第二十一章 現状渡し
エヴェレットから数字が届いたのは、昼前だった。
六十台。
機械代、八万ドル。
そこからさらに、輸送、通関、荷役、そしてアラスカ内陸部までの最後の面倒な区間に一万五千ドル。
アルデンは合計額を二度見た。
九万五千ドル。
手元で自由に動かせる個人資金は、その倍に少し届かない。
スプレッドシートでは、小さな実験に見えていた。
銀行口座は、そう思っていなかった。
アルデンが送金指示を眺めていると、エヴェレットから電話が来た。
「どうだ?」
「“試験ロット”って言葉が小さく聞こえなくなる、ちょうどいい数字だな」
「六十台は小さい」
「八百台と比べればな」
「そのとおり」
「その分母は役に立たない」
エヴェレットが笑った。
「輸送効率が成立する最小の混載ロットを頼んだのはお前だろ。これだ」
アルデンは機械リストをもう一度開いた。
状態は混在。
現状渡し。
分かる範囲でシリアルと状態メモ。
一台ごとの保証なし。
全部が起動するという約束もなし。
アルデンは「故障傾向が偏らないものを」と頼んだ。
どうやら故障そのものまで、追加料金なしで入っているらしい。
「半分死んでたら?」
「三十台の稼働機と、三十台分の教材が手元に残る」
「九万五千ドルだと笑えない」
「送金したあとなら、少し面白くなる」
アルデンは事務所の窓越しに修理区画を見る。
ギャリックは、アルデンのキャリアより古そうなポンプを分解していた。
その奥には、オーソンが捨てずに残した工具と部品の棚。
アルデンはスプレッドシートへ戻った。
下振れは、もう理論ではない。
機械の状態が想定より悪ければ、それでもハードウェアは自分のものになる。
輸送費も自分持ち。
モロー・クリークへ届くまでの間に犯した判断ミスも、全部。
モデルのいちばん下に一行追加した。
MAXIMUM FIRST-BATCH EXPOSURE.
初回ロット最大リスク額。
さらに、すでに見込んでいた修理予備費を足す。
一ドルも稼ぐ前に、この実験は十一万ドル前後を食う可能性がある。
間違っても生き残れるだけの金は残る。
気持ちよく間違えられるほどは残らない。
水力発電所についても、現在の検査と電力会社の条件確認が終わるまでは、本番稼働に使わない。
もし通らなければ、機械は止めたまま。
検査を通った機械だけ再販し、運賃分の損失を受け入れて、差額を授業料と呼ぶ。
機械を買うのはリスクだ。
未確認の電力に事業そのものを賭けるのは、ただの馬鹿だった。
レノラとは、資金の形もすでに決めていた。
試験ロットの資金はアルデン個人からヴォス・アークティックへの貸付。
機械の所有者は会社。
採掘で得た収益も会社に残す。
アルデンは銀行の画面を開いた。
キーボードの音を聞いて、エヴェレットが言う。
「やるのか?」
「お前を嫌いになるか決めてる」
「それは送金のあとでいい」
アルデンは送金を実行した。
確認画面が表示される。
数秒、どちらも黙った。
やがてエヴェレットが言った。
「おめでとう」
「やめろ」
「人生初のBitcoinマイナーだ」
「未確認の金属箱を六十台買っただけだ」
「その意気だ」
通話が切れた。
ギャリックが入口に立つ。
「買ったのか」
アルデンは銀行画面を閉じた。
「ああ」
「何台」
「六十」
ギャリックはモニターを顎で示した。
「いくら」
「言わない」
「そんなにか」
アルデンが見る。
ギャリックは何も言わず、仕事へ戻った。
機械が届くまでには十分な時間があり、アルデンは後悔を何種類かに整理する余裕まであった。
倉庫の一角を空ける。
荷受け場所を決める。
シリアル一覧を印刷する。
最低限の予備部品。
清掃用品。
ケーブル。
最初の試験を始められるだけの電材。
六十台すべてが素直に動くなどという前提は、一切置かなかった。
まだ、これを「マイニング施設」とは呼ばない。
少なくとも、今は。
やがてトラックが門を入ってきた日、雨が降っていた。
運転手が搬入口へバックさせ、ギャリックが片手で誘導する。
アルデンは庇の下でマニフェストを持って待った。
九万五千ドルにしては、小さく見える。
それが最初の感想だった。
二つ目は、最初のパレットがドックを越えた瞬間に浮かんだ。
ラップは埃で白く濁っていた。
一台はファンガードが曲がっている。
別の一台は角が内側に潰れている。
三台目には、エヴェレットの状態記録にない手書きの印。
アルデンはラップを切った。
一番上の機械から、灰色の埃が一枚の布みたいに落ちた。
ギャリックが一度咳をする。
「これがきれいなほうか?」
「違う」
「よかった」
アルデンは最初の一台を引き出した。
見た目より重い。
細かい埃がファンの羽根とヒートシンクの隙間に詰まっている。
指でファンを回すと、一つだけ妙に重かった。
シリアルを確認する。
番号は合っている。
状態は合っていない。
アルデンは記録を読み上げた。
「“撤去時は稼働”」
ギャリックがファン開口部を覗き込む。
「何から撤去したんだ?」
アルデンは答えなかった。
次のパレットを開ける。
さらに次。
十二台目まで来たところで、分類が三つできた。
外観上問題なし。
通電前に修理。
これは何があった?
