第二十五章 始動
最初の一台は、起動しなかった。
オールデンは、電源ランプが暗いままなのを見つめた。
ラックの横では、ギャリックが防音イヤーマフを首にかけて立っている。
「幸先はよさそうか?」
「まったく」
オールデンは主開閉器を確認し、次に分岐回路を見る。
落ちてはいない。
電源ケーブルへ視線を移した。
「差す場所が違う」
ギャリックは、前の晩にオールデン自身が貼ったラベルを見た。
「間違ったコンセントにラベルを貼ったのか?」
「ラベルは合ってる。俺たちが違うほうに差した」
ギャリックが鼻を鳴らした。
「いい出だしだ」
オールデンはケーブルを差し替えた。
次の瞬間、マイナーが目を覚ました。
ファンが一気に最高回転まで跳ね上がり、やがて一定の唸りへ落ち着く。
一台だけでも、十分にうるさい。
四十八台になれば、これはもう「音」と呼べるものではなくなるだろう。
それでもオールデンは、二台目には手を伸ばさなかった。
起動チェックシートを、もう一度上から確認する。
電気設備点検――完了。
保護系統――確認済み。
ネットワーク――事務所系から分離。
換気設備――稼働。
必要離隔――確保。
消火設備――配置済み。
水力設備――状態確認済み。
電力会社との運転上限――確認済み。
最初に始めたころ、この下二つはチェック項目ですらなかった。
古い系統連系の書類を、ナディーンが一項目ずつ現在の条件に引き戻してくれた。
保護装置は試験済み。
開閉器も確認済み。
計量設備も、現在の契約条件に照らして点検した。
ギャリックは取水口から水圧管まで実際に歩いて確認した。
最後の試験では、オールデン自身が発電機へ段階的に負荷をかける様子を見守った。
メーターの針は上がり、そこで止まった。
マイナーは一台も動かしていなかった。
だから、祝う理由もなかった。
発電設備が現行の契約条件の範囲内で運転されていると電力会社が確認して、ようやくナディーンは水力側を実運用に入れていいと判断した。
九月の水量なら、通常条件では最初の運転ブロックを支えられる。
足りないぶんは商用電力が受け持つ。
どちらの数字も、「もう気にしなくていい」という許可証ではない。
ギャリックがクリップボードを指で叩いた。
「冬までそれ読んでるつもりか?」
「部品ごとの確認は終わった。次は、全部つないだときにも話が合うか確かめる」
ギャリックはイヤーマフを耳に当てた。
二人は、さらに四台を起動した。
ファンが吠える。
ネットワーク上にアドレスが現れる。
ハッシュレートが上がっていく。
オールデンが最初に見るのは、マイニングのダッシュボードではなく電気側の数値だった。
五台。
安定。
続ける。
十時を回るころには、倉庫そのものが別の場所になっていた。
もう、個々のファンの音は聞き分けられない。
音が重なり、厚みを持ち、空気を押してくる。
暖かい排気が、換気経路へ向かって絶え間なく流れていた。
ギャリックが鉄製ラックに片手を置き、それから足元を指した。
オールデンも意識を下へ向ける。
靴底を通して、わずかな震えが伝わってきた。
コンクリートの床そのものに、低い振動が入り込んでいる。
二人はさらに台数を増やした。
二十四台で、オールデンは止めた。
ギャリックがイヤーマフの片側だけを持ち上げる。
「何かあったか?」
「温度を見てる」
「悪い?」
「いや」
「電力は?」
「想定どおり」
ギャリックはイヤーマフを戻した。
「なら続けろ」
オールデンは、半分だけ息を吹き込まれた機械の列を見渡した。
スプレッドシートには、一台約三キロワットと書いてある。
修理した機体が計算どおり動けば、全体で約四ペタハッシュ。
そこまでは数字に書いてあった。
だが、床が震えるとは書いてなかった。
オールデンは次の一群を起動した。
一台がファン警告を出した。
ギャリックがたどり着くより先に、オールデンはその機体だけを停止する。
ギャリックがコネクターを確認した。
「緩んでる」
「六時間のバーンインは通ったぞ」
「なら締め直して、もう一度試せ」
そうした。
警告は戻ってこなかった。
オールデンは残りの機体も順番にオンラインへ上げていった。
四十八台。
数秒のあいだ、ダッシュボードはひどい有様だった。
起動中の機体。
上下する温度。
伸びていくハッシュレート。
だが、オールデンが見ていたのは電力側だった。
負荷は、最初の運転ブロックとして見積もった範囲内で落ち着いた。
遮断器は落ちない。
煙も出ない。
暗転する機体もない。
古い工場は、四十八台分の負荷を黙って受け止めていた。
ギャリックが倉庫の扉へ歩いていく。
オールデンもあとを追った。
外へ出ると、音の輪郭が変わった。
金属の壁の向こう側で、巨大な機械が途切れなく息を吐いているような、重い奔流になっている。
ギャリックはイヤーマフを外した。
「お前の親父なら、この騒音は嫌っただろうな」
オールデンは笑った。
ギャリックは建物を振り返る。
「でも、ちゃんと動いてることは気に入ったはずだ」
それでもオールデンには、オーソンがどこかから文句を言う声が聞こえる気がした。
スペースの使い方が悪い。
せっかくの熱を全部外へ捨ててる。
どこかのネジが、振動で緩むのを待ってるぞ。
そのとき、スマートフォンが震えた。
一台のハッシュレートが、想定値を下回っている。
オールデンはすぐ倉庫へ戻った。
ギャリックも続く。
「感傷の時間は終わりか?」
「らしいな」
温度、正常。
ファン、正常。
電力、正常。
オールデンが触るより先に、ハッシュレートは一度戻った。
もう一度だけ沈み、それから安定する。
オールデンは監視対象のフラグをつけた。
ギャリックが画面を見る。
「完璧な四十八台でいられたの、三分くらいか?」
「もっと短い」
「よかったな」
「何が?」
ギャリックはまたイヤーマフを装着した。
「これで、お前はちゃんと見張り続ける」
マイニング用ダッシュボードが更新された。
四十八台、すべてオンライン。
合計ハッシュレートは四ペタハッシュを越え、やがて事前の見積もり付近に落ち着いた。
約四・〇八。
オールデンは、数週間前に
ASIC TEST CASE — NO
という名前で始めたワークブックを開いた。
そこには、
STATUS: TEST
とある。
その一行を消した。
そして打ち込む。
STATUS: OPERATING
肩越しに、ギャリックが読んだ。
「これで終わりってことか?」
「いや」
「じゃあ、どういう意味だ?」
オールデンは事務所の窓越しに、稼働中のラックを見た。
「これからは、間違えるたびに金が減るって意味だ」
オールデンが戻ってきて以来、ヴォス・アークティックは初めて、もう一度「何か」を生み出し始めていた。
ただし。
それに金を払う者が本当にいるのかは、まだ機械自身が証明しなければならなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
本作は、作者本人が海外の小説投稿サイトで発表しているオリジナル作品の日本語版です。
続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。
――東川鬼面斎




