第十七章 水圧鉄管
倉庫の裏まで行く前に、ギャリックはアルデンのブーツを却下した。
「だめだ」
アルデンは足元を見る。
「昨日とは違う」
「昨日よりきれいなだけだ」
「ちゃんと溝もある」
「タイヤにもある。これを履け」
ギャリックはトラックの荷台から、泥の乾いたゴム長靴を一足放った。
アルデンは片方を持ち上げ、中を覗いた。
「何か住んでないだろうな」
「もういない」
「安心できる答えじゃない」
「安心させるつもりもない」
十分後、二人は前日にアルデンが見つけた細い作業道を下っていた。
工場がトウヒの向こうに消えると、地面は急に傾斜を増した。
古い保守用の道は川へ向かうにつれて細くなり、両脇から藪が迫ってくる。
アルデンは電力会社の敷地図を透明ケースに入れて持ち、ギャリックは工具袋を下げていた。
「工具まで持ってきたのか」
「ああ」
「じゃあ点検するんだな」
「見るだけだ」
「何が違う?」
「“点検”と言ったら、お前は帰るころには何か分かった気になる」
アルデンは泥の轍をまたいだ。
「ずいぶん具体的な人物評だな」
「会ったことがあるからな」
川の音が近づいてきた。
木々が途切れたところで、ギャリックが止まる。
アルデンの目に最初に入ったのは、鋼鉄だった。
太い管がトウヒの斜面を下っている。塗装は褪せ、支持架には時代の違う補修跡がいくつもあった。
管の先には、小さなコンクリートブロック造りの建物がある。
アルデンは敷地図を見る。
「水圧鉄管か」
ギャリックが振り返った。
「予習したな」
「インターネットくらい使える」
「じゃあカリフォルニアは、お前なしでも無事そうだ」
建物まで下る。
壁から太い電線管が出て、地中へ潜り、工場の方向へ伸びていた。
ギャリックが鋼鉄の扉を開ける。
「何も触るな」
「分かってる」
「お前は触る直前によくそれを言う」
中には、水車と発電機が一体になった設備が据えられていた。
壁沿いには制御盤。
古いアナログ計器の隣に、後年追加された新しい機器が並んでいる。
発電機の筐体に金属製の銘板があった。
アルデンは埃をぬぐった。
定格を二度読む。
「四百五十キロワット」
「銘板値だ」
アルデンはギャリックを見た。
「小さくない」
「五メガワット必要なら小さい」
「必要ない」
「今はな」
アルデンは銘板を撮影した。
「動くのか?」
「最後に動かす必要があったときは動いた」
「いつ?」
「オーソンが病気になる前は、普通に。あとは回数が減った。できる範囲では手を入れてた」
「日付じゃない」
「ああ」
「今は?」
ギャリックが、黙ったまま静止している設備を指した。
アルデンは少し待った。
「……そうだな」
「実際にはどれくらい出せる?」
「場合による」
「何に?」
「水量。季節。取水口。氷。設備の状態。それと、まだ見つけてない故障」
「最大なら?」
「銘板は約束じゃない」
「約束を聞いてるんじゃない」
「Excelに入れるつもりだったろ」
アルデンは携帯をしまった。
「分かった。父さんのころ、普段はどれくらい出てた?」
ギャリックは少し考えた。
「水があって、設備がまともなら数百キロワット。条件が良ければ定格に近いこともあった。冬はかなり落ちる」
「どれくらい?」
「七月の数字で冬の計画を立てる気がなくなるくらい」
ASICの試算が頭に戻ってきた。
アルデンが考えている小さな試験ロットなら、四百五十キロワット全部など必要ない。
この発電所の一部だけでも、取引の前提は変わる。
二人は外へ出た。
「取水口も見たい」
「まだ上だ」
「今日は本物のブーツだ」
「俺のブーツだ」
「一時的な垂直統合だな」
ギャリックは無視して登り始めた。
水圧鉄管に沿って、川の取水設備へ向かう。
途中には古い溶接跡、排水溝、補修された支持架が続いていた。
比較的新しい管の一部で、アルデンが止まる。
「ここ、交換してる」
「一部な」
「父さんが?」
「お前の父親が金を払った人間が」
「これ、全長どれくらいある?」
「一本一本が、お前の問題になれる程度には長い」
二十分ほどして、取水口に着いた。
アルデンが想像していたようなダムではなかった。
モロー・クリークの水の一部だけをスクリーン付きの取水口へ導き、残りはそのまま下流へ流している。
コンクリート。
鋼材。
ゲート。
流木止めのスクリーン。
貯水池をつくらず、必要な水だけを取り込む設備だった。
アルデンは手すりのそばで腰を落とした。
「流れ込み式か」
「ああ」
「水量が減れば、出力も落ちる」
「ああ」
「ここが凍れば落ちる」
「ああ」
「ゴミが詰まれば――」
「そこは自分で言えるだろ」
アルデンは立ち上がった。
仕組みは、さっきまでより魔法ではなくなっていた。
だからこそ、役に立つものに見えた。
限界がある。
点検できる設備がある。
故障箇所があり、修理費を見積もれる。
そして何より――もう存在している。
木々の奥に隠れた発電小屋の方向を見る。
「父さん、これ全部にいくら使った?」
ギャリックは長くアルデンを見た。
「何年の話だ?」
「全部だよ。建設、許認可、修理、更新」
「一つの数字じゃない」
「概算でいい」
「質問が違う」
「じゃあ何を聞けばいい?」
ギャリックは鋼鉄の手すりを指で叩いた。
「ここまで残すのに、いくらかかったかだ」
アルデンは携帯を出し、ASICのモデルを開いた。
POWERの下に、二つ目のシナリオを追加する。
OWNED GENERATION
自家発電。
コスト欄は空白のままにした。
ギャリックがそれを見た。
「よし」
アルデンが顔を上げる。
「ゼロって入れると思ってたな」
「待ってた」
アルデンは空欄と、取水口を流れる水を交互に見た。
「燃料代はほとんどかからない。設備はもうある。水だって、もともとこの土地を流れてるなら……」
そこで止まる。
ギャリックは何も言わない。
アルデンは言い直した。
「つまり、一度動けば電気はほとんどタダだろ」
「違う」
アルデンが顔を上げる。
「違う?」
ギャリックは片手を手すりに置いた。
「お前の父親が、二十年近くかけて、そう見えるようにしたんだ」
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本作は、作者本人が海外の小説投稿サイトで発表しているオリジナル作品の日本語版です。
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――東川鬼面斎




