第二十三章 工程
三日目の朝になるころには、オールデンにも一つ、はっきりわかったことがあった。
故障した六十台の機械は、二人が直す速度よりもずっと速く、二人の時間を食い潰していく。
問題は、どれか一台の故障が厄介だからではない。
一台一台が、勝手に別々の経路で工場の中をさまよっていることだった。
パレットから降ろされ、屋外で清掃され、検査のために戻ってきた一台は、ギャリックが交換用ファンを探しているあいだ、その場で止まる。
別の一台は通電試験を通ったのに、誰も印をつけなかったせいで、まだ手つかずの二台と並んだままになる。
午前九時四十分。
オールデンは、前日に自分で検査したはずのマイナーを、もう一度手にしていた。
シリアル番号を確かめ、それから側面に貼ったマスキングテープを見る。
「これ、昨日もう見たぞ」
ギャリックはコネクターを磨く手を止めなかった。
「たぶんな」
「たぶん?」
「お前が『PSU』って書いてある」
「電源ユニット交換って意味だ」
「ほら。仕組みはちゃんと機能してる」
オールデンは倉庫を見渡した。
テープの貼られた機械。
メモだけ置かれた機械。
天板の上に、外したファンがぽんと載せられているものまである。
初日にPASSとなった六台だけは、物理的に場所を分けていたから見分けがつく。
それ以外は、いま何がどうなっているのか、ぱっと見ただけではわからない。
倉庫いっぱいに、取っ手のついた未完成のスプレッドシートが散らばっているようなものだった。
「止めるぞ」
ギャリックが顔を上げた。
「壊れたか?」
「機械じゃない。俺たちが止まる」
一時間後、倉庫には「流れ」ができていた。
受入。
清掃。
点検。
修理。
バーンイン。
PASS。
オールデンはシリアル番号の一覧を印刷し、すべてのマイナーに大きな番号札をつけた。
ギャリックがホワイトボードに、もう一つ項目を書き足す。
DONOR。
オールデンはその文字を見た。
「それは状態じゃないだろ」
「もう機械として生きるのをやめたなら、立派な状態だ」
「PARTSのほうがわかりやすい」
「DONORのほうが短い」
オールデンはスプレッドシート側をDONORに直した。
そして、その下にいちばん重要なルールを書いた。
――簡単に直せる機体を片づけるまで、重修理には手を出さない。
ギャリックが読む。
「修理、嫌いになったのか?」
「動く機械のほうが好きになった。基板一枚に一時間食われたら、その間に交換できたはずのファンが三台ぶん死んだままになる」
ギャリックはうなずいた。
オールデンは眉を寄せる。
「賛成なのか?」
「お前の親父は、こういうのを『面白い故障を直す前に、まず客を直せ』って言ってた」
「どういう意味だ」
「珍しい故障は面白い。簡単な仕事は金になる」
ギャリックは次のマイナーを持ち上げた。
「どっちが欲しい?」
「簡単な仕事」
「よし。だいぶ安上がりな人間になってきたな」
二人は作業を再開した。
昼前には、違いが目に見えて現れた。
ファン停止。REPAIR。
熱で変色したコネクター。REPAIR。
外から原因の見えないボード異常。DEEP REPAIR。
埃。接続の緩み。清掃後は正常起動。BURN-IN。
「面白そうだから」という理由だけで、一台が作業台を独占することはなくなった。
午後も半ばを過ぎるころには、ギャリックはオールデンに聞かれるより先に異常を口にするようになっていた。
「後ろのファン。ベアリング」
オールデンは耳を澄ませた。
聞こえるのは、ただのファンの音だった。
「何を聞けばいい?」
「それじゃない音だ」
「それは教え方になってない」
「次のまともなやつを待て」
次の一台は、もう少し澄んだ、平らな音で回った。
ギャリックが二台を交互に指す。
何度か聞き比べて、ようやくオールデンにも差がわかった。
工程表に一行を書き足す。
FAN ― 異音/ガタ/起動。
ギャリックが横目で見た。
「音まで書くのか?」
「お前が何を聞いてるのかを書いてる」
「なんで?」
「いま、この手順は全部お前の頭の中にしかないからだ」
