第三十五章 あの作業台
増設予定区画の片づけが始まった朝、最初に捨てられそうになったのは、オールデン自身の作業台だった。
本人は、それが自分のものだと知らなかった。
地元業者が古い棚や配線を外し、次の採掘機ロットを置けるよう床を空けていく。
「この小さい台もスクラップでいい?」
壁際から引き出されたのは、工場には不釣り合いなほど低い作業台だった。
厚い木の天板。
鉄脚。
下に棚が一段。
油染みと焼け跡。
角にはいくつも穴。
オールデンは一瞥した。
「たぶん」
遠くでケーブルを仕分けていたギャリックが顔を上げた。
「駄目だ」
業者が止まる。
「壁を空けたいんだけど」
「動かせばいい」
「どこへ?」
「どこでもいい」
オールデンは眉を寄せた。
「なぜ?」
「オーソンが残せって言った」
父は、そういうものを山ほど残していた。
「親父は、もう誰も使ってない設備用のコンタクタも箱で残してた」
「二箱だ」
「訂正しても美談にはならない」
近くで見ると、妙に寸法が低い。
天板は腰より下。
一本の脚には合板が噛ませてある。
浅い引き出しは半分までしか開かない。
引いた。
古い鉛筆。
ワッシャーが二枚。
折れた定規。
小さすぎる錆びたCクランプ。
クランプを持ち上げた。
側面に、歪んだ文字。
A.V.
手が止まった。
刻んだ日のことは覚えていない。
でも父に彫刻ペンを取り上げられ、
――道具に名前を入れるなら、自分のにしろ。
そう言われたことだけは覚えていた。
「……これ、俺のだった」
ギャリックがこちらを見る。
「今もらしいな」
天板の縁に手を置く。
昔は、この台ですら高かった。
木箱に乗って作業した。
分解するなと言われたモーター。
ねじ山を潰したネジの箱。
三つ向こうの大人用ベンチで、父は自分の仕事をしていた。
オールデンの工作が止まっても、毎回直しに来ることはなかった。
引き出しの裏には、古いマスキングテープ。
ALDEN.
父の字。
「捨てたと思ってた」
「捨ててない」
「見ればわかる」
「お前が使わなくなっただけだ」
「大学へ行ったんだ」
「台からすれば同じだ」
なぜ残したのか。
ギャリックに聞くと、最初は肩をすくめた。
だが、しつこく訊くと口を開いた。
「昔、この辺を整理したときに一度聞いた。お前の親父は“残せ”って言った」
「それだけ?」
「最初はな」
「二回目があるんだろ」
「数年後、また場所が必要になって聞いた」
「何て?」
ギャリックは小さな作業台を見た。
「“まだ終わってない”」
オールデンは答えなかった。
「何が?」
「聞かなかった」
「意味わからないだろ」
「そうだな」
業者が困った顔で立っている。
「で……どこへ置きます?」
オールデンは少し考えた。
「そのままで」
「ここ?」
「今は」
業者が離れたあとも、彼はしばらく台の横に立っていた。
引き出しの裏には、まだ父の字で ALDEN とある。
引き出しを閉める。
途中で引っかかった。
オールデンは、そのままにした。
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本作は、作者本人が海外の小説投稿サイトで発表しているオリジナル作品の日本語版です。
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――東川鬼面斎




