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アラスカでビットコインを掘ることになった  作者: 東川鬼面斎 - Easton Ghostmask


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第四十三章 モロウ・ハウスの帳簿

昼の客が引いてから、マレンはようやくサーモスタットを二度上げた。


オールデンは気づいた。


客が三人、コートを着たままスープを食べていたからだ。


「もう見なくていいよ」


「触るつもりはない」


「昨日、温度調整権は剥奪したから」


「最初から持ってない」


「じゃあ一致したね」


そのまま帰ろうとしたところへ、納品車が来た。


ドライバーが箱二つと伝票を持って入ってくる。


マレンは伝票を見て、すぐ一行を指した。


「この燃料サーチャージ、見積もりにはなかったです」


「今週から新料金で」


「じゃあ次回までに料金表を送ってください。それと、これは一ケース多い。頼んだのは四つ」


確認して、ドライバーが頷く。


「本当だ」


「でしょうね」


訂正されるまで、マレンは署名しなかった。


十四ドル。


オールデンはそれを見ていた。


「何?」


「十四ドルまで見るんだな」


「十四ドル“も”見るの」


「昨日、光熱費と燃料代の請求書もあった」


マレンがじっと見る。


オールデンは両手を上げた。


「覗きたいわけじゃない」


「ならよし」


「ただ、十四ドルが大事なのかと思っただけだ」


「全部大事」


その言葉は、工場へ戻ってからも残った。


夕方、またナディーンからピーク連絡。


オールデンは高い時間帯に入る前に、効率の悪いマイナーを止めた。


暗くなるラックを、前ほど気にしなくなっていた。


回せばいくらかかるかを、もう知っている。


六時半。


マレンから電話。


「まだ工場?」


「ああ」


「ご飯食べた?」


「まだ」


「コーヒーを食事に数えるのは禁止」


「何が要る?」


「十分だけ、背の高い人」


「労働の依頼に聞こえる」


「食事で払う」


「違法っぽい」


「なら空腹で帰れば?」


切られた。


閉店後のモロウ・ハウス。


半分のテーブルには椅子が上がり、照明も落としてある。


マレンは短い脚立に乗って、窓へ透明の断熱フィルムを貼っていた。


「まさか、これのため?」


「背、高いでしょう」


「脚立あるだろ」


「店もある。持って」


オールデンは脚立を押さえた。


窓の下から、まだ冷気が来る。


「ここ、熱が逃げてる」


「ありがとう、技術者さん」


「裏口も怪しい」


「もう一回ありがとう」


「窓、替えたほうがいい」


マレンは降りた。


「どの口座のお金で?」


オールデンは黙った。


事務所の机には、ノートパソコン。

領収書の封筒。

数字だらけの黄色いパッド。


近づかなかった。


マレンが気づく。


「見ていいよ」


「昨日は駄目って言った」


「昨日は、ランチ注文するふりして請求書覗いてたでしょう」


「差が細かいな」


「私が決める差だから」


画面を向けられる。


売上。

人件費。

食材。

保険。

ローン。

修繕。

光熱費。

燃料。

税金。

イベント室の収入。


夏は強い。


初秋も悪くない。


冬になる。


売上が崩れるわけではない。


利益だけが薄くなる。


「これ、一か月の暖房費?」


「そう」


「電気とは別に燃料?」


「そう」


「何をこんなに暖めてるんだ」


「建物」


「建物は見えてる」


「なら話が早いね」


前年も同じだった。


「夏で稼いで、冬に削られる?」


「そんな感じ」


マレンが言う。


「今、また“問題が面白くなって、持ち主が誰か忘れる顔”してる」


オールデンはトラックパッドから手を離した。


「悪い」


「別に経営危機じゃないからね」


「言ってない」


「言いかけた」


彼女は夏の列を指した。


観光客。

建設関係。

イベント。

夜遅くまで動く人。


冬は逆。


天候キャンセル。

納品費増。

暖房費増。

壊れる時期に限って部品が届きにくい。


「似た話、知ってるだろうけど」


「知ってる」


「本当に?」


オールデンは店内を見る。


最初にここへ来た日、満車の駐車場と忙しい店を見て、“成功している”と思った。


それは間違いではなかった。


ただ、成功していることと、楽であることは同じではない。


「日中、ずっと64°F?」


「今年の平日はだいたい」


「閉店後は?」


「もっと下げる」


「客、気づくぞ」


「セーター着てる」


「自分もだろ」


「私も着る」


マレンは少し笑った。


「ターキーメルト食べながら凍死する人はいないから安心して」


「そこじゃない」


「その言い方、余計怖い」


人件費を見る。


「営業時間は削ってない」


「まだ」


「削れるだろ」


「できる」


「でも、してない」


マレンは画面を閉じた。


「スタッフのシフト減らすと何が起こるか知ってる。奥の部屋を閉めれば、使ってる人たちにも影響が出る。だから先に、別のところを削る」


「六十四度とか」


「六十四度とか」


暗い店内を見た。


一月の暖かさに、値段がついている。


その値段を、今まで一度も考えたことがなかった。


「食べるよ」


「何を?」


「手伝い代」


スープとグリルサンドを半分ずつ。


窓際ではなく、厨房寄りの暖かい席。


半分食べてから、オールデンは訊いた。


「なんで言わなかった?」


「何を?」


「こういうこと」


「訊かなかったから」


「店のことは訊いた」


「“うまくいってるか”でしょう」


「うまくいってる」


「だから、そう答えた」


マレンはサンドイッチの大きいほうを彼の皿へ押した。


「あなた、成功の定義が変」


「そっちもだろ」


「私のは?」


「大変だと、“もしかしてうまくいってないのでは”って疑う」


オールデンは少し考えた。


マレンが言う。


「店は回ってる。冬は高い。両方、本当でいいの」


スマートフォンが震えた。


ピーク終了。

止めていた機械を戻せる。


オールデンは通知を見て、伏せた。


「先に食べて。何か発明する前に」


「何も発明してない」


「それが一番嫌な返事」


帰り道。


彼は請求書の数字ではなく、六十四度という温度ばかり考えていた。


お読みいただき、ありがとうございます。


本作は、作者本人が海外の小説投稿サイトで発表しているオリジナル作品の日本語版です。


続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。


――東川鬼面斎

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