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アラスカでビットコインを掘ることになった  作者: 東川鬼面斎 - Easton Ghostmask


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第十章 オーソンの店

翌朝、最初に門をくぐってきた男は、ヴォス・アークティックを訪ねなかった。


オーソンを訪ねた。


オールデンが古い仕入先資料の箱を事務所へ運んでいると、一台のピックアップが修理ベイの前で止まった。


運転手が降り、オールデンの向こうを覗く。


「オーソン、いるか?」


オールデンは足を止めた。


「いません」


男はそこで初めて、まともに彼の顔を見た。


「あ」


その一音でわかった。


思い出すのが、三秒ほど遅れたのだ。


「悪い。オールデンだな」


「そうです」


「何年か前の冬、お前の親父さんにうちの倉庫のヒーターを直してもらってな」


「父は六年前に亡くなりました」


「知ってる。悪いな。癖だ」


ギャリックが修理ベイの入口へ現れた。


手を布で拭いている。


「何が壊れた、カル?」


男はトラックの荷台を指した。


「バーナーが何度もロックアウトする。リセットすれば十分くらいは動く」


ギャリックが歩み寄る。


カルがテールゲートを開けた。


工具箱の横に、小型のヒーターユニットがベルトで固定されている。


ギャリックは制御盤を覗いた。


「燃料フィルターは替えた?」


「昨日」


「症状は同じ?」


「悪化した」


「置いてけ」


カルは頷いた。


「オーソンの店、いつごろ見られそう?」


オールデンが男を見る。


カルも、自分で言ったあとに気づいた。


「ヴォス・アークティック。悪い」


ギャリックは気にした様子もない。


「基板なら明日。違えば今日」


「電話くれ」


カルはピックアップに戻り、そのまま出ていった。


門が閉まるのを、オールデンは見送った。


「“オーソンの店”?」


ギャリックはハンドトラックにヒーターを載せる。


「場所ってのは、いろんな呼ばれ方をする」


「六年だぞ」


「昔の食料品店だって、まだ“ハーランの店”って呼ばれてる。ハーランは、お前が運転を覚える前に死んだ」


「だから変じゃない、とはならない」


「ああ」


ギャリックはヒーターを工場内へ押していく。


オールデンもついていった。


「客はまだ、親父がここで働いてると思ってるのか?」


「思ってない」


「今の男、親父を訪ねたぞ」


「三秒だけ忘れた」


「それ、慰めになってない」


ギャリックは作業台の前で止まった。


「なんで?」


「会社には名前がある」


ギャリックは開いた搬入口の向こうを見る。


色褪せた看板。


VOSS ARCTIC。


「お前の名字も書いてある」


「そこじゃない」


「違うか?」


オールデンは仕入先資料の箱を床へ置いた。


「会社自体はほとんど消えかけてるのに、みんな、親父が今にも事務所から出てくるみたいにこの場所を呼ぶ」


ギャリックはヒーターの点検パネルを外した。


「なら、早く売れ」


オールデンは彼を見た。


ギャリックは計測器に手を伸ばす。


「売るって言ったのはお前だろ」


「売る」


「なら、みんなが何て呼ぶかも、すぐお前の問題じゃなくなる」


オールデンは箱をオーソンの事務室へ運んだ。


二十分後。


工場の電話が鳴った。


ギャリックはヒーターを調べていたので、オールデンが取る。


「ヴォス・アークティックです」


エンジン音の向こうから、女の声がした。


「オーソンの店?」


オールデンは事務室の窓越しに工場を見る。


「ヴォス・アークティック・ヒート&エクイップメントです」


「ああ、そうそう。ギャリックいる?」


「います」


「循環ポンプが、嫌な音を立ててるの」


「どんな音です?」


少し間があった。


「あんた、オーソンの息子?」


「オールデンです」


「覚えてるわ」


質問への答えにはなっていない。


女は続けた。


「金属がカラカラ鳴る感じ。圧力は安定してる。まだ漏れてはいない」


オールデンはペンを取った。


「場所は?」


「クリーク・ロードを入ったところの、小さいアパート」


「暖房の循環はまだ動いてます?」


「今のところ」


オールデンは受話器を手で塞いだ。


「ギャリック。循環ポンプ。金属音、圧力は安定、漏れなし。クリーク・ロードのアパート」


「漏れ始めたら予備の遮断弁だけ閉めろって言え。ループ全体は止めるな。昼飯のあと寄る」


