第四十二章 生きているほうがいい
翌朝。
ギャリックは、すでに暖かい制御盤の横へ小型ヒーターを置いていた。
「その盤、暖める必要ないだろ」
「盤じゃない」
足元を見る。
排水管の下に小さなプラスチック容器。
「何があった?」
「壁際でドレンが凍り始めた」
採掘区画は暑い。
だが、建物の中が暑いことと、壁の向こうが暖かいことは別だった。
金属管を伝って冷気が入り、細い箇所に氷ができている。
「断熱する」
「ああ」
「ヒートトレースも」
「ああ」
「じゃあ、なんで今これ?」
「どっちも、すぐには終わらない」
延長コードは邪魔にならないよう引かれ、ヒーターの周囲には燃える物もない。
見た目は悪い。
だが、機能している。
「仮設、嫌いじゃなかったか」
「忘れられる仮設が嫌いなんだ」
ギャリックはマーカーを渡した。
「日付書いとけ」
オールデンはコードへテープを貼り、日付を書く。
「満足?」
「いや。これで、何に不満だったか忘れない」
その日のピーク前に、二人で敷地を回った。
前日の停止を受けて、オールデンは制御を組み直していた。
効率の低い機械はグループ単位で停止。
電力価格が上がれば止める。
戻れば段階的に再起動。
きれいだった。
自動。
効率的。
ギャリックが画面を見る。
「温度センサーが嘘ついたら?」
「二系統ある」
「二つとも正しくて、吸気口が凍ったら?」
「水力が落ちる。制御がマイナーを落とす」
「この前直したルーバーがまた固まったら?」
「ゾーン温度が上がって、該当ラックを止める」
「この制御PCが自我に目覚めたら?」
「たぶんアラスカから出ていく」
「そいつは賢い」
オールデンは彼を見る。
ギャリックが画面を指で叩いた。
「お前、わかってる故障への答えばかり作ってるな」
「制御ってのは普通そういうものだ」
「こっちじゃ、故障は友達連れてくる」
外へ出る。
吹雪の名残で、敷地の端は雪に埋もれていた。
道路は通れる。
だが路肩は狭い。
水力設備への道は、ギャリックが除雪していなければ通れなかった。
彼がトラックを指す。
「中、何がある?」
「工具」
「ほか」
「燃料。牽引ロープ。チェーン。毛布」
「食料」
「ある」
「予備の手袋」
「ある」
「衛星電話」
ギャリックが見る。
「……わかった」
発電棟へ。
今の出力は、ようやくオールデンが受け入れ始めた“冬の数字”で安定している。
定格ではない。
今日使える数字。
軸受温度を確認し、取水口を見る。
ギャリックが訊いた。
「親父さんが懐中電灯を二本持ってた理由、わかるか?」
「一本壊れるから」
「手袋が二組だった理由」
「一組濡れるから」
「道路が閉じても持つだけ燃料を置いてた理由」
「閉じるから」
「十年使わない部品まで残してた理由」
オールデンは工場を振り返った。
「十一年目があるから」
ギャリックが少しだけ笑った。
発電棟の中で運転記録を見る。
「前は、全部無駄だと思ってた」
「何が?」
「余剰在庫。予備燃料。バックアップ暖房。金を生まない設備の保守」
「実際、無駄なものもある」
オールデンは顔を上げる。
「そこは否定する流れだろ」
「全部取っといたら、最後はゴミ捨て場になる」
「じゃあ、線引きは?」
「お前が決めろ」
「役に立つな」
「会社持ってるの、お前だろ」
オールデンは記録帳を閉じた。
「効率って、要らないものを削ることだと思ってた」
「ああ」
「でもレジリエンスは、“要らないと思った判断が間違ってるかもしれない”って前提にすることか」
ギャリックは少し考えた。
「金かかりそうだな」
「かかる」
「なら本物っぽい」
オールデンはスマートフォンのチェックリストへ追加した。
最低燃料在庫。
寒冷地用予備部品。
手動停止経路。
ネットワーク喪失時のローカル制御。
凍結しやすい配管の緊急加熱。
そこで止まる。
「ほかに何を忘れてる?」
ギャリックは扉へ向かった。
「何かは忘れてる」
「それが答え?」
「だいたい、いつもそうだ」
工場へ戻ると、ギャリックはマーカーを取り、チェックリストの上に二語を書いた。
STAY ALIVE.
生き残れ。
オールデンは眉を寄せる。
「仕様になってない」
「ああ」
「測れない」
「ああ」
「雑すぎる」
「でも、死んだら効率も利益も関係ない」
オールデンは何も言わなかった。
少しして、その文字の下に線を引いた。
消しはしなかった。
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本作は、作者本人が海外の小説投稿サイトで発表しているオリジナル作品の日本語版です。
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――東川鬼面斎




