第95話 ベテラン低層パーティのリーダー
神殿に隣接する施療病棟。
「あら、カーティスさん。お見舞いってことは、今日もダンジョンへ?」
「ええ、このあと行く予定です。妹の具合はどうですか?」
廊下ですれ違った看護師に声をかける。
彼女は入院当初からよく妹の面倒を見てくれていた。
「よくなってきてますよ。今日もカウンセリングの先生に会えると喜んでました」
「……あいつか」
「ふふ、悪い人じゃないですよ。少し研究熱心なだけで」
看護師と別れ、俺は病室の扉を開けた。
ダンジョンに行く前には、必ず妹の顔を見る。
これが俺の日課だ。
「お兄ちゃん!」
「よおっ。エイミー、具合はどうだ?」
少し年の離れた妹だが、ダンジョン通いの俺を見て、いつしかエイミーも冒険者としてダンジョンへ入るようになっていた。
本当は星詠みの学問でも修めて欲しかったが、ウチの家系はどうも勉学には向かないらしい。
死んだ両親も、俺に「なんで頭の悪いとこが似ちまったんだ」って嘆いてたな。
「うん。だいぶいいよ!」
エイミーがベッドの上で明るく笑う。
「あ、今日ね! アリソン先生のカウンセリングを受けられるんだ!」
「そうらしいな」
「あ、いやな顔! いい先生なんだよ!」
「そーなのかねえ」
アリソンとかいう、魔法協会の医療研究者。
正直、苦手なタイプだ。
軽薄そうな面をしていて、あの気取った話し方も気に食わない。
しかし、何故か患者からの評判はいい。
つまり、俺の目が節穴なんだろう。
他愛もない話を続ける。
今は、この時間のために生きている気がする。
「――だから、また、一緒にダンジョン……に……」
不意に、エイミーの手がガタガタと震えだした。
見開かれた瞳から光が消え、息が途切れ途切れになる。
「大丈夫、大丈夫だから。急がなくていいんだ! 落ち着いて、ゆっくり息を吸え!」
俺は慌てて彼女の背中をさすり、落ち着かせる。
エイミーの体に外傷はない。
ダンジョンを攻略中、目の前で仲間が死んだ。
それ以降、エイミーは恐怖で動けなくなってしまったんだ。
(高額な治療費を支払ってでも、必ず治してやる)
そのためにも、俺は今日もダンジョンで稼ぐ。
◇ ◇ ◇
「タケルといいます。よろしくお願いします」
募集に現れた新人は、妹と同じくらいの年格好だった。
レベルは8。
即戦力とは言い難いな。
しかも、腰に剣を差してやがる。
それに皮鎧。
こっちは魔法職の募集を出したはずだが?
「おう、俺はこのパーティリーダーのカーティスだ。変わった格好してるな? 魔法使いなんだよな?」
「はい。杖は後ろのベルトに付けてるんです」
タケルは腰の後ろから短い杖を取り出して見せた。
俺は簡単にパーティの編成や、ダンジョンでの水資源の重要性を説明してやった。
「あ、俺はエナックの魔導具機能で水を出せるので――」
そう言ってタケルが懐から取り出した黒い板を取り出した。
「エナック持ち!?」
俺はビックリしすぎて、思わず声が裏返っちまった。
今までの妹の治療費を全部足しても、あんな高級品買えねえぞ。
「おい、カーティス。このガキ、絶対金持ちのボンボンだぜ。面倒臭いことになるから追放しようぜ」
アントンが、俺の背後でデカい声で耳打ちしてきやがる。
貴族には見えねえが、成り上がり商人の息子とかか?
どちらにせよ面倒なことになる。
報酬の配分に文句をつけてきたり、怪我でもさせたら親に何をされるか分かんねえしな。
しかし、その顔つきは擦れておらず、素直そうではある。
「まあ、待て。焦るなアントン。ボンボンが全員使えないわけじゃない」
俺は値踏みするようにタケルを見た。
「お前、貴族……じゃないよな。アカデミー生か?」
「いえ、王都へ来たばかりで」
「出身は?」
「か、カウベル」
カウベルから来たのかよ!
あの辺境から、そのレベルで王都まで来るのは大変だっただろう。
(いい奴そうじゃねえか)
やる気があるなら、じっくり育ててやってもいい。
◇ ◇ ◇
「へへ、驚いたか。これが、王都アステリアの無限ダンジョンの入口だ」
「ホントに、凄いです」
地下の大空洞に降り立ったタケルは、光の柱を見てイチイチ驚いてやがる。
まだ何も知らねえんだろうな。
ここは、俺がいい先輩の背中を見せてやらねえと。
そう意気込んでいると、アントンが大騒ぎを始めた。
「って、うお! あれ『ネームレス』の集団じゃねえか!」
「なんだと!?」
(うおおお! 本物のカートだ!!)
