第十六章 川
翌朝八時十二分。
モロー・クリーク電力からメールが届いた。
アルデンはコーヒーより先に開いた。
添付は三ページ。
一ページ目は契約履歴。
二ページ目は古い系統連系の概要。
三ページ目は敷地図だった。二度スキャンしたあと、さらに一度FAXしたような画質だった。
拡大する。
顧客所有発電設備
所有者:ORSON VOSS
所在地:VOSS ARCTIC HEAT & EQUIPMENT
アルデンはもう一度読んだ。
別のメーターではない。
非常用発電機でもない。
発電設備。
父親のものだった。
メールに記載されていた技術部門の番号へ電話する。
二コールで女性が出た。
「モロー・クリーク電力、技術部のネイディーン・クォンです」
「アルデン・ヴォスです」
「存じています。保管資料を出したのは私です」
「これを送ったのも?」
「はい」
「これは、正確には何なんです?」
「過去の顧客所有発電設備に関する系統連系記録です」
「発電方式は?」
「概要表だけを見て推測はしません」
「電力会社の技術部でしょう」
「だからこそ、推測しないんです」
アルデンはノートPCの横に並べた古い電気料金明細を見た。
「つまり、この敷地はメーターのこちら側で自家発電できた?」
「当時の構成によっては、そうです」
「それなら、操業記録に比べて買電量が少ない理由になる」
「可能性はあります」
「どれくらい発電できたんです?」
「現在の容量として確認済みの数字はありません」
「数字自体はあるはずです」
「資料には複数の数字があります。でも、そのうちどれが、今も現地に残っている設備を表しているのか分かりません」
アルデンは眉を寄せた。
「どういう意味です?」
「古い書類は、現地調査の代わりにはならないという意味です」
ギャリックみたいな言い方だ。
ネイディーンは続けた。
「現時点で設備が運転可能かどうかも、こちらでは判断できません」
「系統連系の保守責任者は?」
「長年、お父様が契約上の連絡担当でした。工事業者や検査の記録も残っています」
アルデンは敷地図へ目を移した。
発電設備の記号は、工場の横にはない。
もっと奥だ。
倉庫の向こう。
自分がすでにスプレッドシートの一行に押し込めていた土地。
REAL ESTATE――不動産。
「この線、奥の区画へ伸びてますよね。何です?」
少し間があった。
「私も同じスキャン画像を見ています」
「それで?」
「二十年前の図面を、電話越しに解釈するつもりはありません」
アルデンは椅子にもたれた。
「現地に何があるのか確かめるには?」
「まず現物を見てください。銘板、開閉器、保護装置、それから今も残っている発電設備。昔の記録に稼働実績があるからといって、勝手に通電しないでください」
「そのつもりはありません」
「それなら結構です。運用状態を変える前に、こちらへ連絡してください。長期間停止していたり、設備が変更されていたりする場合は、系統へ並列運転する前に再検査が必要になる可能性があります」
アルデンは書き留めた。
「もう一つ」とネイディーンが言った。
「何です?」
「電力網は、あなた専用の巨大バッテリーではありません」
「まだ何もつないでませんよ」
「分かっています。先に言っておくんです。そのほうが後で手間が減りますから」
アルデンは思わず笑った。
「なるほど」
ネイディーンは、元の技術資料も引き続き探してみると言った。
通話が終わる。
アルデンはオーソンの椅子に座ったまま、片方の画面に系統連系の概要、もう片方にASICのモデルを表示していた。
ここ数日、POWERはExcelの一行にすぎなかった。
いま、その電力には所有者の名前がついた。
オーソン・ヴォス。
アルデンはASICモデルを閉じた。
機械の話は後でいい。
敷地図を印刷し、修理区画へ向かう。
ギャリックは作業台でモーターを組み直していた。
アルデンは紙をその横に置いた。
ギャリックは一度だけ目を落とした。
そして作業を続けた。
「知ってたな」
「ああ」
「それだけ?」
「知ってたか、と聞かれたからな」
アルデンは紙を指で叩いた。
「父さんは、この土地に自前の発電設備を持ってた」
「そう見えるな」
「“そう見える”?」
「書類があるだろ」
「ここで三十年働いてたくせに」
「それでも書類は書類だ」
アルデンは敷地の奥を指した。
「これ、倉庫の裏だ」
「ああ」
「敷地は歩いた」
「一部な」
アルデンは開いた搬入口の向こうを見る。
ヤードを越えると、地面は奥の区画へ向かって下っていた。
大半はトウヒに隠れ、その向こうで谷が低い尾根の間へ開いている。
道路から見たことはあった。
地図でも見ていた。
だが、工場の一部として見たことは一度もなかった。
「何で発電してる?」
ギャリックは別の工具に手を伸ばした。
「答えだけ聞きたいのか。それとも、自分で見たいのか」
アルデンの手が止まった。
「数日前に言えただろ」
「言ったら、お前は状態も見ないうちに数字をスプレッドシートへ入れてた」
アルデンはギャリックを見る。
ギャリックは電力会社の記録へ顎をしゃくった。
「今なら、まともな質問ができるだけのことは分かった」
アルデンは敷地図を折った。
「分かった。見たい」
「明日の朝だ」
「なぜ明日?」
「今日は客先が二件ある。それに、お前が何も分からんまま古い設備の中をうろつけば、仕事が三件になる」
アルデンは敷地図をさらに折り畳んだ。
「何を持っていけばいい?」
「ちゃんとしたブーツ」
「これもブーツだ」
ギャリックはアルデンの足元を見た。
「高い靴がブーツのふりをしてるだけだ」
「防水だぞ」
「ゴミ袋だって防水だ」
アルデンは黙って睨んだ。
ギャリックはウエスで手を拭いた。
「明日。七時」
その日の午後、アルデンは倉庫の外側を遠回りして歩いた。
砂利が切れるところで足を止める。
最後の資材ラックの向こうには、もうフェンスがなかった。
藪。
トウヒ。
でこぼこの地面。
そして、斜面の下へ消えていく細い道。
どこか下のほうから、水の音が聞こえた。
大きくはない。
途切れもしない。
アルデンは電力会社の敷地図を広げた。
小さな発電設備の記号は、木々の向こうのどこかにある。
父親がこの土地を選んだのは、ただ安かったからだ。
アルデンは長いあいだ、そう思っていた。
明日、ギャリックは見せるつもりなのだ。
オーソンが、本当は何を買ったのかを。
お読みいただき、ありがとうございます。
本作は、作者本人が海外の小説投稿サイトで発表しているオリジナル作品の日本語版です。
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――東川鬼面斎




