第94話 均等分配
(この長い通路の先までいったら、勝負だ)
俺は杖を握り直し、残る体力を振り絞って全力でダッシュする。
「お、おい! タケル!?」
俺の急加速に、並走していたカーティスが驚きの声を上げた。
俺は彼らを追い抜き、通路の突き当たりの壁まで一気に駆け抜ける。
壁にドンッと手をついて急ブレーキをかける。
大きく息を切らせながら振り返った。
(よし! 息を整えろ)
追ってくるスノウファントムは2体。
俺は通路の幅を利用して、奴らを横に並ばせないように立ち位置を微調整する。
片方に向けて〈ファイヤー・アロー〉を放ち、牽制して少しだけ後ろへ下がらせる。
(……よし、重なった。マナは、まだ足りる!)
先行するスノウファントムが、周囲の冷気を吸い込むように胸を大きく膨らませた。
(さっきの、ブレスか!?)
「……撃ってみろよ」
俺はじっと杖を構えて待つ。
(みんなが……俺の射線を通り過ぎたら!)
最後尾を走っていたアントンが、滑り込むようにして俺の横を通り抜けた。
その瞬間、スノウファントムの口から吹雪が吐き出された。
「ここだッ!」
〈インパクト・フレア〉
杖の先から放たれた火球が、迫り来る吹雪の壁に真正面から飛び込んだ。
やや遅れて、通路の中で爆発が連鎖する。
轟音が鳴り響きく。
炎と氷がぶつかり合ったことで、激しい高熱の蒸気が通路を埋め尽くした。
俺は大きく息を吸い込み、残る全てのマナを杖に込めた。
「貫けぇーー!!」
〈フレイム・ランス〉
杖の先から、巨大な炎の槍が一直線に突き抜ける。
白い蒸気の煙を真っ二つに裂く。
重なった2体のスノウファントムをまとめて飲み込んだ。
熱風がこちら側にも吹き返してきて、俺の髪を激しく揺らした。
炎の奥から、断末魔の甲高い叫びが響き渡り、やがてかき消えた。
「じょ、上級魔法だと!?」
背後でイーライが、普段の冷静さを完全に失った声で叫んだ。
蒸気が晴れていく。
通路の端には、スノウファントムが着ていた着物の残骸のようなものが、チロチロと残り火を上げて揺らめいていた。
モンスターの姿は、跡形もなく消え去っている。
「やった……のか」
アントンが信じられないものを見るように、ぽつりと呟いた。
(息が……しんどい)
俺は杖をベルトにしまい、念のため腰の剣に手をかけた。
(まだ、動けるのか、俺……)
極度のマナ枯渇だ。
膝が笑い、足がガクガクと震えている。
「大丈夫だ、タケル。終わったぞ」
カーティスが歩み寄り、俺の肩を叩いた。
「マジで? あれをいっぺんに倒したのかよ……」
アントンが額の汗を拭いながら、呆然と息を吐く。
その時、ドサッという鈍い音がした。
別パーティの負傷者が、床に倒れ伏していた。
彼は頭から血を流したまま、ここまで必死のマラソンに耐えていたんだ。
限界が来るのも無理はない。
すると、イーライが一歩前に出て、静かに目を閉じた。
彼の唇が微かに動き、聞き取れないほどの小さな声で何かをブツブツと唱え始める。
(これが……詠唱?)
しばらくすると、イーライの足元が淡く光る。
ホログラムのような半透明の樹木が生え出してきた。
枝葉が広がり、そこからキラキラと輝くマナの粒子が、俺たちに降り注ぐ。
「木が、透き通ってる……」
俺は思わず声を漏らした。
「タケルは精霊魔法を見るのも初めてか。エルフの魔法ってのはイチイチ綺麗なんだよな」
カーティスが目を細めて光の粒を見上げる。
「エルフの精霊魔法〈世界樹〉だ。この場所では効果は薄いが、気休めにはなるだろう。傷を癒すだけではなく、体の疲労も回復させるのが私たちの魔法だ」
イーライが少し誇らしげに告げる。
(なるほど、それで息苦しさも消えたのか)
降り注ぐ光の粒子が、枯渇したマナの痛みと身体の疲労を優しく解きほぐしていく。
これがエルフの、イーライの精霊魔法。
「ずっとここに居たいと思うくらい、気持ちいいです」
俺が素直に笑うと、イーライはふっと口角を上げた。
◇ ◇ ◇
地下の大空洞、光の柱が立つ広場へと無事に帰還した。
そこには、テレポートの罠で先に逃がした別パーティの剣士も待っており、無事に合流することができた。
彼らは「命の恩人だ」と、カーティスが困るくらい何度も何度も頭を下げてお礼を言っていた。
彼らと別れた後、広場の隅でアントンがゴソゴソとポーチを漁り始めた。
「ほれ、あの雪女のドロップだ。消滅する前に、ちゃっかり拾っといたぜ」
アントンが取り出したのは、透き通るような美しい氷の結晶だった。
冷気を放ちながら、淡く輝いている。
「どのくらいの価値かは分かんねえけど、あのレベルのドロップだ。たぶん相当なお宝だぜ」
「タケルのお陰で助かった命だ。これはお前が持っていけよ」
カーティスが真剣な目で俺に結晶を押し付けてくる。
「いえ、正直、属性の相性がよかっただけです。氷属性の弱点を突けただけで……。もし別の属性の敵だったら、どういう結果になっていたか分かりません」
「それでもだ。俺たちは、命があっただけでも儲けモンだ。さすがに、このお宝を貰うわけにはいかねえよ」
カーティスは頑なに首を振る。
(ありがたい申し出だとは思う。けど……ここはカッコ付けたいよな)
俺は結晶をそっと押し返し、彼らの顔を見渡した。
「"誰がどれだけ活躍しようが、報酬は均等に分配する"。それが、パーティなんでしょ?」
彼らは一瞬、雷に打たれたように固まった。
「んぐっ……」
カーティスが言葉に詰まる。
「カーティス、お前の負け――。いや、私たちの負けだ。タケルに従おう」
イーライがやれやれといった様子で肩をすくめ、優しく微笑んだ。
「かーっ! ちくしょう! 何でそんなに強くいんだよ! ……ありがとな、タケル!」
カーティスが俺の肩をガシガシと揺さぶりながら、照れ隠しのように豪快に笑った。
アントンも嬉しそうに大笑いしている。
王都での初めてのダンジョン探索は、黒字と笑顔で幕を閉じた。