遠くを歩くネームレスの姿に、俺の心拍数は一気に跳ね上がった。
今すぐ走って挨拶に行きたいが、新人の手前、そうもいかねえ。
「おい、あんまりジロジロみるな。トップクランと言っても、ネームレスなんて数あるクランの一つだ。シャンとしてろ!」
(見て下さい! 俺はあなたに憧れて大剣を振ってるんです!)
「お前こそ、一番ガン見してんじゃねーか」
アントンの冷静なツッコミに冷や汗をかく。
やばい、カートさんを見てニヤつきが止まらん。
顔を引き締めねえと!
グッと顔に力を入れていると、なんとネームレスのメンバーがこっちに近付いてきやがった。
先頭に立つのは、たしか『人形遣い』のエリック。
(まさか、俺の才能を見抜いてスカウトする気か!?)
そう期待した、次の瞬間。
「おや、おやおやおや? 君は、タケルくんかい?」
「どうも、ご無沙汰してます」
(嘘だろ、このガキ! ネームレスと知り合いなのかよ!)
しかも、あのカートさんにまで声をかけられてやがる。
俺とアントンは、ただただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「……おい、カーティス。なんでそんな難しい顔してんだ。行こうぜ」
「……おう」
◇ ◇ ◇
ダンジョンに入り、索敵を進める。
まずは俺たちが戦い方を見せて、指導してやらねえとな。
(見てるか、新人。これがベテラン低層パーティの指揮だ!)
通路の奥で、ヤテベオが大きく木の蔓を伸ばしてきた。
このモーションはヤベえ!
「まずい! 下がるぞ!」
俺が叫んだ直後。
タケルの放った水弾がヤテベオの顔面に直撃し、敵が怯んだ。
「お? よっしゃー! 任せろ!」
俺はすかさず大剣を振り下ろす。
タケルめ、水魔法が使えるとか言ってたが、良いタイミングだ。
アントンにシールドを張る判断も速い。
(こいつ、後方支援のセンスが抜群じゃねえか)
そのお陰で、イーライの回復を待たずに戦闘を維持できる。
あいつの精霊魔法は強力だが、詠唱に時間がかかるからなあ。
◇ ◇ ◇
だが、その評価は甘すぎた。
空間が割れ、見たこともねえ奴が現れた。
中層でも出てくるか分かんねえようなモンスターだ。
もう雰囲気だけでヤベえのが分かる。
逃げるしかなかった。
(もう、意味分かんねえ!)
走りながら振り返った俺が見たのは、信じられない光景だった。
水魔法の使い手であるはずのタケルが、巨大な火球を放ってやがった。
相反する二つの属性?
あり得ねえだろ。
「俺が応急処置をしてきます!」
「わかった。頼んだぞ、タケル!」
いつの間にか、この絶望的な逃走劇を動かしているのはタケルだった。
あの光は〈ヒール〉!?
タケルが使ったのか?
ダメだ。
今は考えてる余裕はねえ。
イーライも限界に近い。
俺が囮になって時間を稼がねえと。
「確保しました!」
タケルの声が響く。
「逃げるぞ!」
見れば、タケルは大人の重戦士を担ぎ上げて走っていた。
どこにそんな力があるんだ。
テレポートの罠を使って怪我人を逃がした。
アントンがやったのかと思ったが、タケルが思いついたらしい。
(あいつ、ここに来たの初めてだよな?)
そして、長い通路での最終決戦。
一直線に放たれた炎の槍が、バケモノ2体をまとめて消し炭にした。
(上級魔法……だと?)
あれを倒すなんて発想、俺には微塵もなかった。
どうやって逃げ延びるかだけを考えていた。
こいつは、タケルは、俺たちとは何かが決定的に違う。
◇ ◇ ◇
地上に生還し、ギルドで解散した後。
俺たちは酒場で祝杯を挙げていた。
受け取るつもりのなかった分け前も貰ったしな。
「誘わなくてよかったのか?」
ジョッキを傾けながら、アントンがぽつりと言う。
「あいつなら、もっと上を目指せるだろ。ウチみたいな底辺のクランじゃなくてな」
俺は笑って答えた。
悔しさは不思議となかった。
むしろ、あんな規格外のバケモノの、王都での「初めてのパーティリーダー」になれたことが、少しだけ誇らしかった。




