第91話 迷宮の形
通路は広く、真っ直ぐに伸びている。
(まるで、戦い易く設定されているみたいだ)
等間隔に壁へ埋め込まれた照明のおかげで、視界は十分に開けている。
コンクリートのような無機質な壁と床。
それなのに、どこからか森の湿った匂いが漂ってくるという、ひどく奇妙な空間だった。
先頭を歩くアントンは、ただ大盾を構えているだけのタンク役ではない。
床の僅かな変化や、壁の窪みなどを調べ、索敵と罠のチェックまで同時にこなしている。
(先頭に立つ盾役が、こういう仕事までやってくれるのは本当に助かるよな)
「おっと。さっそくお出ましだ」
アントンが足を止め、大盾を身体の前に構えた。
同時に、俺の〈探知〉にも複数の赤い光点が引っかかる。
「〈妖精召喚〉……」
最後尾を歩いていたエルフのイーライが、静かに杖を掲げて呟く。
すると、彼の首筋から肩にかけて、淡く光る朱痕が浮かび上がった。
一本の樹木を模したような紋様だ。
(これ! エルフの〈種族刻印〉か!)
俺の視線に気付いたイーライが、前方を睨み据えたまま口を開く。
「精霊魔法は自然の力を借りる物が多い。このキューブ型のダンジョンでは、その真価を発揮できない。しかし、妖精は私のマナで動く」
「これ、妖精……なんですね」
(俺にはピカピカ光って飛び回る光の玉にしか見えないんだけどな)
「ヒトの眼には、真の姿は映らないさ」
イーライは涼しげな顔でそう返した。
(へえ。イーライからは、一体どういう風に見えてるんだろ?)
「来るぞ!」
アントンの野太い声が響く。
通路の奥からカサカサと不気味な足音を立てて現れたのは、巨大な昆虫だった。
〈クロオオアリ/土属性/レベル:6〉
(うおー、デッカイ蟻! めちゃキモい!)
昆虫は大きくしちゃダメだよ。
本能的な嫌悪感が湧き上がる。
「ハズレだな」
アントンが大盾をガチンッと打ち鳴らす。
彼を中心にして赤い光の波紋が広がった。
すると、光を浴びた蟻たちが、一斉に方向を変えて、アントンめがけて殺到してくる。
(挑発スキル!? たしか〈タウント〉だっけか)
「おらー!」
群がってきた蟻の側面に素早く回り込み、カーティスが大剣でなで斬りにする。
数匹まとめて真っ二つに切り裂かれ、硬い甲殻が弾け飛んだ。
上空からは、イーライの呼び出した妖精が、光の粒を発射して援護している。
(カホンの祠で戦った、ライトエイプの魔法攻撃に似てるな)
無限ダンジョンでの初の戦闘。
俺が杖を構える間もなく、先輩たちの鮮やかな連携であっという間に終わってしまった。
「よし、終わったな」
「俺、素材集めますね!」
俺は急いで戦利品となる素材を漁り、モンスター袋に放り込んでいく。
(〈鑑定〉で素材って出てるから、売れば足しになるはずだ。今日の俺の仕事はコレだな)
「さっきハズレって言ってましたけど……なんでですか?」
「魔石が出たら儲けモンだがな。こいつらから魔石が出たのを、俺は一度も見たことがねえんだよ」
カーティスが大剣の汚れを布で拭いながら答える。
「スキル書のドロップ報告も聞いたことがないからな」
イーライも妖精の光をそっと撫でながら同意した。
「なるほど。ドロップの期待できるモンスターと出会えるかどうかで、稼ぎも変わるんですね」
「数を狩って素材を集めるのもアリなんだが、こいつらじゃ経験値も入んねえしな」
(あ、そうか。敵とのレベル差で経験値が入らないのか)
俺の場合だと、敵のレベルが7以上じゃないと経験値が入らない。
レベルも上げたいけど、今は日銭を稼ぐことの方が優先かな。
まあ、どっちにしても――。
「たしかに、完全にハズレですね」
俺は頷き、袋の口を縛った。
◇ ◇ ◇
再び迷路のような通路を進む。
(また分かれ道だ)
「けっこう複雑なんですね」
「キューブ型は迷路のようになっていることが多いからな。今回はまだ単純な方だぞ」
カーティスが周囲を警戒しながら言う。
その時、俺の〈探知〉が前方の通路に反応を拾った。
(人の反応!?)
「他のパーティだ、一旦止まろう」
アントンが手を上げて俺たちを静止させる。
「たまに馬鹿な奴らもいるから、気ぃ抜くなよ」
カーティスが俺の耳元で小声で忠告してくる。
("馬鹿な奴ら"か。……こんなところで揉めないでくれよ)
現れた別のパーティのリーダーと、カーティスが歩み寄って軽く言葉を交わす。
どうやら、持っているマップ情報や遭遇したモンスターの情報交換をしているようだ。
やがて軽く挨拶をして、彼らは別の通路へと離れていった。
「……なんか緊張しましたよ」
「あれは顔見知りだったからな。知らない連中ならもっとピリピリするぜ」
カーティスが笑って俺の背中を叩く。
さらに奥へ進むと、先頭のアントンがピタリと足を止め、床の一点を指差した。
「これはテレポートの罠だ。踏んだらフロアの入口に戻されるぞ」
「入口って、光の柱があった地下広場までですか?」
「いや、この階層の入口だ。まあ、そこにある光の柱に触れたら地下広場に戻れるから、似たようなもんだな」
アントンはそう言うと、懐から白いチョークのようなものを取り出し、罠のある地面をぐるりと丸で囲んだ。
「やっかいなのは、一度発動すると、この罠は消えるってことだ」
「消えるのに、やっかいなんですか?」
俺が首を傾げると、イーライが呆れたようにため息をつく。
「考えてもみたまえ。戦闘中や逃走中に誰かが踏んだらどうなる? パーティから1人いなくなるんだぞ?」
「そうか! 分断されるのか。それが要のメンバーだったら……」
「そういうことだ。だから後続の奴らが踏まないように、こうやって印を付けとくのさ」
アントンが得意げに笑う。
(なるほど!)
地面を丸で囲っただけだけど、十分な効果はある。
こういうダンジョン特有の知識、ちゃんと覚えておかないとな。
頼もしい先輩たちに関心していると、アントンが不意に前方を睨み据えた。
「おっ、お次はなんだ?」
彼の索敵に何かが引っかかったようだ。
俺も視線を向ける。
(こんなコンクリートの通路に、木の蔓……?)
「あれってモンスターの一部ですか!?」
「ああ、"当たり"だ」
カーティスが大剣を構え、獰猛な笑みを浮かべた。




