を指した。
「マイナーが空気を暖める。その熱だけをここで回収する。採掘場の空気は店へ行かない。建物側は別の閉ループ」
マレンは仮設配管を見る。
「これが止まったら?」
「今のボイラーは今まで通り動く」
「これ一つに、凍結防止を任せるわけじゃない?」
「任せない」
「それならいい」
ギャリックが顔を上げる。
「理解するの、お前より早いな」
オールデンは無視した。
試作機は、わざと小さくした。
モロウ・ハウス全体を暖められる規模ではない。
それでいい。
知りたいのは、
熱を実際に回収できるか。
別ループへ移せるか。
マイナーへ悪影響を出さず制御できるか。
既存ボイラーをビットコイン採掘場へ依存させず、建物側へ渡せるか。
本番前に答えるべきことだけ。
オールデンは、昔もっと雑な条件でスタートアップを作ったことがある。
最初の試験はヴォス・アークティックで行う。
店の客へ迷惑をかけない場所で。
排気の一部を回収コイルへ通す。
入口温度が上がる。
ギャリックがポンプを起動。
戻り配管が少しずつ暖かくなる。
「流量が低い」
「絞ってるからな」
「古いバルブを信用してない」
「昨日、直しただろ」
「昨日よりは信用してる」
「それ、愛着って言うんじゃないか」
「測定だ」
マレンは少し離れて見ていた。
「その音、鳴ってていいの?」
二人とも止まる。
ギャリックがポンプへ手を当てる。
「空気だ」
「配管内?」
「ああ」
停止。
エア抜き。
再起動。
音が消えた。
マレンが頷く。
「今の私の成果ね」
「そうだな」
「書面に残して」
温度を見る。
熱は移っている。
まだ少ない。
でも、ゼロではない。
流量を少しずつ増やす。
高温側がわずかに下がり、戻り側が上がる。
マイナー側の温度は正常。
五分。
さらに見る。
ギャリックが歩き出す。
「どこへ?」
「昼飯」
「試験中だぞ」
「二十分動いた」
「短い」
「そうだな」
そのまま行く。
オールデンはマレンを見る。
「いつもああなの?」
「うん」
「心配じゃない?」
「非常停止、あなたの横に置いてったでしょう」
見る。
ある。
「信頼されてる」
「空腹なだけじゃない?」
午後まで運転した。
漏れなし。
圧力低下なし。
制御異常なし。
オールデンは、“成功”とは書かなかった。
四時前。
自分で停止。
マレンが言う。
「動いたよね」
「今日は」
「言葉、慎重になったね」
「ああ」
「それも不安」
次はモロウ・ハウス側。
鉱山と店の間を、仮設ホースだけで誤魔化すことはできない。
恒久化するなら、断熱された配管ルートが必要。
費用も出る。
だから最初の現地試験では、建物側の熱交換器と制御だけを先に試すことにした。
採掘場の熱は、まだ送らない。
設備側が安全に切り離せるか。
既存ボイラーへ影響しないか。
まずそこだけ。
テストシートには、一行を太字で書いた。
BOILER STAYS AVAILABLE AT ALL TIMES.
ボイラーは常時使用可能。
マレンがそこを指した。
「実験が拗ねたら?」
「止める」
「店は?」
「暖かいまま」
「よし」
トラックへ積み込む。
小型熱交換器。
制御箱。
ポンプ。
センサー。
新しいホース。
安全部品。
マレンが訊いた。
「この中、どのくらいが親父さんの古い物?」
「主熱交換器。一部のバルブと継手」
「残り?」
「新品」
「つまり、古いガラクタを活かすために、新しい高いガラクタを足した」
オールデンは見る。
「不公平なくらい正確」
「技術者になってきた」
固定を二度確認する。
ギャリックは一度だけ見て、運転席へ。
オールデンは、工場に残した古い熱交換器を振り返った。
一か月前なら、試作機でも完成品らしく見せたかったかもしれない。
今は、仮設が仮設らしく見えていても気にならなかった。
「明日、開店前?」
「朝一番」
「どれくらい?」
「止めるべきか判断できるまで」
「全然わくわくしない」
「安全な答えだ」
マレンは少し考えた。
「じゃあ、それでいい」
荷台を閉める。
「もし開店遅れたら、朝のお客さんへの説明はあなたね」
オールデンは積んだ設備を見る。
「遅れない」
運転席からギャリックが助手席の扉を開ける。
「悪化する前に乗れ」
マレンはすでに笑っていた。
オールデンは黙って乗った。
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本作は、作者本人が海外の小説投稿サイトで発表しているオリジナル作品の日本語版です。
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――東川鬼面斎




