第96話 ラクンのプランター
ジャック・ブルトンの屋敷。
無限ダンジョンから無事に帰還できた俺は、ジャックの屋敷へと帰ってきた。
「ただいま、でいいのかな?」
「あ、タケル、おかえり!」
玄関を開けると、ユラが弾んだ声で出迎えてくれた。
彼女のこういう明るい声はちょっと珍しい。
尻尾が機嫌よく揺れている。
「なんかご機嫌だな?」
「こっちきて! ラクンが凄いのよ!」
(なんだ? キャンドル作りの才能が開花したとか?)
ユラが俺の手を引いて応接室へと誘導する。
「おお、戻ったかタケル。これを見たまえ!」
ジャックが興奮した様子で身を乗り出してきた。
テーブルの上には、ラクンの骨のプランターが置かれていた。
よく見ると、プランターの土の中央で何かが淡く光っている。
「水晶花が芽吹いたのだ!」
「へえ」
(ゴブリンの村の、クリスタル洞窟に昔咲いてたってやつだよな)
「どれだけ凄いのか分かってないようだな」
ジャックは、やれやれといった風に大げさに肩をすくめる。
「何となく、凄そうな雰囲気は伝わっていますけど」
「研究していた者は多い。しかし、誰一人として水晶花を種から育てることはできなかったのだ!」
「王都で研究されてたんですか?」
「王都だけじゃないぞ。色んな研究者が興味を持っていた。たしか、マナを吸って成長する……とか言われていたな」
「あ、そういえば、水晶の実は高く売れたと聞いたことがあります」
「その通り! 水晶の実が流通していたのは、10年前とか……もっと昔だ」
「当時は、小さな実でも金貨1枚はしたんだって!」
ユラが目を輝かせて補足する。
「そんなに!?」
(金貨1枚。つまり銀貨100枚分だ)
あ、今日、俺ダンジョンで銀貨30枚くらい稼いできたんだけど……。
自分でも驚くくらい稼げたのに……。
スケールの違いに、少しだけ肩が落ちる。
「ケル、元気、ないのか?」
ラクンが小首を傾げて、俺の顔を覗き込む。
「いや、ラクンの凄さに驚いてるんだよ……」
「そうか」
ラクンは少し得意げに鼻を鳴らした。
「まあ、まだ喜ぶには早い。芽吹いただけだ。花が咲いたわけでも、実ったわけでもないからな」
ジャックが咳払いをして自分を落ち着かせる。
(さっきまで十分喜んでたじゃん)
「今は余計な手出しはしないことに決めた。ここはラクンに任せよう」
「意外に慎重なんですね」
「水晶花の種は、もうこれ一つしかないらしいからな」
「そうなの?」
俺が尋ねると、ユラが静かに頷いた。
「偶然、拾った。ずっと、隠してた」
ラクンがぽつりと言う。
(あの洞窟で、1人で歌の練習をしてたって言ってたな)
ラクンにとって、自分だけの宝物だったのかもしれない。
「俺も研究者の端くれだ。事の重要さは理解しているつもりだ。陰ながら応援しているぞ」
ジャックは上機嫌でキャンドル工房へと向かっていった。
彼が部屋を出てから、俺はラクンに聞いてみることにした。
「でもいいのか? 実が生ったら、あのおっさん売る気満々だぞ?」
「いい」
ラクンが俺を真っ直ぐに見上げる。
「ケルは、金が、ないのだろう?」
(俺のため!?)
「我も、ユラのように、役に立ちたい」
「……もう、ラクン」
ユラが涙声になって、ラクンをぎゅっと抱きしめる。
ラクンはされるがままになって、ユラの腕の中で目を瞬かせた。
(そんなことを思っていたのか)
いつかのユラみたいだ。
そうだよな。
誰かの役に立てたら嬉しいよな。
その気持ちは、動けなかった俺にも痛いほど凄く分かる。
「ありがとうな、ラクン。……よし! 何か美味しいもの食べに行こう」
「タケル知らないの? 王都のご飯ってすごく高いのよ?」
ユラが涙を拭いながら、からかうように言う。
「実は今日、ちょっとだけ稼いできたんだ」
俺は銀貨の詰まった重い財布を揺らして見せる。
「ジャックさんに、俺たちでも入れそうな美味い店を聞いてみよう」
◇ ◇ ◇
数日後。
俺は野良パーティに参加しながら、無限ダンジョンのクエストを進めていた。
ギルドでは、カーティスたちと顔を合わせることもある。
『おうタケル! 無理してねえか?』
カーティスたちは、なんだかんだで世話を焼いてくれる、いい兄貴分みたいな人たちだ。
結局、初日のカーティスたちとの戦闘が一番儲かったな。
その分、命の危険もあったけど。
あれからスノウファントムのような、階層に合わない危険なモンスターには出会っていない。
(ネームレスが言っていたマナの乱れ……少しは落ち着いたのかな?)
俺は杖を握り直し、今日もまた光の柱へと歩みを進めた。




