第二十九章 ランニングコスト
翌朝までに、アルデンはギャリックの「時間」に問題を見つけていた。
長さではない。
会計上の扱いだった。
ギャリックが交換用ファンを作業台へ置く。
「四十二番、ファンが死んだ」
アルデンは整備記録を開いた。
「どれくらいかかる?」
「交換に?」
「最初から最後まで」
ギャリックが見る。
「今度は俺の時間まで測るのか」
「工数を記録してる」
「給料ならもう払ってるだろ」
「分かってる」
「なら給与台帳が知ってる」
アルデンはノートPCを少し回した。
「工場の人件費は、もう運営費に入ってる」
「それで?」
「ASICの修理時間を、もう一度現金コストとして載せたら二重計上になる」
ギャリックは黙って待った。
「でも時間を記録しなければ、マイニングには人手がかからないって、自分に嘘をつける」
「それはお前の問題だな」
「そうだ」
ギャリックは交換用ファンを持ち上げた。
「ねじが素直なら二十分。逆らえば、もっと」
アルデンは入力した。
「診断は?」
「もう終わってる」
「何分?」
ギャリックが無言で見つめる。
アルデンが付け足す。
「だいたいでいい」
「十分」
それも入力する。
ギャリックがノートPCを指した。
「それでファンは直るか?」
「直らない」
「ならドライバーよこせ」
昼までには、最初のモデルが居心地を悪くするだけの実績データが揃っていた。
ファン交換、二件。
電源ユニット、一件。
コネクタ修理、一件。
短い停止も、失われた稼働時間に値段を付けると軽くは見えない。
Bitcoinの機嫌に関係なく発生するネットワーク費用。
保険。
予備部品。
そしてギャリックの時間。
現金コストとして二重には数えない。
だが、もう「タダの余力」として扱うこともしない。
電気代は、分かりやすいほうだった。
本当の商売は、その周りに隠れていた。
アルデンはモデルを二つに分けた。
CASH EXPENSE.
現金支出。
RESOURCE USE.
資源使用。
給与は、今までどおり工場の運営費に残す。
ギャリックがASICに使った時間は、二つ目に入れる。
違いは小さく見える。
だが意味は大きい。
銀行口座に金が残っていても、人手を使い切れば商売は止まる。
事務所の向こうでは、二つのマイニング画面が更新を続けていた。
POOL側には、小さな入金が積み上がる。
SOLO側には、何も増えない。
スプレッドシートの中で、実験が一行だけ孤立していたころなら、それでもよかった。
だが今は、そのゼロの横に――
修理時間。
交換部品。
停止時間。
ネットワーク。
保険。
そしてヴォス・アークティックのほかの仕事を生かすための現金が並んでいる。
見え方が変わっていた。
しばらくして、ギャリックが壊れたファンを持って事務所へ戻ってきた。
「終わった」
アルデンは停止時間を記録する。
ギャリックが二つのダッシュボードを見る。
「まだ、お前の決めた限界の中か?」
「ああ」
「じゃあ何が気に入らない」
アルデンは運用モデルを見る。
「この限界は、“ここまで続ける”って約束した日を示してるだけだ」
「そのために決めたんだろ」
「でも、その日まで待たなきゃいけないとは書いてない」
ギャリックはガラス越しにラックを見る。
「お前の実験だ」
「分かってる」
「お前の金だ」
「分かってる」
「お前のルールだ」
アルデンはスプレッドシートを閉じた。
その夜。
ギャリックが帰ったあとも、アルデンは工場に残った。
倉庫には、稼働を始めた日から変わらない機械音が満ちている。
アルデンは、SOLO実験の初日に書いた終了条件を開いた。
CUTOFF DOES NOT MOVE.
終了条件は動かさない。
一度だけ読む。
このルールは、結果が欲しいからという理由で実験を引き延ばさないために書いた。
早く終わらせるな、とはどこにも書いていない。
設定メモを開く。
二十四台。
変更に必要なのは、数分。
決めることは、一つ。
SOLOの画面が更新される。
ゼロ。
アルデンは初めて――
予定していた終了日より前に、設定画面を開いた。
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本作は、作者本人が海外の小説投稿サイトで発表しているオリジナル作品の日本語版です。
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――東川鬼面斎




