第三十四章 まだ売らない
電話の相手は、不動産ブローカーのダニエル・マーサーだった。
「モロウ・クリークの工業用地の件ですが、既存インフラ付きの土地を探している買い手がいまして」
オールデンは倉庫を見渡した。
四十八台のマイナーが、今では騒音というより背景音になっている。
以前なら“空き床”と呼んだ場所も、今は違って見えた。
空いている。
だから、使える。
「どの程度、本気です?」
「資料を見たいと言う程度には」
「オファーではない」
「その一歩前です」
必要資料を聞く。
区画図。
建物面積。
電力情報。
環境関連資料。
そして、買い手側の調査で水力設備も見つかったという。
「水力も?」
「土地と一緒に移るなら」
「移る」
「それなら話が変わります」
「最初から変わってたはずです」
マーサーが小さく笑った。
「最初にお話ししたとき、あなたは“古い暖房設備会社を清算したい”と説明していました」
「説明が足りなかった」
「今はわかります」
父の机で、古い売却用ワークブックを開く。
LAND.
WAREHOUSE.
INDUSTRIAL ELECTRICAL.
REPAIR SHOP.
HYDRO.
最初につけた数字は、“売ったら母にいくら残るか”。
だが今は、各項目の横にもう一つ数字がある。
“同じものを作り直したらいくらかかるか”。
そちらのほうが、ずっと高かった。
土地。
道路。
工場。
受電設備。
水力。
帰ってきたばかりのころは、全部ただ古く見えた。
今、その古いものを使って四十八台が収益を作っている。
マーサーが言った。
「まだ売却意思があるなら、資料要求を送れます」
「買い手は、どれくらい急いでる?」
「他の候補地も見ています」
「当然でしょうね」
「場合によっては、事業部分は除外したいと言うかもしれません」
「それは難しい」
「なぜ?」
「価値の一部が、今は事業側にあるからです」
沈黙。
「最初の話と違いますね」
「わかってます」
「ヴォス・アークティックの業績が、それほど改善した?」
オールデンはプール画面を見た。
安定報酬はある。
ソロの一撃もある。
だが、そのどちらも理由にはしなかった。
「この場所が、俺の知らなかった使い方をし始めた」
「それは改善した、という意味に聞こえます」
「違う」
「では?」
オールデンはワークブックを閉じた。
「まだ、です」
マーサーが少し黙る。
「問い合わせを閉じますか?」
「今は」
「何があれば売るんでしょう」
以前なら答えは値段だった。
今は、価格は一列にすぎない。
「土地も、電力も、建物も、工場も。買い手より俺のほうが良い使い方を見つけられるなら残す」
「見つからなければ?」
「売る」
「技術者らしい答えですね」
「答えはそれです」
電話を切ったあと、ギャリックが壊れた電源を持って入ってきた。
「買い手?」
「ブローカー」
「見つかった?」
「かもしれない」
ギャリックは待った。
オールデンは古いファイル名を変更した。
VOSS ARCTIC — SALE INVENTORY
から、
VOSS ARCTIC — ASSET INVENTORY
へ。
ギャリックが読む。
「つまり、金持ちになった?」
「違う」
「残念」
「土地は、まだ売らない」
少しだけ倉庫を見てから、ギャリックは言った。
「そうか」
「それだけ?」
「パレードでもする?」
「何週間も、反対してないふりして反対してたくせに」
「質問してただけだ」
「腹の立つ質問をな」
「効いたろ」
オールデンは指をさした。
「これは勝ちじゃない」
ギャリックは壊れた電源を持ち上げる。
「よかった。こっちはまだ壊れてる」
そして修理場へ戻っていった。
画面に残る、新しいファイル名。
“売らない”は強すぎる。
“残る”も違う。
“まだ”が、一番正確だった。
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本作は、作者本人が海外の小説投稿サイトで発表しているオリジナル作品の日本語版です。
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――東川鬼面斎