「今まで無事だったぞ」
「お前にとってはな」
二台後。
オールデンが電源をつなごうとしたところで、ギャリックが手を上げた。
「それは信用するな」
一つの端子の周囲だけ、金属の色がほんの少し濃い。
オールデンは顔を近づけた。
「熱か?」
「ああ」
悪い端子を撮る。
隣にあった正常なコネクターも撮る。
ギャリックは、オールデンが二枚の写真をフォルダに入れるのを見ていた。
「俺の言うこと全部、規則にするなよ」
「なら、役に立つことを言うのをやめろ」
その日の終わりには、床に置かれた機械から「状態不明」が消えていた。
前日より、直した台数は少ない。
だが、処理した台数は多かった。
翌朝。
先に来ていたギャリックは、すでに三台を清掃区画へ運び込んでいた。
ホワイトボードには、新しい注意書きが増えている。
――汚れたまま通電するな。
その下に、もう一行。
――静かなファンも信用するな。
オールデンは二行目を指した。
「静かなのが何で悪い?」
「何も悪くないこともある」
「実に役に立つ説明だ」
「ベアリングがひどすぎると、うるさくなる前に回らなくなることもある」
オールデンがマーカーへ手を伸ばす。
ギャリックが指を向けた。
「書くな」
オールデンは、その文だけはそのままにしておいた。
二人は働いた。
オールデンが受け持つのは、シリアル管理、ログ、ファームウェア確認、ネットワーク側の診断。
そして、マイナー自身が吐き出す情報を読まなければ見つけられない異常。
ギャリックが受け持つのは、機械が自分ではうまく語れない異常だった。
少しだけ音のおかしいファン。
過熱した痕跡のあるコネクター。
無負荷では平気なのに、負荷をかけると電圧が落ちる電源。
長さが違い、いずれ誰かの厄介事になるのを待っている一本のネジ。
正午、オールデンが訊いた。
「一台を『大丈夫だ』って信用する前に、何を見る?」
ギャリックがこちらを見る。
「今のはいい質問だ」
「答えろ」
だからギャリックは答えた。
講義のようには話さなかった。
一台ずつ、実物を前にして。
オールデンは書けるだけ書いた。
数ページの文書に、ギャリックの三十年が収まるなどとは思っていない。
そんなに簡単なものではない。
それでも、次にここへ来る誰かを「ゼロ」から始めさせずに済むくらいのものなら、残せる。
金曜日になるころには、フォルダの中に写真、故障分類、試験基準、そして実際に検証済みの代替部品情報まで揃っていた。
一台のマイナーが、ボード落ちも過熱も起こさず、バーンインを終えた。
オールデンは札をPASSへ移す。
次の一台。
さらに一台。
ホワイトボードの数字を書き換えた。
PASS:19。
十九台。
それだけでは、ここまで使った金額の正当化にはならない。
だが、もっと役に立つものを示していた。
残りの機械をどう流せばいいかが、見えるようになったのだ。
一台ごとに、オールデンとギャリックが作業そのものを最初から発明し直す必要は、もうない。
ギャリックが作業用シンクで手を洗う横で、オールデンはファイルを保存した。
VOSS ARCTIC ― ASIC 受入/修理/試験。
二週間前まで、ヴォス・アークティックはビットコインマイナーを修理する会社ではなかった。
いまは、まだ粗削りではあるが、工程と呼べるものがある。
オールデンはノートパソコンを閉じた。
「何台、生き返ると思う?」
ギャリックは、まだ順番を待っている機械を眺めた。
「六台よりは多い」
「それはわかってる」
「なら、手を動かせ」
オールデンはPASSの列を見る。
十九台。
残りの機械はもう、六十通りの災難には見えなかった。
順番を待つ、一つの列に見えた。
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本作は、作者本人が海外の小説投稿サイトで発表しているオリジナル作品の日本語版です。
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――東川鬼面斎