ギャリックが三つ目を見る。
「専門用語か?」
「今からそうする」
ファンが割れているもの。
ねじが足りないもの。
電源ユニットに、テスターを当てる前から嫌な匂いがするもの。
アルデンはそれを横へ避けた。
「焼けてる?」
ギャリックが顔を近づける。
「かもな」
「励みになる」
「中古機械を買ったんだろ」
「コンピュータ機器を買った」
ギャリックはケースの中に詰まった埃を見る。
「機械の勝ちだな」
アルデンはエヴェレットに電話した。
「着いたか?」
「その定義による」
「嫌な予感がするな」
「“汚い”とは聞いてた」
「言った」
「控えめすぎた」
「俺がそれを言われたのは初めてだ」
アルデンは荷受け区画を見渡した。
六十台。
遠くからなら在庫に見える。
近くで見ると、証拠品に見えた。
「曲がったガード。死んだファン。足りないねじ。ヒートシンクに詰まった埃。少なくとも一台は電源が怪しい。まだ一台も通電してない」
エヴェレットが黙った。
次に口を開いたとき、声から冗談が消えていた。
「シリアルは?」
「今のところ一致」
「輸送中の損傷?」
「ある。全部じゃない」
「全部記録しろ。清掃前に写真。状態メモの範囲を明らかに外れてるものは、こっちでも押す。ただしアルデン――」
「分かってる」
「現状渡しは、現状渡しだ」
「自分が何に署名したかは分かってる」
そこが問題だった。
エヴェレットに騙されたわけではない。
故障は、最初からスプレッドシートに入れていた。
ただ――
十パーセント故障。
二十パーセント修理。
セルが赤くなる。
その程度の姿でしか想像していなかった。
父親の倉庫の床に、六十台の汚れた機械が並び、一台ごとに違う壊れ方をする光景までは。
通話後も、アルデンとギャリックは仕分けを続けた。
夕方には「外観上問題なし」の列が短くなり、「修理してから通電」が長くなっていた。
比較的まともに見える一台をテストベンチへ持っていき、カバーを外す。
ヒートシンクの隙間が、埃で埋まっていた。
アルデンは黙って見た。
ギャリックがエアホースをそばに置く。
「外でやれ」
「分かってる」
「ここで吹く気だったろ」
「考えてただけだ」
「外で考えろ」
二人で搬入口へ運ぶ。
圧縮空気を当てた。
茶色がかった灰色の雲が、雨の中へ爆発するように広がった。
ギャリックが一歩引く。
アルデンはヒートシンクの金属が見えるまで吹き続けた。
煙のような埃が晴れる。
ギャリックが言った。
「土も別料金だったか?」
アルデンはエアガンを置いた。
「だんだん、機械はタダで、土を買った気がしてきた」
閉店までに清掃できたのは三台。
三台だけ。
残り五十七。
アルデンはマニフェストを片手に、倉庫に立っていた。
スプレッドシートでは、故障率を仮定した。
倉庫では、その「故障」に六十個のシリアル番号が付いていた。
送金して以来、初めて思った。
自分が買ったのは、本当にBitcoinマイナーだったのか。
それとも――
九万五千ドル分の電子スクラップだったのか。
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本作は、作者本人が海外の小説投稿サイトで発表しているオリジナル作品の日本語版です。
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――東川鬼面斎