そのまま伝える。


女が言った。


「ギャリックに、パイ一つ借りができたって言っといて」


「請求書に載せておきます」


女は笑った。


「やっぱりオーソンの息子ね」


電話が切れた。


オールデンは古い事務用コンピューターで顧客データベースを開いた。


ソフトウェアは時代遅れだったが、まだ使える。


何百件もの記録が残っていた。


すでに取引のない客も多い。

廃業したところもある。

設備を更新した客もいた。


だが、最近の修理履歴は空ではなかった。


フェアバンクス郊外の倉庫。


小さなアパートが二棟。


教会のボイラー。


建設業者の移動式ヒーター。


修理中の機械を三台抱えた保守会社。


直近十二か月に絞り込む。


「聞いてたより仕事があるじゃないか」


ギャリックは顔を上げなかった。


「会社の調子を聞かれた」


「受注の話も聞いた」


「製造の受注は、ほとんど消えた」


「修理は残ってるって言えただろ」


「コンピューターを開けば見えた」


オールデンは画面を見る。


昔の人数を養えるほどの売上ではない。


だが、ゼロでもない。


もっと重要なのは、仕事に傾向があったことだった。


古い機械。


癖のある施工。


寒冷地特有の故障。


システム全体を交換するより、壊れた箇所だけ直したほうがはるかに安い案件。


残った工場が、今でもできる仕事ばかりだった。


オールデンは修理ベイへ戻った。


ギャリックは、さっきのバーナーユニットを開けている。


「基板?」


「違う」


「じゃあ何?」


ギャリックは小さなコネクターを持ち上げた。


「腐食。接触不良」


「それだけ?」


「それで十分壊れる」


「試験する前からわかってた?」


「疑ってはいた」


「十分動いて、そのあと止まる。フィルターを替えたら悪化した。それで?」


「匂いで」


オールデンは彼を見る。


「匂い?」


「接点が熱を持ってる匂いだ」


ギャリックはコネクターを掃除し、傷んだ端子を交換して、もう一度ユニットを動かした。


バーナーが点火する。


二人は待った。


十分。


十五分。


ロックアウトしない。


オールデンはヒーターを見る。


「この修理、いくら取る?」


「診断料。工賃。部品代」


「部品はいくら?」


「ほとんどタダみたいなもんだ」


「じゃあ客が払うのは、“ほとんどタダのどの部品が壊れたか知ってること”に対してか」


ギャリックはユニットを止めた。


「修理仕事ってのはそういうもんだ」


オールデンは棚を見る。


つい昨日まで、パレットごと競売に出そうとしていた古い部品たち。


昨日までは在庫だった。


今日は、一つのコネクターが“修理で済む”と“全部交換する”の境目になった。


外で、車のドアが閉まる音がした。


別の業者が、制御箱を片腕に抱えて入ってくる。


ギャリックを見つける。


「おはよう。オーソンの店、まだこれ直せる?」


オールデンはギャリックを見た。


ギャリックもオールデンを見る。


どちらも訂正しなかった。


業者が制御箱を作業台へ置く。


そのとき、オールデンのポケットでスマートフォンが震えた。


ギャリックが箱を開け始めたので、そのまま無視する。


一分後、また震えた。


そして三度目。


ようやくスマートフォンを取り出す。


通知は、何か月も前にミュートした業界グループからだった。


エヴェレット・チェンが写真を三枚投稿している。


倉庫の床。


パレット。


灰色の金属製の機械が、何列にも並んでいる。


用途の細部は知らなくても、特殊な計算機であることくらいはオールデンにもわかった。


写真の下に、エヴェレットの一文。


北米でまだ変なハードウェアを買ってる奴、俺に電話しろ。


オールデンは画面を見つめた。


エヴェレットが話していたのは、これか。


誇張ではなかった。


ギャリックが横目で見る。


「問題か?」


「たぶん違う」


オールデンは画面を消し、スマートフォンをポケットへ戻した。


エヴェレットは言っていた。


電気代を調べろ、と。


オールデンには、まだ売るべき工場があった。

お読みいただき、ありがとうございます。


本作は、作者本人が海外の小説投稿サイトで発表しているオリジナル作品の日本語版です。


続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。


――東川鬼面斎

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