第十一章 八百台
翌朝六時十七分、エヴェレット・チェンから電話がかかってきた。
アルデンはもうオルソンの事務所にいた。資産台帳を開き、まだ製造番号を拾えていない機材を一つずつ潰しているところだった。
電話に出るなり言った。
「昨日あれだけ意味深な写真を三枚も投げておいて、今度は朝飯前に電話か」
受話口の向こうでは倉庫の騒音が響いていた。
「見たんだな」
「パレットなら見た」
「ASICマイナーだ」
「ビットコイン用の」
「そう。一つの仕事しかできない。だから、ものすごく役に立つか、ものすごく馬鹿げた機械か、そのどっちかになる」
アルデンは椅子の背にもたれた。
ASICが何なのかは知っている。だが、エヴェレットに電話をもらうまで、それを「用途の極端に限られた専用機」以上のものとして考えたことはなかった。
「何台ある?」
「この山だけなら、八百台くらい」
アルデンの手が止まった。
「八百?」
「検査を通って生き残る分を数えれば、多少は前後する」
「売却っていうより、撤収作戦だな」
「近い」
エヴェレットが静かな場所へ移ったらしい。倉庫の唸りが遠のいた。
「前に話した閉鎖の件、覚えてるか?」
「覚えてる」
「設備が行き場を失うと、こうなる」
アルデンはノートPCで昨日の写真を開き直した。
灰色の金属箱が、ばらばらの向きでパレットを埋めている。前後にファン。電源。埃。手書きの札。
サーバーではない。汎用のコンピュータでもない。
ただ一つの計算を、電気代か採算のどちらかに止められるまで延々と続けるための機械だった。
「型式は?」
「混在。古いAntminerが多い。少し新しいのもある。状態は、普通に動いていたものから、俺なら大事な機材には絶対つながないものまで」
「幅が広すぎる」
「現状渡しの清算品だぞ。Apple Storeじゃない」
アルデンは一枚を拡大した。ファンガードが欠けている個体もあれば、外見だけならまともなものもある。
「なんで俺に電話した?」
「ヴォス・アークティックの電気を調べろって言っただろ」
「まだ調べてない」
「知ってる」
事務所の窓越しに修理区画を見る。ギャリックはもう作業台に向かい、昨日持ち込まれた制御箱に身をかがめていた。
「工場はまだ売るつもりだ」
「なら五分で済む話だ」
「営業トークに聞こえる」
「値段を聞いた瞬間から営業になる」
「聞いてない」
「まだな」
アルデンは額を押さえた。
「その機械、何があった?」
「鉱場で使われてたものもある。閉鎖で外されたものもある。修理履歴が残ってるものもあれば、何もないものもある。ロットを絞ればマニフェストは出せる。ただし、写真だけ見て八百台全部に判を押す気はない」
「つまり、何台動くか分からない」
「そう」
「何年回してたかも分からない」
「全部はな」
「どこが壊れたかも」
「そのとおり」
「それでも買い手を探してる?」
「清算ってものが分かってきたな」
アルデンは、事務所の向こうに並ぶ修理用部品へ目をやった。
昨日ギャリックは、値段などほとんどつかない小さなコネクター一つで、止まっていたヒーターを生き返らせた。
だからといって、素性の知れない機械を八百台買うのが賢くなるわけではない。
ただ、馬鹿げていると切り捨てるのが少しだけ難しくなった。
「一台、どれくらい食う?」
「型式次第だが、お前が見るクラスなら三キロワット前後」
エヴェレットが言い終える前に、アルデンの頭では掛け算が終わっていた。
八百台。
これはコンピュータを買う話ではない。
電気設備をつくる話だ。
「二・五メガワット」
「全部同時に回せば、おおむねそのくらい。まあ、お前はやらないけどな」
「一台だって回すつもりはない」
「じゃあ安心だ」
アルデンはもう一度写真を見た。
「今どこにある?」
「このロットの大半はまだ海外だ。いったんまとめて、買い手を決めてから動かす」
「輸送費はひどそうだ」
「重い物を遠くまで運ぶんだ。送料が優しくなるわけないだろ」
「アラスカは遠い」
「地図で確認した」
アルデンは電話を切りかけた。
だが、代わりに聞いた。
「八百台、全部同じ売り手か?」
エヴェレットがほんの一瞬黙った。
それから笑った。
「出たな」
「何が」
「今日初めての、役に立つ質問」
「八百台全部買わなくていいのかって聞いただけだ」
「二分前には、一台も買わないって言ってた男がな」
「買わない」
「はいはい」
アルデンは一番大きな写真を開き直した。
「最小で何台から切れる?」
「欲しい機種と、どの程度の状態リスクを引き受けるかによる」
「目安をくれ」
「先に、お前がどんな壊れ方なら自分で抱えられるか教えろ」
他人にこういう返しをされるのが、アルデンは嫌いだった。
エヴェレットは続けた。
「本当に少しでも興味があるなら、混載ロットを一つだけ送る。約束はいらない。型式、消費電力、状態メモを見ろ」
「値段は?」
「買わないんだろ?」
「買わない」
「じゃあ値段はいらない」
アルデンはスマートフォンを睨んだ。
エヴェレットがまた笑った。
「マニフェストを送る」
電話は切れた。
三十秒後、メールが届いた。
件名:混載ASICロット――現状渡し
添付を開く。
型式。
台数。
申告された状態。
消費電力。
所在地。
備考。
一ページ目を読み、二ページ目へ進んだ。
メールの末尾に、エヴェレットが一文だけ書き足していた。
――この値段を見てもまだゴミだと思うなら、もう勧めない。
アルデンは、添付された価格表へカーソルを動かした。
お読みいただき、ありがとうございます。
本作は、作者本人が海外の小説投稿サイトで発表しているオリジナル作品の日本語版です。
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――東川鬼面斎




