第92話 迫る冷気
不規則に伸びる異形の影。
コンクリートの壁に張り付くように、その輪郭が徐々に明確になっていく。
〈ヤテベオ/闇属性/レベル:11〉
(木のモンスター!?)
でも、属性は木じゃなくて闇だ。
しかも、なんだ……?
数が多い!
通路の奥から、ゾロゾロと蠢いているのが見えた。
「こいつは、モンスターを呼び寄せる性質があるんだ」
カーティスが大剣を構えながら説明する。
(ミスったな)
こういう時は〈インパクト・フレア〉の範囲攻撃が一番効果的なんだけど。
後方支援でパーティに入れてもらった手前、水魔法が使えることしか言ってない。
でも、今のところ先輩たちの顔に焦った様子はない。
(今は支援に徹する!)
「シールドを張ります!」
〈ウォーター・シェル〉
アントンの分厚い体が、揺らめく水の膜で包まれる。
「おう! 助かるぜ!」
アントンが大盾を前に突き出し、豪快に笑った。
カーティスの指揮で、このパーティは滑らかに動く。
アントンが〈タウント〉の赤い光で敵を引き付ける。
イーライの魔法と妖精で敵の足止めする。
カーティスの大剣が確実にトドメを刺す。
バランスの取れた、いいパーティだ。
(カーティスの指揮も的確だと思う)
慣れているというか、彼への絶対的な安心感がメンバーに伝わっている感じがする。
でも、やっぱり全体の指揮を執るのは、後衛の方がいいよな。
(あっ……)
ヤテベオが大きく木の蔓を伸ばしてきた。
「まずい! 下がるぞ!」
カーティスが叫ぶ。
(蔓の動きは素早いけど、本体はそれほど速くない)
伸びてくる蔓を、アントンが盾の角度を斜めにして見事に受け流す。
(前衛だと、こういう時に少し全体の対処が遅れるんだよな)
視野の問題だ。
単純に後ろから全体を見ている方が、死角が少ないってだけだ。
アンジェラみたいに、俯瞰して戦況を見れる人もいるけど。
あれは規格外だろうからな。
アントンが盾で蔓を弾き返した瞬間。
別のヤテベオの本体が横から顔を出した。
(今だ!)
〈ウォーター・バレット〉
俺の杖から放たれた水弾がヤテベオの顔面に直撃し、一瞬怯ませる。
「お? よっしゃー! 任せろ!」
すかさずカーティスが大剣を振り下ろし、幹を両断する。
後続の敵は、イーライの妖精が光の粒を連射して釘付けにしている。
見事な各個撃破だ。
けれど、俺の中には小さな不満があった。
〈ファイヤー・アロー〉のクールタイムは1秒。
だから連射が効いて、牽制にとても使いやすい。
対して〈ウォーター・バレット〉のクールタイムは5秒。
たった4秒の差なんだけど、戦闘中だとひどく使い辛く感じる。
火魔法に慣れ過ぎて、水魔法が上手く使えないんだ。
中級魔法に、防御系を選択したのも影響している。
攻撃の手数が足りず、汎用性が低くなった感じがする。
いや、単に俺が水魔法を使いこなせてないだけか。
これは、二種の属性を持ってるのに、片方しか使わないように制限をかけているせいだ。
もう思い切って開き直るか?
出し惜しみをして怪我でもしたら、本末転倒だ。
相反する属性を扱えるということ。
それがこの世界でどれほどの影響力を持つのか、分かってないのが問題なんだよな。
◇ ◇ ◇
「ふい~。やっと休憩できそうだな」
安全地帯らしき開けた場所に出ると、アントンがドカッと床に腰を下ろした。
「ああ、タケル。拾うなら妖精が解体した物だけでいいぞ」
杖を手入れしながら、イーライが涼しい顔で教えてくれる。
(この妖精さん、解体までやってくれるのか!?)
「すごく賢い子なんですね」
「ふっ、私が育てたからな」
イーライが自慢げに鼻を鳴らす。
(すっごいドヤ顔。顔が良いから絵になるな)
「お前の水魔法、いいな。シールドがあるだけで、あんなに楽になるとは思わなかったぜ」
アントンが額の汗を拭いながら、俺に親指を立てた。
「回復を使わない分、私のマナの節約にもなった」
イーライも満足そうに頷く。
「ありがとうございます。まだまだ使いこなせてなくて、俺もすごく勉強になりました」
「やっぱ後衛が2人いると、安定感が増すな」
カーティスが大剣を背負い直し、嬉しそうに笑った。
「なあタケル。王都に来たばっかで何も決まってねえなら、俺たちと――」
「カーティス!!」
カーティスの言葉を、イーライの鋭い声が遮った。
エルフのピンと尖った耳が震えている。
「なんだよ、イーライ」
「マナの……色が変わった」
イーライがダンジョンの奥を睨みつけながら言う。
(マナの色?)
「……何色だ?」
カーティスの表情が一瞬で引き締まる。
「見たことも無い色だ」
「ちっと早いが、黒字にはなってる。引き上げるか」
(なんかヤバイのか?)
俺は〈探知〉には何の反応もない。
イーライのエルフ特有の感覚やスキルで、何かを感じ取っているのか。
「マップに出口までの最短ルートを表示させた。もし、はぐれたらマップの光を信じろ」
俺の視界のマップにも、出口へ向かう緑色の光の線が表示された。
(この使い方はやったことなかったな)
「今回は出会わなかったが、ダンジョンには目くらましや幻術で、こちらのパーティ情報を遮断してくるモンスターもいる」
イーライが足早に歩き出しながら説明する。
「そんなのまで居るんですね」
(だから、"マップのルートを信じろ"か)
その時だった。
突如、巨大なガラスを叩き割ったような高い音が、地下空間に大きく響き渡った。
(……温度が下がった?)
何もない空間にヒビが入り、砕け散る。
割れた虚空の奥から、冷気を纏った人型のモンスターが滑り出るように姿を現した。
足は見えない。
宙を揺らめいて浮かんでいる。
闇のように黒く、異様に長い髪。
浴衣のような和装を身に纏っていた。
〈スノウファントム/氷属性/レベル:15〉
(15レベ……!)
「おい、なんだこいつ!」
アントンが咄嗟に大盾を構える。
しかし、その威圧感にカーティスの顔がさっと青ざめた。
「戦うなっ! 逃げるぞ!」
カーティスは、前に出ようとしたアントンを強引に引き戻した。
「走れ!」
絶望的なレベル差。
けれど、それ以上の畏怖を感じた。
俺たちは振り返り、出口へ向かって全力で駆け出した。




